7 ルークとフリスビー
街の門を出て、ルークの背中に乗って一時間ほど。
小高い丘の上にある草原へとやってきた。柔らかな草花が咲き、心地よい風が太一の頬を撫でる。
大地に体を預けて昼寝をしたら、きっと気持ちがいいだろう。
『それで、そのフリスビーとやらはどうやって使うんだ?』
ルークは初めて見るフリスビーに興味津々のようで、じいぃぃと見つめてくる。今まで、こんなにルークの視線を集めたことがあっただろうか。
太一は笑いながら、口で説明するより実際にやって見せた方がいいだろうと考える。
「やってみるから、ちょっと見ててくれ」
『ふむ?』
フリスビーを構えてシュッと前に向けて投げる。ちょうどいい風が吹いていることもあって、その飛距離は七〇メートルほどだろうか。
「おお、すごい飛んだな~!」
フリスビーなんてほとんどやる機会がなかったので、太一は思わず自分の腕に感動する。
走ってフリスビーをとってきたら、今度はルークに遊び方を説明する番だ。
「今みたいに俺がフリスビーを投げるから、ルークはそれをキャッチするんだ」
『は?』
「えっ……」
思わず真顔になったルークに、太一は思わずうっとなる。
(まあ、この世界じゃこんな遊びはないんだろうけど……)
そこまで意味不明だという顔をしなくても……と、太一は口を尖らせる。
「とりあえず、一回やってみよう! そうすれば楽しさがわかるかもしれないし!」
『まあ、タイチがそこまで言うなら付き合ってやってもいいぞ!』
「ああ、よろしく。いくぞ――それっ!」
太一は先ほどよりも大きく腕を振り上げて、フリスビーを飛ばす。今度はもっと遠くまで飛ばせるかもしれない! そんな期待に胸を膨らませた瞬間――
パクッ!
――っと、ルークがほんの数メートルのところでフリスビーをキャッチしてしまった。
「そうじゃない……!!」
いや、そうかもしれないけれど……確かにルークは簡単にキャッチできてしまうかもしれないけど……!!
『簡単じゃないか』
あっけらかんと言うルークに、さすがにフリスビーを考えた人も、フェンリルがやってみることの想定まではしていなかっただろう。
(こうなったら作戦変更だ)
ちゃんと説明しよう。
「いいか、ルーク。このフリスビーという遊びは、落ちる直前でキャッチするゲームなんだ」
『落ちる直前?』
「そうそう。地面すれすれでキャッチした方がすごいゲームなんだ」
『変わったゲームだな』
ルークは鼻を鳴らして、『もう一度だ』と言う。
どうやら、今の説明で理解してくれたらしい。これなら、フリスビーを遠い位置でキャッチしてもらえるだろう。
太一はほっとしながら、「もう一回だ!」と声をあげる。
『ああ、いいぞ。地面ギリギリでキャッチした方が美しいんだろう?』
「美しいかはわからないけど、その方が楽しい!」
ということで、太一は再びフリスビーを投げる。
「それっ!」
今度はもっと腕を大きく振って、できるだけ遠くへ飛ばすように意識する。
ルークは飛んでいくフリスビーをじっと見て――しかし、動かない。
「え、ルーク? キャッチするんだぞ?」
心配になって太一が「わかってるか?」と問いかけると、ふんっと鼻息で笑われた。
『オレの足ならば、あれに追いつくくらい造作もない』
そう宣言したルークは、フリスビーが六〇メートルほどの距離が出て、落ち始めてから大地を蹴った。
そしてものすごい速さで、フリスビーへ追いついた。
気を抜いていたら、太一は目線でルークのことを追うこともできなかっただろう。それほどまでの瞬発力だった。
ルークはたった数秒でフリスビーの元へ行き、地面スレスレでキャッチしてみせた。
「は~、すごいな」
改めてルークの速さを目の当たりにして、いつも自分を乗せて走ってくれているときは、本当に気を遣ってくれていることもわかった。
(口ではいろいろ言ってくるのに、行動は優しいんだよな)
ルークがフリスビーをくわえて戻ってきたので、太一はよしよしと首回りを撫でてもふもふしてあげる。
「さすがルーク! 一発でここまで上手くできるとは!!」
『当たり前だ! オレは気高いフェンリルだからな、こんなことは朝飯前だ』
太一に褒められたことが嬉しかったようで、ルークはぶんぶん尻尾を振る。
『ほら、早くもう一回投げろ! 今度はもっと遠くまで飛ばしてもいいぞ』
「ん? よーし、いくぞ!」
もっと遠くまで飛ばすのは難しいかもしれないが、まだ投げるのは問題ない。
今度は少し助走をつけて、勢いをのせフリスビーを投げる。
「いっけええぇぇぇっ!」
――が、逆に力が入りすぎたようで、今度は三〇メートルほどのところで落ちてしまった。
ルークはあっさりとキャッチし、『これがお前の全力なのか?』といった顔で太一のことを見てくる。
運動不足の元社畜に、そんなハイスペックなフリスビーを求めないでもらいたい。
「ごめん、なかなか上手く投げれないな……」
『投げるのは難しいのか?』
「うーん、投げるのは簡単だけど、遠くまで飛ばすのが難しいんだ」
『なるほど』
ルークは口にくわえたフリスビーをぶんぶん振り回し、ぽいと投げた。その距離は一〇メートルほどで、確かに遠くへ飛ばすのが難しいことがわかったようだ。
『……むう』
「難しいだろ?」
まあ、もう一回投げるからフリスビーを貸して――と太一がいいかけると、コツをつかんだのか……ルークがもう一度フリスビーを投げた。
しかも、今度はその飛距離がゆうに一〇〇メートル――いや、もっと遠くまで飛んでいる。
『なんだ、簡単ではないか!』
「うっそん」
どや顔のルークに、太一は開いた口が塞がらない。
(でも、そうだよな……ルークの方が百倍以上運動神経がいいもんな)
『ほら、オレが投げたんだから取ってくる役はタイチだぞ』
「いや俺の体力なんだと思ってるんだ?」
無理です。




