1 隣国への道中
太陽が沈み始めると、移動時間になる。
オレンジに染まった空と山々を見て、太一は思わず「おお~っ!」と感嘆の声をあげた。
『どうかしたのか?』
「いや、山が綺麗だな~ってさ」
『そうか?』
太一の言葉を聞いて、ルークは首を傾げてみせる。ルークにとっては当たり前の光景なので、感動している太一が不思議なのだろう。
(俺はこの世界に来てそんなに日が経ってないからなぁ)
東京というビルばかりの場所で生活していた太一にとって、大自然いっぱいのこの世界はとても新鮮で、ドキドキワクワクしてしまうところなのだ。
……まあ、戦闘はちょっとご遠慮したいけれど。
猫カフェに日々の癒しを求めていた、有馬太一。
毎日遅くまで残業をし、会社のために身を粉にして働いていた。楽しみといえば、月一で定時上がりをして猫カフェへ行くことだ。
そして……仕事帰り、車に轢かれそうな猫を助けたら――なんと、神様だった! 太一はその際に自分が車に轢かれて死んでしまったが、猫の神様によってこちらの世界で生き返らせてもらった。
猫の神様からは『もふもふに愛されし者』というテイマーから派生した固有ジョブ。さらに便利なスキルがレベル無限という好待遇だ。
太一の相棒、フェンリルのルーク。
自称孤高のフェンリルなのだが、どうにも太一が大好きなツンデレだ。……いや、ツンツンツンデレくらいの割合だろうか。
ちなみに太一の次にお気に入りなのは、ビーズクッションだ。
太一とルークは、『シュルクク王国』から、隣にある『アーゼルン王国』へ向かっている最中だ。
なぜかって?
それは、そこに猫の魔物――『フォレストキャット』が生息しているから。
テイミングをすることができれば、太一のもふもふカフェに晴れてお猫様が仲間入りだ。そのため、通常馬車で片道一ヶ月かかるところを、ルークの背中に乗って夜の間に移動している。
『ほら、早く背中に乗れ! 朝までに、次の街へ到着しておきたいからな』
野宿は嫌なんだろう? と、ルークが言う。
「そうだったな。ありがとう、ルーク」
(ぶっきらぼうなところもあるけど、めっちゃ優しいんだよなルーク)
太一はによによする顔を抑えながら、ルークの背中に乗る。ふわふわの毛が、手のひらに触れて、それだけでとろけそうになるほど幸せだ。
(はあ~~、もふもふ最高……!)
ルークだけでもこれなのに、フォレストキャットが加わったらいったいどうなってしまうのだろうか。
考えただけでも、今から震えてしまいそうだ。
太一が背中に乗ったのを見て、ルークは大地を蹴る。
『それじゃあ行くぞ』
「お手柔らかに――おおおぉぉっ!」
できればゆっくりと言う前に、ルークがスピードに乗る。それでも、ルークなりに気遣ってスピードは押さえているのだが……人間からすれば、十分に速い。
「はやい、速すぎるルーク!!」
『軟弱だな……まったく!』
太一の叫びを聞いて、ルークのスピードが緩くなる。
『速く走った方が気持ちいいだろうに……』
「加減って言葉があるだろ……。それに、せっかく綺麗な景色なんだからさ、もう少しのんびりでもいいと思わないか?」
『……ふん』
ルークはぷんぷんしつつも、太一の言葉を聞いて景色を見る。
まあ、確かに美しいかもしれないとは思う。
『まったく! それよりも、休憩のときはちゃんと美味い飯を用意しろよ!』
「わかってるって」
それから数時間ほど駆け、食事休憩のため丘の上へとやってきた。
見上げると満天の星があり、太一は思わず草の上へ寝転んだ。
「いやぁ、絶景だなぁ……」
『別に星空なんて珍しくもないだろう』
「俺が住んでたところには、ここまですごい星空はそうそう見れなかったんだよ」
だから堪能したいのだと、太一は言うが――それよりも、ルークは腹ペコだった。
『早く食事にするぞ』
ルークは太一の袖口をひっぱり、『飯だ』と急かす。
「はいはい、わかったよ。ちょっと待ってくれ」
太一はルークを撫でて、腰に下げた魔法の鞄に手を伸ばす。
これも神様からもらったもので、無限に物が入るうえ、中の時間は止まっているという優れものだ。
ここには、道中でルークが倒した魔物や、街で買ってきた調味料などいろいろなものが入っている。
