24 真夜中の不届き者
――真夜中。
ルークはやれやれと息をついて、ビーズクッションから起き上がった。
今は太一の部屋で寝ているところだったのだが、残念ながら歓迎していない来客のようだ。
『おい、起きろ』
『む……』
『変な気配?』
『まだ眠いよ~』
ルークが声をかけると、布団の上で丸まっていたケルベロスもくあぁと欠伸をいて起き上がった。
そして次第に目が覚めて、はっきりとした気配をつかみ取る。
『……人間が、五人?』
『わかった、昼間のやつの仲間だ!』
『ルビーを捕まえに来たの? そんなの許せないよ!』
状況を把握したケルベロスが、早くやっつけようと立ち上がる。
しかし、ルークがそれを静止する。
『オレがいくから、ケルベロスはここにいろ』
『えー!?』
『ボクたちだって戦えるよ!?』
『噛み殺さないように気をつけれるよ!?』
だから一緒に行くと、ケルベロスたちが主張する。
『駄目だ。もし相手が二手にわかれたら、誰がタイチを守るんだ』
『『『ボク!!』』』
ルークの問いかけに、ケルベロスの声が重なる。
そうだ、確かにぐーすか寝ている太一を一人にしておくわけにはいかない。
ここに残れということは、思いのほか重大任務だったということにケルベロスは気づく。同時に、太一には絶対指一本触れさせないと誓う。
『よーし、まかせて!』
『タイチは必ず守るよ!』
『ルーク、下にいるみんなのことも守ってね!』
『ああ、もちろんだ』
ルークが一階に下りると、すぐにルビーがやってきた。
『……! ルークが下りてきたってことは、やっぱり何かあったのか!?』
『気づいてないのか?』
『なんだか嫌な予感はするんだけど、そこまでわからない……。ベリーラビットたちとフォレストキャットたちは寝てるけど――』
『あちしは起きてるよ』
ウメは群れのボスということもあって、気配に敏感だ。
しかしルビー同様、外の嫌な気配は感じるけれど、相手の人数や強さなどはわからない。
『昼間の奴かい?』
『同じ人間はいないが、間違いなくその仲間だろうな』
『ということは、狙いは自分!?』
不穏な気配は感じこそすれ、まさか自分を狙ったものだとは思わなかったようだ。ルビーは『ひえぇ』と声をあげて、店内を駆け回る。
どうしようどうしようと、混乱しているようだ。
『自分がここにいたら、め、迷惑をかけてしまう……』
せっかく見つけた心安らぐ場所だと思ったのに、まさか自分のせいで危険にさらしてしまうなんて……と、ルビーは泣きたい気持ちになる。
しかし、ここのボスがそんなことを許すわけがない。
『問題ない。お前たちに危害を加えようとする奴は、全員オレが倒してやる』
『ルーク……』
自分は出て行った方がいい、そう考えてしまったルビーにとって、ルークの言葉はとても頼もしい。
伝説のフェンリルの言葉の重みは、とてつもなく心地よかった。
『ありがとう、ルーク。自分は強くないけど……せめて寝てる子たちに危険が及ばないように、警戒はしておくよ!』
『ああ、頼んだ。タイチのところには、ケルベロスがいるから二階は問題ない』
『あちしも、あの子たちに危険がないように見ておくよ』
『任せた』
ベリーラビットは隅の方にまとまって寝ているので、比較的守りやすい。しかしフォレストキャットたちは、各々が好きなところで寝ている。
さすがにバラバラにいるのは危険なので、一匹ずつ声をかけてベリーラビットたちの方へ集まってもらう。
『アンタたち、寝てるベリーラビットを起こさないように、静かにね』
『にゃ』
『にゃん』
みんないい子で移動をしていると、ガタリとドアが揺れた。
――来る! ルビーとウメの体に緊張が走り、店内にピリッとした空気が漂う。
しかしドキドキしているルビーのことは気にしないかのように、ルークがすたすたとドアまで歩いて行ってしまった。
『ちょ、ルーク!?』
『正面切って戦うつもり!? ……って、強いんだから問題はないのよね』
『当たり前だ』
