19 猫ちゃんにもメロメロ
「ちわっす! ――って、なんだこれはっ!!」
カランとドアベルを鳴らし入ってきて、すぐさま驚きの声をあげたのは――常連の商人だ。
よくほかの街へ仕入れに行ったりする人で、その際にもふもふカフェを見つけてくれた人の一人。
「いらっしゃいませ」
「あ、店主さん! 久しぶりですね」
「お久しぶりです。この子たちは、フォレストキャットです。魔物図鑑で見つけて、どうしてもお迎えしたくてテイムしに行ってたんですよ」
太一が理由を説明すると、商人は「なるほど~」と深く頷いた。
「テイムしに行ってることはヒメリちゃんに聞いて知っていましたが、まさかこんなに可愛い子や美人の子がいるもふもふだったなんて……いや、さすがは店主さんですね!」
「あはは、ありがとうございます。ついさっきテイマーギルドで登録をしてきたので、フォレストキャットのお披露目は今日が初なんですよ」
「おお、それはいいタイミングで来ることができましたね」
ぜひたっぷり堪能しなければと、商人が笑顔を見せる。
――とはいえ、彼にもお気に入りのもふもふがいる。
「いつも通り、お茶とパスタセットをお願いします。あとモナカちゃんは……」
『みっ!』
「ああああああ~いつの間に私の足元に!? はああぁぁ~可愛いでちゅ……あれ、その子は」
『みみ~』
『みゃう』
商人のお気に入りは、白と黒のブチのベリーラビットのモナカだ。
モナカも彼のことは気に入っているようで、姿が見えたので自発的にきてくれたらしい。けれど今日は、隣にフォレストキャットのユーカリがいる。
どうやら二匹は遊んでいるうちに仲良くなったようだ。
ベリーラビットが『みっ!』と鳴いて、商人にユーカリのことを紹介している。
「店主さん、モナカちゃんと仲良しなこのフォレストキャットちゃんのお名前は!?」
「その子はユーカリです」
「ユーカリちゃん!! なんて気品のある可愛い名前なんだ」
ユーカリに似た淡い色の丸みをおびた葉が、ちょうど足首当たりから生えているフォレストキャットだ。
「店主さん、さっきの注文にくわえておやつもお願いします!」
「ありがとうございます」
もふもふカフェでは、もふもふたちへ持ち込んだ食べ物類をあげることは禁止している。その代わり、おやつのうさぎクッキーを購入してあげることができるのだ。
このおやつは正直……人間が食べてもとても美味しくできている。もちろんもふもふたちからも大好評で、おやつを手にしたら一気に人気者になれてしまう。
カウンターに常備しているおやつを一袋渡し、太一はほかのメニューを用意するため奥へと下がった。
「ユーカリちゃんがモナカちゃんと特別仲良しなら、これは推さないわけにはいかない……!!」
モナカどうようたっぷり可愛がって、おやつも優先的にあげよう。そしてもっともっと通って、自分のことをしっかり覚えてもらわなければと鼻息を荒くする。
「そのためには、おやつをあげてもっと仲良く――」
「こんにちは」
商人がおやつの袋に手をかけたところで、猫じゃらしとボールを手にしたヒメリがやってきた。
おやつがもらえると思っていたモナカとユーカリは、商人がその手を止めてしまったことにしょんぼりと耳を下げる。
「ああ、ヒメリちゃんか。ちわっす!」
「これ、タイチが作ったおもちゃなんだけど……試してみませんか?」
そう言ったヒメリの目が、きらりと光る。
「新しいおもちゃ? ぜひ!」
「そうこなくっちゃ! このおもちゃは特にフォレストキャットが大好きで、こうやって使うんですよ」
ヒメリは猫じゃらしを動かし、商人に手本を見せる。
ひらりと動く猫じゃらしを見て、ユーカリは体を低くしてとびかかる体勢をとる。
「おおっ!」
その動作を見た商人が、思わず声をあげる。なんて可愛いポーズなんだ、と。そして次の瞬間、ユーカリが猫じゃらしに飛びかかった!