今まではルークの大好物のドラゴンの肉も入っていたが、すべて平らげてしまった。そのため、道中に狩った七色ホロホロを取り出す。
森の奥に生息している魔物で、その肉は引き締まっていてとても美味いのだとルークが教えてくれた。
「このお肉を【ご飯調理】っと!」
すると、太一の前にホログラムプレートが現れる。
《調理するには、材料が足りません。『七色ホロホロの肉』『魔力草』『薬草』『魔力塩』があれば『七色のホロホロースト』が作れます》
「お~、美味そうな名前だな」
『なんだ、まだ作れないのか?』
「ちょっと待てって、材料が必要なんだ」
今スキルであがった薬草や調味料は、すでに太一の鞄の中に入っている。それを取り出してもう一度スキルを使う。
「【ご飯調理】!」
猫の神様が授けてくれたテイマーのスキル、【ご飯調理】。
材料を揃えた状態でスキルを使うと、魔物のご飯を作ることができる。
スキルを使うと、材料が消費されて料理ができあがる。
スライスされた七色ホロホロの肉がお皿に盛られており、キラキラと美しい輝きを放っている。
料理を見て、すぐにルークが歓喜の声をあげる。
『おおっ、これは美味そうだ!』
速くよこせとばかりに、ルークが太一の周囲をグルグル歩き回る。その様子がなんとも可愛くて、太一は笑う。
「わかってるって、たくさんあるから遠慮せず食べてくれ」
『もちろんだ!』
太一が七色のホロホローストを差し出すと、ルークがぺろりと平らげてしまう。
(えっ、早っ!!)
思わず心の中で突っ込みつつも、慌てて追加のホロホローストを作る。
『んんっ、確かにこれは美味だな! いつもはそのまま食べていたが、テイマーが使うスキルはすごいものだ』
「満足してもらえたのなら、よかったよ」
十分な数を作ってから、太一もホロホローストにありつく。
一口かぶりつくと、その上品な肉質が伝わってくる。しっとりと柔らかな肉は、口の中に入れたらとろけてしまうと言っても過言ではないだろう。
材料の一つとして使った魔力塩が、七色ホロホロのうま味を最大限まで引き出している。
(これはいくらでも食べられそうだ)
二人でたっぷり堪能して、再び隣国へ向けて出発した。
***
それから走って、隣国との国境線の境目にある『チャルムの街』までやってきた。規模は、太一がカフェをしているレリームの街と同じくらいだろうか。
国の境目だからだろう、比較的ほかの街よりも商人が多い。
「へえ、活気のある街だな」
『悪くはなさそうだな』
太一とルークは二人で街を歩き、テイマーギルドを探す。
宿泊施設がついていることが多いので、今日の宿を借りるためだ。街の宿でもいいのだが、残念ながら従魔は駄目だというところも多い。
(しかもルークは大きいからなぁ……)
そんなことを考え太一が苦笑すると、ルークが『なんだ!』と反応する。
「いや、ルークの毛並みは立派だなぁと」
『なんだ、褒めてたのか! そうだろう、そうだろう! 気高きフェンリルだからな!!』
褒められたルークは尻尾をぶんぶん振り、誇らしそうにしている。
遠くで小さな女の子が「わんわん!」と言っているが、そのことには気づかなかったようで……太一はほっと胸を撫でおろした。
(絶対に犬って言われたら機嫌が悪くなるからな……)
「さてと、テイマーギルドで宿をとって、買い物をして一休みしますか」
『ああ』
もふもふカフェをバイトで雇ったヒメリに任せているとはいえ、二五日ほどで帰る旨を伝えてある。
ルークの足でも隣国までは一〇日弱ほどかかるので、あまりのんびり観光する予定はないのだ。
(落ち着いたら、異世界中のもふもふを探すっていうのもありだけど)
今はまだ、この世界でのんびりカフェを経営していたいと太一は思う。
すっかり更新が遅くなってしまいました。
どうぞよろしくお願いします~!
猫ちゃん編です。
余談ですが我が家にも猫ちゃんお迎えしました。めっちゃ可愛くてメロメロです。
書籍1巻発売中ですので、よろしくお願いいたします。
『異世界もふもふカフェ ~テイマー、もふもふフェンリルと出会う~』
書き下ろしの閑話が7個あります、頑張った!