ドアが開くのと同時に、ルークは入ってきた人間に飛びかかった。
「うわっ!?」
「なんだ、どうした……っ、ウルフキングか!!」
『フェンリルだとわからないなんて、人間とは愚かだな』
ルークは鼻息を荒くして、次々と不届き者を倒していく。最初に察知していた通り、人数は五人だ。
『うわ、ルークってめっちゃ強い……』
『ああ、アンタはルークの戦いっぷりを見たことがなかったのね。すごく強いんだから、人間なんかに負けたりしないわ』
ウメはもふもふカフェへ向かう道中で、遭遇した魔物を倒しまくるルークを見ているので、これくらいでは驚かない。
というか、相手にした魔物の方がむしろ……強かったと言っていいかもしれない。
とりあえず問題なく終わるだろうと思っていた矢先、残った人間の二人のうち一人が床を蹴って猛ダッシュした。
『『『――!?』』』
いったい何事だと思い視線を巡らせると、まだ声をかけることができていなかったフォレストキャットがいた。
どうやら、猫質をとろうとしているようだ。
しかしルークの相手はそこそこ強い人間だったので、一瞬出遅れてしまう。おそらく、ウルフキングがいるためある程度の人間を揃えたのだろう。
『チッ!』
店を壊すといけないのでかなり力加減をしていたが、それが裏目に出てしまったようだ。
ルークがすぐにフォレストキャットの下へ行こうとして、しかしそれよりも早くルビーが飛び出した。
ルビーは二本足で立ち、ばっと手を広げて小さな体を大きく見せる。
『仲間を傷つけるようなことはさせない!!』
来るべき衝撃に備え、ルビーはぎゅっと目を閉じる。――が、何も起こらない。
『…………?』
おそるおそる目を開けると、ルビーの目の前にウメが倒れていた。脇腹部分から血がにじんでいるので、フォレストキャットをかばった自分をさらに庇ったのだろう。
『ウメ!!』
ルビーは腹の底からウメの名前を呼び、『しっかりしろ!!』と必死で声をかける。
『クソッ!』
攻撃をしてきた人間にはすぐルークが跳びかかり、鋭い爪で攻撃する。
その一撃で気絶した男を店の隅へ蹴飛ばし、ルークはすぐに大声で太一とケルベロスを呼ぶ。
『タイチ、ケルベロス、すぐに来い!!』
『りょうかい!』
『どうした!?』
『しっかりしてー!!』
「……っ!?」
ダダダダダっと、太一をくわえて引きずってきたケルベロスが一階へとやってきた。寝ていた太一はいきなり引きずられてパニックだ。
「なんだ、なにごとだ!? ――ウメ!?」
しかしすぐに店内の惨状に気づき目を見開く。
血を流して倒れるウメの下へ行き、すぐにスキルを使う。
「しっかりしろ、【ヒーリング】!」
太一が回復スキルを使うと、ウメの傷はすぐにふさがった。浅く繰り返していた呼吸は落ち着き、ぱちりと目を開けた。
問題なく回復したようだ。
猫の神様が授けてくれたテイマーのスキル、【ヒーリング】。
テイミングされた魔物を回復することができる。
「はー、よかった。……って、いったい何があったんだ?」
店内を見ると、物が散らかっているし――見知らぬ男が五人、倒れている。
もしや泥棒? と考えたが、すぐに昼間の貴族のことを思い出す。
(あの貴族が雇ったごろつき……ってことか!)
「ルークたちが倒してくれたのか、ありがとう。ほかに怪我をしてるのはいるか?」
太一が店内を見回すと、みんなが近寄ってきた。さすがにこの騒ぎの中で寝ているつわものはいなかったようだ。
ひとまず大丈夫そうだということを確認し、一息つく。
(この男たちは……兵士に引き取ってもらうか)
ケルベロスたちに留守番を頼み、太一は門にいる兵士を呼んできた。
結果としては、ひとまず引き取り牢へ入れておくということだ。処罰などは、追って連絡をするが……指示を出した貴族を捕らえるのは難しいと言われてしまった。
これだから貴族は……と思いつつ、何かあればすぐ起こすようにルークへお願いをした。
ちなみに、その貴族が後日ルークとケルベロスの制裁を受けたのは……公には内緒にしておいた。




