20 行き倒れのハリネズミさん
太一がアーゼルン王国から帰ってきた翌日は、ちょうどもふもふカフェの定休日だった。
のんびり朝食をとり、一人でもふもふカフェを貸し切り堪能だ。
「まさかこんなに早く、もふもふカフェが充実するなんて!」
太一の夢は猫カフェ経営だったけれど、フェンリルのルーク、ケルベロスのピノ、クロロ、ノール、ベリーラビットのマシュマロたち……。
どの子も大切な仲間で、家族だ。
そんな感じで幸せな時間を堪能していると、外から物音が聞こえた。
「ん?」
ルークはビーズクッションで寝ているし、ケルベロスはベリーラビットとボールで遊んでいる。フォレストキャットは、楽しそうにキャットタワーを登っている。
誰も気にしていないので、外に置いてある看板か何かが倒れたのだろうかと太一は首を傾げた。
ゴミか何かが落ちているというのも嫌なので、ひとまずドアを開けて外を確認することにした。
「何もなければいいけど――えっ!?」
ドアを開けてみたら、なんとハリネズミのような生き物――が、いた。
「え、なんだ? い、行き倒れ……?」
『うぅぅ……お腹がすいて、もうダメきゅぅ……』
「ええぇっ!? た、大変だ!」
太一はうろたえながらも、ハリネズミらしき魔物をそっと抱き上げる。幸いなことに、針はとがっていない。
(というか、針?)
「って、今はそれどころじゃないんだった!」
慌てて店内に入り、太一はみんなに声をかける。
「お腹を空かせたハリネズミが倒れてたんだ! みんな、手を貸してくれ! ハリネズミって、何を食べるか知ってるか?」
『ええぇぇっ!? 大変!』
『とりあえずタオル持ってくるよ!』
『お肉食べたら元気になる?』
ケルベロスは太一の声を聞いて、すぐさまお手伝いをしてくれた。
タオルを持ってきてくれたので、その上にハリネズミを寝かせてあげる。
しかし残念ながら、何を食べるかまでは知らないようだ。
肉、野菜、果物など、大抵のものはそろえている。
ただ、ハリネズミが何を好むかなどは詳しくわからない。体が小さいので、野菜や果物をあげてもよさそうだとは思う。
(というか、前にテレビで虫か何かを食べるって見たような……)
さすがに生きた餌はない。
というか、虫はそこまで得意ではない。
太一が悩んでいると、ウメが『これがあるだろう』と袋をくわえてやってきた。
「これ、販売してるうさぎクッキー?」
『そうだよ。テイマーのスキルで作るご飯やおやつは、体にもいいって聞くよ』
「知らなかった! 教えてくれてありがとう、ウメ。ひとまずこれをあげて、あとは水か……」
店内にも水飲み場はあるが、知らない匂いがついていたら嫌かもしれないので、太一は急いで新しい器に水を入れて持ってくる。
かなり衰弱しているので、うさぎクッキーは細かくくだいてハリネズミの前へ。しかし気を失っているためか、なかなか口を開こうとはしない。
(どうしよう、獣医なんていなそうだけど……)
太一が悩んでいると、ウメが『大丈夫よ』と、砕いたうさぎクッキーをハリネズミの口の中へと押し込んだ。
「ちょ……っ!」
『平気よ、見てなさい』
「…………あ、食べた」
弱々しくはあるのだが、確かにハリネズミの口がモグモグと動いた。
そして口の動きは次第に早くなって、しばらく食べて――カッと目を見開いてものすごい勢いでうさぎクッキーを食べ始めた。
夢中で食べて、最後にはたくさんの水を飲んだ。
(おお、元気そうでよかった!)
ハリネズミが満足するまでそっと見守ってから、太一はゆっくり声をかけた。
「大丈夫?」
『あ、これはこれは! いやあ、危ないところを助けていただきありがとうございます! 自分、今度こそ干からびるかと思っちゃいましたよ!』
「君は……ハリネズミ? なのかな?」
『自分は鉱石ハリネズミです。結構レアな魔物なんですよ』
そういってにっと笑う、鉱石ハリネズミ。
体の大きさは一〇センチほどと小さいが、体の針の部分が宝石や鉱石になっていて目を奪われる。
灰色や銀の針の中に、キラキラと光るルビーのような針も混ざっていてひときわ美しい。
喋り方と声の感じからして、鉱石ハリネズミのようだ。
鉱石ハリネズミはふうと息をついて、肩の力を抜いた。
そして太一を見て、ぺこりと頭を下げる。
『助けていただき、ありがとうございました。このまま飢えて死ぬかと思っちゃいましたよ!』
「倒れてたのがうちの前でよかったです。でも、どうして倒れてたんです?」
太一が理由を聞いてみると、鉱石ハリネズミはしょんぼりした表情を見せる。
そしてぽつりぽつりと――はなく、勢いよく自分のことを話し始めた。
『自分は、番を探して旅をしてるんす』
「つがい?」
『ようは、お嫁さんです! キャ、言っちゃった恥ずかしい』
鉱石ハリネズミは小さな手で顔を隠しつつも、指の隙間から目を覗かして続きを話す。
『普段は獲物を狩って食べてたんですけど、この街の近くは冒険者たちが多くて。どうにも獲物を狩りに出れなくて……』
「なるほど」
冒険者が出歩く昼間は身を潜め、夜のうちに少しずつ、少しずつ移動してきたのだと言う。
ここ最近は、狩りの最中に冒険者に見つかりそうになったことが何度かあって……なかなか狩り自体もできなかったのだと言う。
『いやー、冒険者に挟み撃ちされたときはもう駄目かと思いました』
「それは……危なかったですね」
『ええ。背中の針を全部抜かれるなんて、考えただけでもおぞましい……』
「ひえっ」
確かにそれは想像しただけでびびってしまう。
(行き倒れてたのがうちの前でよかった……)
「綺麗な針ですもんね、それ」
『自慢の針ですよ! だからこそ、冒険者たちから狙われるんですけどね。……狩られすぎて、もう仲間もあんまりいないんです』
しゅーんとなってしまった鉱石ハリネズミとその現実に、太一はなんて言葉をかけたらいいのかわからない。
でも、一つだけ言えることがある。
「ここは安全ですから、疲れが癒えるまでゆっくりしていってください」
『――! いいんですか?』
「構いませんよ」
『こんな美味しいご飯までいただいたのに……ありがとう、ありがとう……!』
一階部分のカフェは、営業中に限り従魔しか入れないが……それ以外であれば問題はないだろう。
(もし話し相手や遊び相手が必要なら、何匹かは二階にいてもらってもいいし)
行き倒れるほど大変だった鉱石ハリネズミが、少しでもゆっくりできたらいいなと太一は微笑んだ。




