12 フォレストキャットの群れのボス
『みゃふぅ……』
おやつのうさぎクッキーを三枚食べたところで満足したのか、フォレストキャットは太一の足にすりよってきた。
どうやら、テイミングをする前から懐かれたようだ。
(って、これも俺の職業のおかげかな?)
もふもふに愛されし者、という職業のおかげで、もふもふには懐かれる体質になっているらしい。
ほかの人にはテイマーで通しているが、きっと聞いたら誰もがうらやむだろうと思う。
(というか、テイムしていいのかな?)
なんだか弱みにつけ込んだような気がしなくもないが、どのみちテイミングに来たのだからいまするのも後でするのも一緒だ。
それに、自分のおやつを美味しそうに食べてくれたのもあって、愛着もわいてきた。……単純かもしれないが。
「よーっし! 【テイミング】!!」
『みゃっ』
太一がスキルを使うと、フォレストキャットがパチパチするような光に包まれる。テイミングが成功した証拠だ。
フォレストキャットは目をぱちくりさせて驚くも、すぐに笑顔で『にゃあ』と鳴いた。
猫の神様が授けてくれたタイマーのスキル、【テイミング】。
魔物に対して使うと、自分の従魔にすることができる。成功率は、スキルレベルに比例する。
無事にテイミングが成功したことに、太一はほっと胸を撫でおろす。
(次は名前をつけるんだよな)
何がいいかなと考えて、すぐお尻の横にあるピンク色の毛が桜の形に似ていることに気づく。
「よし、お前は今日から【サクラ】だ!」
『にゃうぅんっ!』
太一が名前をつけると、フォレストキャット――サクラに光が降り注いだ。
『みゃう~』
サクラは自分の名前を気に入ってくれたようで、ご機嫌だ。鼻の頭を太一の手にすりすり押しつけてきて、愛情表現をしてくれる。
(うわっ、もふもふ……っ、かわい、かわいい~~!)
猫カフェの猫とまったく違う様子に、感動しっぱなしだ。
『まったく、だらしない顔をして!』
「ルーク! 仕方ないだろ、こんなに懐いてもらえるなんて……感動だ」
サクラを抱き上げて、頬でその可愛いほっぺたにすりすりする。
『にゃん』
「そうかそうか、嬉しいか~! 俺もサクラと仲良くなれて嬉しい!」
しかしふと、そういえばフォレストキャットは群れで行動しているという話だったことを思い出す。
となると、サクラにも仲間のフォレストキャットが何匹かいるはずだ。
「サクラ一人を連れて帰るわけにもいかないし、群れごとテイムできたらいいんだけど……」
上手くいくかな?
そう考えていたら、先ほどサクラが出てきた草がガサガサっと揺れた。
『アンタ、何者だい⁉』
「えっ⁉」
突然話しかけられて、太一はびくっと体を揺らす。
出てきたのは、八〇センチほどある大きめのフォレストキャットと、四〇センチ前後サイズのフォレストキャット八匹だ。
(うわ、いっぱいいる……)
じゃなくて。
「喋ってるってことは、もしかして群れのボス?」
もしかしてもしかしなくても、群れのうちの一匹を勝手にテイミングし、名前までつけてしまったことを怒っているのではないだろうか。
よくも可愛い仲間をコノヤロー! ということかもしれない。
ここは誠心誠意謝罪した方がいいだろうか。
と、考えたときにはすでに頭を下げていた。
「群れの仲間を勝手にテイムしてすみませんでした……!!」
『は……っ⁉』
頭を下げた太一を見て、フォレストキャットのボスは驚いて目を瞬かせる。
そしてしばらく考え、表情を緩めた。
『どうやら、いい人間にテイムされたみたいだね』
「え……」
『別に怒ってるわけじゃないさ。むしろ、ジャイアントクロウを退治してくれたことに感謝してるくらいだからね』
フォレストキャットのボスはこほんと咳ばらいをしてから、ある提案を太一に持ちかけてきた。
『あちしたちと、取引をしないかい?』
「取引……?」
魔物であるフォレストキャットが人間に取引を持ちかけてくるとは、考えてもみなかった。
けれど、人間相手にそんなことをしなければならないほど、切羽詰まっている状態ということも考えられる。
太一はごくりと息を呑み、続く言葉を待つ。
『フォレストキャットをテイムする人間なんて、そうそういない。アンタは、何か目的があるんじゃないのかい?』
「……!!」
(見破られてる!!)
確かに、太一にはもふもふカフェに猫を! という壮大な夢がある。猫大好き人間なので、ここまでやってきたのだから。
自分に探りを入れられているんだろうかと考えるるも、愛くるしい猫ちゃん相手に嘘をついたり意地悪を言ったりするなんて……とてもではないができない。
太一はボスの言葉に素直に頷いた。
「俺は有馬――あ、こっちで言うところのタイチ・アリマか。隣にあるシュルクク王国のレリームっていう街から来たんだ」
『隣の国から、わざわざあちしたちをテイムするために来たっていうのかい?』
「そうです!」
それから、レリームの街でもふもふカフェを経営していて、フォレストキャットをはじめ、もふもふした動物や魔物が大好きなのだということを伝える。
そして、テイミングしたフォレストキャットには、カフェにいてほしいということも。
「だからと言って、客としてきた人間に愛想をよくしろとか、遊べとか、そんな強要は一切しません。ただただ、カフェの中でのんびり過ごしてくれたらいいです」
『なるほどねぇ……』
太一の話を聞いて、今度はフォレストキャットのボスが驚いていた。
話によると、敵のいないカフェの店内で自由にしていていいと言うのだ。しかも、遊ぶためのおもちゃやキャットタワーの設備なども用意されているらしい。
ご飯もちゃんと用意されるし、体が汚れたら綺麗にもしてくれるのだという。
安全なだけではなく、食べ物も保証されており、なんの苦労もいらないような夢の囁きだ。
だからこそ、本当にこんなにうまい話があるのだろうか? と、ボスは心配になる。
『…………』
しばらく考えて、そういえば太一には従魔がいたことを思い出す。
『………………ときに、アンタの従魔はいったいなんの種族だい?』
ウルフの上位種か何かかと思ったが、そんなちゃっちい迫力ではない。ピリっとした威圧が多少あるだけだが、もっと、もっと上の存在だと本能が告げていた。
太一はボスの問いかけを聞き、ルークを見る。
いつもはウルフキングだと言っているのだが、相手は同じ魔物。フェンリルであると告げても、問題ないかもしれない。
と思っていたら、ルークが自分で口を開いた。
『俺は気高きフェンリルだ! タイチは弱いから、オレが助けてやっている』
『ま、まさか……フェンリルと出会う日がくるとは思いませんでした……!!』
ルークが正体を明かすとすぐに、ボスはピーンと硬直したような体勢になった。どうやら緊張しているらしく、体も若干震えている。
『タイチはテイムした魔物のことは大事にする。それは、オレが保証してやろう』
『……はい。フェンリルが仲間なんて、それほどすごいことはないでしょう』
ボスは浅い呼吸を何度か繰り返し、呼吸を整え改めて太一を見た。




