16 コログリ山、再び
帰宅した太一は、大将にコログリ山のフラワーベアのことを聞いてみた。
『フラワーベアが山を下りてきたきゅ?』
「そうなんだ。よくあるの?」
『まさか! あいつらは、冬の間は洞窟で寝てるから起きてこないきゅ!』
大将はぶんぶん首を振り、『ありえないきゅ!』と言う。
つまり、ついこの間の調査では平和に見えたコログリ山で、何か起こっているのかもしれない。
「……強い魔物が出て来て、山から下りてきたとか?」
太一が原因を推測すると、ルークが鼻で笑った。どうやら、その理由はあり得ないと判断したようだ。
『強い魔物が出たのなら、とっくにほかの魔物たちも逃げてるだろう』
「それもそうか……シャルティさんの話では、山から下りてきたフラワーベアは一匹だったっていう話だったし」
食べ物を求めて? とも思ったけれど、冬とはいえ山の中腹には植物もあった。そこまで空腹になるとも思えないが……。
(というか、どうして冬眠してるのに起きてるんだろう?)
う~んと悩んでみるが、こればかりは考えてもわからない。
コログリ山へ行ってから考えるのがよさそうだ。
――コンコン。
すると、ふいに窓を叩く音が聞こえた。
「あ、コログリス」
うさぎクッキーをもらう代わりにお手伝いをしてくれるコログリスがいた。どうやら、まだクッキーをもらいにやってきたようだ。
太一は窓を開けて、コログリスを迎え入れる。
「こんにちは」
『こんにちはきゅぅ~! 何かお手伝いを……きゅぅっ!?』
『あ、お前は弱虫コログリス!!』
手伝いを申し出るコログリスを見た大将が、『何をしに来たんだきゅ!』と声をあげた。
『べ、別にあなたには関係ないきゅぅ……っ!』
コログリスは大将の迫力に押されたのか、太一の後ろへ隠れてしまう。どうやら、二匹の仲はあまりよくないようだ。
「とりあえず落ち着いて。俺たちは今からコログリ山へ行くところなんだけど、一緒に行く?」
『山に……? 行くきゅぅ~! でも、お手伝い……』
同行してくれるようだが、うさぎクッキーがほしいようだ。
かといって、何かを手伝ってもらう時間もないし……どうしようか考え、そうだと閃く。
「それなら、山の話を聞かせてよ。お礼にうさぎクッキーをあげるから」
『わあ、もちろんきゅぅ~!』
「じゃあ、決まり。ルーク、ケルベロス、コログリ山へ行くよ!」
太一が声をかけると、すぐに二匹がやってきて足にもふもふの尻尾を絡ませてくる。最高に可愛くて尊い。
『仕方ないな、背中に乗せてやろう』
『『『わーい、お散歩だ!』』』
コログリ山へ行くメンバーは、ルーク、ケルベロス、大将、コログリスだ。
太一とコログリスがルークの背に乗せてもらい、大将はケルベロスの背に乗せてもらっていざ出発だ。
***
コログリ山までの道のりはいたって平和で、のんびり雑談をしつつ進んだのだが――山の中に入ると、木に爪痕などが残されていた。
以前の調査では、まったく見当たらなかったものだ。
大将は木についた爪痕を見て、周囲を見回した。
『これは、フラワーベアの爪痕だきゅ。夏はたまに見るけど、冬に見たのは初めてだきゅ』
もしかしたら、危険かもしれないと大将は言う。
『とりあえず、話を聞いてみるきゅ。誰かいないきゅ!?』
大将が声をあげると、木の上から数匹のコログリスがやってきた。少し怯えた様子ではあるが、怪我はしていないようだ。
そのことにほっと胸を撫でおろし、話を聞く。
『お前たち、山で何があったきゅ? フラワーベアは、冬眠してるんじゃないきゅ!?』
『それが……ハチナシのフラワーベアがいたんだきゅ』
『『――!』』
ハチナシのフラワーベアという言葉に、大将とコログリスの二匹が息を呑む。
しかし、太一にはハチナシがどういう意味なのかわからない。ルークとケルベロスなら知っているかと思ったが、同じく頭にクエスチョンマークを浮かべていた。
「大将、ハチナシのフラワーベアってなんだ? 普通のフラワーベアとは違うのか?」
『ああ……タイチは知らないのか。フラワーベアは、それぞれ一匹ずつ相方のハチがいるんだきゅ』
「ハチが?」
『そうだきゅ』
フラワーベアは、体のどこかに花が咲いているクマの魔物。
その花からは極上の蜜が取れるため、フラワーベア自身も大好物なのだ。しかし、自分では蜂蜜を採取できないので、フラワーベアには相方のハチがいる。
生涯に一匹だけのハチに己の花を託し、共存する。
ただ、どちらかが死んでしまったとしても、互いに新しい相方を作ることはしない。
(なるほど、その相方のハチが死んでしまってハチナシって呼ばれてるのか……)
なんとも切ない理由に、やるせない気持ちになる。
とりあえず話を聞いてみようと思っていると、太一の肩に乗っていたコログリスが隣の木へ飛び移り、どこかへ走り去ってしまった。
「え!? コログリス、どうしたの……って、もう見えなくなっちゃった」
木の上を走られたら、あっという間に見失ってしまう。
太一が不思議そうにしてると、大将がぐっと拳を握りしめた。
『……ハチナシのところに、行ったんだきゅ』
「え?」




