25 鉱石の腕輪
不届き者がもふもふカフェへ侵入してきてから数日、ルビーはどうにも落ち着かない日々を過ごしていた。
物思いにふけることが多くなって、ぼんやり窓の外を眺めていることも多い。
そんなルビーを見て、太一は心配になる。
(やっぱりあの襲撃事件が怖かったのかな)
ウメはすっかり元気になっているとはいえ、ルビーのことを守って怪我をした。そのことを引きずっている可能性は高い。
今はお客さんがいて時間がないけれど、午後からはヒメリがアルバイトに入ってくれるので時間ができる。
(そしたら、ルビーと話をしてみよう)
この世界に来たばかりの太一ではあまり頼りにならないかもしれないが、少しくらいなら心を軽くしてあげられるだろう。
***
午後になり、太一はヒメリにカフェをお願いしてルビーに声をかけてみた。
もふもふカフェの裏庭、創作スキルで作ったベンチに太一とルビー二人並んで腰かける。
しばらく沈黙が続き、太一はなんて話を切り出そうか悩む。
(デリケートな内容だから、慎重に……)
そう思っていたが、ルビーから話を振ってくれた。
『実は……相談があるんです』
「俺でよければ」
『ありがとう、タイチ。その……』
話を振ってくれたのはいいけれど、やはり言いづらいのか沈黙が流れる。
ルビーは小さな手をぎゅっと握りしめて、口を開いた。
『実は自分、……っ、ウメに一目惚れをしてしまったんです!』
「…………えっ!?」
まったく予想していなかった相談の内容に、太一は目を見開く。
(心の傷とかそういうんじゃなかった!!)
ここで恋愛相談がくるとは!
(でも、なんてアドバイスをすればいいんだ!?)
ずっと社畜生活をしていたため、恋人はいなかった。むしろ猫カフェの猫を恋人のように思っていた節もある。
太一は言葉に詰まる。
(でも、ルビーは番を探して旅をしてたんだもんな)
ひとまずこれは喜ばしいことなのだろう。
「番を探してるって言ってたもんな。ウメのどんなところが好きになったんだ?」
『……ウメさんの強いところ、ですかね』
「強いところ?」
『はい』
太一が聞き返すと、ルビーはそのときのことを話してくれた。
時はほんの少しだけ遡り、不届き者が店へやってきたときのことだ。
『ウメだって怖かったはずなのに、体を張って自分のことを助けてくれたんです。不届き者が来たとき……あ、これは誰にも言わないでほしいんですけど』
「うん? 言わないよ」
『ウメ……震えてたんですよ。普段からしっかり者で気の強いウメですけど、ああ見えてちょっと臆病な一面もあるみたいで』
それなのに、勇気を振り絞って前に出て戦った。
見た瞬間、ルビーは心が震えたのだという。同時に、自分を庇って怪我をしたことには心臓が縮み上がりそうになった。
『可愛くて、守ってあげたいと思ったんです。……まあ、守られた自分が言うのもあれですけど』
ルビーはそう言って、頬を赤らめる。
その甘酸っぱい気持ちに、太一までつられて赤くなる。
「そうだったのか。俺にはウメの気持ちはわからないけど、ルビーの気持ちが通じるといいな」
『……はい。それで相談があって』
「うん?」
てっきり今の話で終わりかと思ったが、本題はこれからだったようだ。
『自分の鉱石を使った装飾品を贈りたいんです!』
「え、ルビーの鉱石を?」
『そうです。自分の背中の針を素材として使って、装飾品を作ってもらえませんか?』
ルビーが素材を提供し、太一はそれを職人に加工してもらう……ということらしい。
『自分じゃあ人間の店に行けませんから』
「なるほど、そういうことなら任せてくれ!」
とびきり素晴らしい装飾品を用意しよう。
ウメは首回りから草花が生えているので、首輪よりはリボンか、足にはめられる腕輪のようなものがいいかもしれない。
(というか、【創造(物理)】のスキルで作れるんじゃないか?)
その方がルビーの好きなデザインに近くなりやすいし、何度も作り直すことができる。
「その装飾品、俺が加工してもいいかな?」
『え? それはもちろん。太一は職人だったの?』
「いや、そういうことができるスキルがあるんだ。誰にも言ってないから、できれば内緒で」
従魔ならば教えてもいいけれど、ほかの人たちに知られるのはまずい。なんでも作れてしまうなんて、チートにもほどがある。
『わかった! ありがとう、タイチ』
「まかせろ!」
(……と、言ったはものの)
背中の針を素材として使って大丈夫なのか? という疑問が浮かぶ。また生えてくるんだろうか? 痛くはないのか? など、いろいろなことを考えてしまう。
(というか、やるとして……俺が抜くのか?)
さすがにそれは恐ろしくて、ぞっとする。
太一がどうすべきか悩んでいると、隣からぽとりと何かが落ちる音がした。見ると、ルビーの針が一本ベンチに落ちていた。
「………………えっ!?」
突然のできごとにびっくりして、太一は一瞬言葉を失う。
「待てルビー、痛くないのか? 抜けた針はどうなるんだ? 生えてくるのか? どうやって抜いたんだ?」
『落ち着いてタイチ』
「あ、ああ……」
驚きすぎて思わず早口になってしまった。
『これは自分の意志で取ることができるんだ。敵に襲われたとき、針を何本か捨てたら逃げられるからね』
「あ、なるほど」
トカゲが尻尾を切るようなものなのかと、太一は納得する。
「んじゃ、この鉱石を使ってアクセサリーを作るな。どんなのがいいとか、イメージはあるか?」
『そんなに装飾品に詳しいわけじゃないけど……強いて言うなら、かっちりした印象の方がいいかもしれない。鉱石っぽさを残してほしいというか』
「素材を生かす……みたいな感じかな?」
『そうそう!』
太一は頷いて、それならあまり細かいデザインにはせず、鉱石は大きめに配置しようと考える。
前足につける腕輪を想像して、スキルを使う。
「【創造(物理)】」
頭の中で思い描くのは、仲間思いで優しいウメに似合う腕輪だ。
梅の花と梅の実をイメージし、ルビーの鉱石は丸とハートの形に加工する。まだまだ鉱石はあまるので、少しずつ大きさの違う小さな粒を作る。
それを腕輪の後ろから前方面へハーフ分だけ大きい順で繋いでいく。
ルビーの赤色の鉱石は太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。それはとても美しく、ルビーがウメを思う心のようだと太一は思った。
太一の中でデザインが固まると、腕輪ができあがった。
『おおおぉ、これは素晴らしい! まさに、赤い瞳のウメにぴったりな一品だと思います。すごい、すごいなぁ』
太一ができあがった腕輪をルビーに渡すと、愛らしい目をキラキラさせて喜んでくれる。大事にぎゅっと抱きしめて、『つけてくれるかな……』とそわそわしているのがわかる。
(腕輪を渡しながら告白するのかな?)
想像すると、なんとも微笑ましい光景だ。
そして同時に、自分も恋人がほしいな……とも思ってしまう。さすがにずっと独り身でいるつもりはない。
(まあ、特にいい雰囲気の人がいるとかではないんだけど……)
『それじゃあ、ちょっとウメに渡してきますね!』
「うん、頑張って」
気合を入れて店内に戻るルビーを見送り、太一は一呼吸置いて――「今から!?」とルビーの後を追いかけた。
だってまさか、こんなに早く告白するとは思わなかった。
……のだが、すでに告白は終わってしまっていたようだ。
ウメの前足にはできたばかりの腕輪がはめられていて、赤い鉱石がとてもよく似合っていた。




