4 猫のいる宿
「いらっしゃいませ!」
紹介された宿屋に行くと、元気な挨拶に迎えられた。
外観は小さくこじんまりとしているが、清掃はしっかり行き届いている。木材で作られた家具は落ち着いた雰囲気で、ゆっくり休むことができそうだと太一は頬を緩ませる。
「こんにちは。従魔も一緒に泊まれるって教えてもらって来たんですけど、大丈夫ですか?」
太一は挨拶を返して、ルークを見る。
小さくなってもらっているとはいえ、一メートルはある。もしかしたら断られてしまう可能性も……と思ったが、店員からは笑顔が返ってきた。
「大丈夫ですよ。広い部屋をご用意しておきますね」
「よかった! ありがとうございま――……えっ!?」
お礼を言おうとしていたところ、目に入ってきた光景に衝撃を受ける。思わず口から「えっえっえっ」しか出てこない。
そこには、可愛らしい猫がいたからだ。首元から葉と花が生えているので、おそらくフォレストキャットだろう。
そのフォレストキャットが、部屋の鍵をくわえてもってきてくれたのだ。
店員は笑って、「僕の従魔なんですよ」と告げる。
「実は、妹も手伝ってはくれてるんですが……ほとんどの業務を僕一人でやっているんです。だから、従魔に手伝ってもらってるんですよね。フォレストキャットっていうんですが、知っていますか?」
知っているも何も、太一はフォレストキャットを求めてここへやってきたのだ。まさか、宿で出会うことができるなんだ。
(つまりここは、猫カフェならぬ……猫宿!?)
最高ではないかと、涙を流しそうになる。
「知ってます! 実は、フォレストキャットをテイムしにこの国に来たんですっ!!」
「えっ、フォレストキャットを!? 別に特別強かったり特殊な魔法を使うわけでもないのに……どうしてまた」
「いやその、もふもふが好きで」
「もふもふ……」
太一の返事に、店主はぽかんと口を開けた。まさか、そんな返事をされるとは思ってもみなかったのだろう。
しばし沈黙したあとに、ぷっと噴き出して笑った。
「面白い人ですね。僕は元テイマーの、アーツっていいます」
「俺は太一で、こっちはルーク。お世話になります」
宿を一人で切り盛りしている店主、アーツ。
年のころは二〇歳前半と若く、笑顔が印象的な青年だ。優しい黄緑色の髪に、セピアの瞳。動きやすい服装にエプロンを着用している。
フォレストキャットを三匹テイミングしていて、宿の手伝いをしてもらっているようだ。
アーツは、自分のことを少し話してくれた。
「もともとは、テイマーとして冒険者をしてたんですよ。でも、なかなか強くなれなくて……それで、両親からこの宿屋を継いだんです」
フォレストキャットが倒せる魔物は、スライムやベリーラビットのような弱い魔物ばかりで、とてもではないが強敵に挑めるものではなかったようだ。
(まあ、そうだろうな……)
確かに猫の爪は鋭いし、牙も噛まれたら痛い。けれどそれは一般人である自分へされたときの認識なので、フォレストキャットよりも大きな魔物に通用するのか――と言われたら、全力で逃げて生き延びてほしいと太一は叫びたい。
うんうんうなずく太一に、アーツは苦笑する。
「とはいえ、宿もなかなか上手くはいってなくて。タイチさんが泊まってくれて嬉しいです」
「え、そうなんですか?」
(猫がいる最高の宿なのに、客足が悪いのか?)
日本だったら大人気だろうにと、太一は首をかしげる。
しかしよくよく思い出してみると、自分が経営しているもふもふカフェもそこまで認知度が高いわけではない。
この世界の人は、小動物を愛でるといったことがあまりないのだ。
とはいえ、その魅力を知ったらあらがえなくなってしまうのだけれど……。
(この宿の猫はあくまでも業務の手伝いだから、お客さんと遊ぶ……ってことはしないんだ)
楽しく遊ぶことができたら、きっと誰もがフォレストキャットのよさがわかるはずなのにと太一は考える。
この世界にねこじゃらしなどのおもちゃはないが、太一はスキルで簡単に創ることができる。
急に黙り込んでしまった太一を見て、アーツはフォレストキャットを撫でながら首をかしげる。
「タイチさん?」
「……アーツさん。ここの宿、猫と触れ合える宿にしませんか!?」
「えっ!?」