それを見た商人は、思わずユーカリとヒメリに拍手を送る。
「うわ、すごいすごい!」
「こんなこともできちゃうんですよっ!」
ヒメリが猫じゃらしを高く上げると、それを捕まえようとしてユーカリもおもいっきりジャンプする。
猫じゃらしに前足の先でちょっと触れて、上手に着地をした。
「わあああ、可愛い可愛い! ユーカリちゃん、とってもいいね! 単体でも可愛いけど、モナカちゃんとユーカリちゃんが並ぶと絵になるね!」
まさに芸術的な素晴らしさがある! と、商人は大絶賛。
「気に入ってもらえたようでよかったです。こっちのボールは中に鈴が入っているので、転がすだけでもフォレストキャットたちが遊んでくれますよ」
「へえぇぇぇ! すごい、画期的だ!!」
「タイチが作ったみたいです」
ヒメリは説明の代わりに、ボールを投げてみせる。転がりながらチリリンと音を鳴らす。すると――店内のフォレストキャットたちが一斉にボールへ視線を向けた。
「わわっ」
「これはたまらないっす……!」
ヒメリも驚いてしまうほどで、おもちゃの効果が絶大だということは一瞬でわかった。
投げたボールにはフォレストキャットたちが集まってきて、みんなで仲良く遊んでいる。
「……まあ、あんな感じで遊んであげてください」
「たくさん遊ぶしかない」
ごくりと息を呑み、しかしフォレストキャットたちがボールに群がっているので取りにいけないことに気づく。
さすがにみんなでちょいちょいボールをつっついたりしているところに入っていく勇気はない。怒られてしまうかもしれないし……。
どうしようか困っている商人を見て、ヒメリが「大丈夫ですよ」と微笑む。
「なんとあそこにたくさんありますから」
「うお、すごい……!」
ヒメリが指さした先には箱があり、その中にボールが二〇個ほど入っている。さらにその横にある筒には、一〇本ほどの種類の違う猫じゃらしが入っていた。
好みがあるし、予備も必要ということで太一が多めに用意したのだ。
「遊び終わったおもちゃは、また箱の中に戻すようにご協力お願いしますね」
「了解! よおし、いっぱい遊ぶぞ~!」
商人は箱の中のボールを三つ手に取って、まずは振ってみる。すると、中の音がチリリンとなってフォレストキャットたちの視線が自分に向けられる。
「しゅごい、おやつをあげようとしてるわけじゃないのに……みんなが私を見てくれている」
こんなの、メロメロにならないわけがない。
「よっし、いくぞー!」
商人がフォレストキャットたちが集まっているのと逆の壁へボールを投げると、『にゃっ!』と鳴いて全員がダッシュする。
『みゃみゃっ!』
『にゃー!』
『みんな、あんまりはしゃぎすぎないように注意するんだよ!』
『『『みゃんっ!』』』
ウメが心配そうに言うも、フォレストキャットたちはボールめがけて突っ込んでいった。
「すごいなぁ、楽しいなぁ……あ、一匹だけ追いかけてないのが……って、大きいな」
「その子は群れのボスで、名前はウメですよ」
「へえ、遊んでるみんなを見守ってるのかな? 偉いなぁ~! よし、今のうちにウメにうさぎクッキーをあげよう! ほら、美味しいよ~~」
『――!』
商人が差し出してきたうさぎクッキーを見ると、ウメはその美味しそうな匂いに鼻がぴくりと動く。
テイミングされてからもふもふカフェへの帰り道に、何度かこのクッキーをおやつとして太一からもらっていたのだ。
うさぎクッキーのあまりの美味しさに、とろけてしまいそうになったのを思い出す。
『ほしい……!』
ウメはトトトと商人のところまで歩いていくと、『ちょうだい』と言って商人の手にすりよっていく。
――のだが。
うさぎクッキーの味を知っているのは、ウメだけではない。
袋から出されたうさぎクッキーを見たフォレストキャットたちが、自分も食べたいと勢いよく商人に向かってきた!
「あわわわわっ!!」
予想外の襲撃にあった商人はその場に倒れこんで、あっという間におやつを食べられてしまったのだが――これはこれで幸せですと、後に語った。




