35 もふもふお風呂
ということで、ヒメリがまずは見習いと言う形でお店に出てくれることになった。仕事を覚えてもらったら、太一はルークとともに隣の国へ出発だ。
「あ、そうだ……エプロンが必要だよな」
もふもふカフェの勤務に制服はないが、動きやすい服というのは大前提だ。
「ヒメリの分と、予備もあったほうがいいか。【創造(物理)】っと!」
予備を合わせて五枚ほど作ったところで、ヒメリがやってきた。
「おはよう、今日からよろしくね」
「うん、おはよう。こちらこそよろしくね! もふもふに囲まれて仕事ができるなんて、幸せだ~!」
ヒメリが嬉しそうで何よりだ。
太一は頷きながら、今しがた作ったエプロンを渡す。
「仕事中は、これをつけてね」
「わ! 可愛いー! これで私ももふもふカフェの従業員ね! 頑張らなきゃ」
わらわら集まってきたベリーラビットを抱き上げて、「今日からヒメリも一緒だからな」と言い聞かせる。
『みっ!』
『『『はーい!』』』
ケルベロスはちゃんと言葉を理解しているので、いい返事だ。
ヒメリは魔物たちが嬉しそうに擦り寄って来ているのを見て、感極まっているようだ。
頑張らなきゃと、気合を入れている。
「じゃあ、ざっとカフェの仕事を説明するよ」
「はい!」
まず朝一にすることは、従魔たちの健康チェックだ。
話しかけて、具合が悪そうにしていたりしないか様子を見る。
「どんなふうにすればいいの?」
「これと言って、絶対にすることっていうのはないんだ。撫でたり抱っこしたりして、様子を見るだけ」
『みっ』
太一がベリーラビットを撫でてやると、嬉しそうに鳴いた。
「もし具合が悪かったら、ぐったりしてたりするだろ? そういうことがなければ大丈夫かな」
「なるほど! それに魔物は強いから、弱ることなんてめったにないもんね」
ヒメリも太一と同じように、「元気ですか~?」と言いながらベリーラビットたちを撫でていく。
ベリーラビットも気持ちがいいらしく、嬉しそうだ。
「うん、異常ないみたいね!」
「それじゃあ、次は体を洗ってあげようか。みんなついておいで」
太一はベリーラビットをはじめ、ルークとケルベロスにも声をかける。全員で外へ出て、お風呂タイムだ。
突然のことに、ヒメリはとても驚いている。
「匂いとか、そういうのが気になっちゃうからね。基本は月に一回と、あとは汚れがどうしても気になるときかな。ルークとかはよく外に出るから、適度に洗わないといけないしね」
「なるほど……」
「月一だからヒメリが一人のときに洗うことはないけど、もし汚れたりしたときのためにね。たとえば、毛にフンがついたり、飲み物がかかっちゃったとかね」
どういった場合にシャンプーが必要か説明し、太一はカフェを出て裏庭へ行く。
そこにあるのは、お風呂がある小屋だ。
「へえ、お店の裏はこうなってたんだ」
「そうそう。ここなら運動もできるし、なかなかいいだろ?」
しかし実際のところは、特に裏庭で運動することはないけれど……。
ベリーラビットはあまり運動が必要ないらしくカフェでのんびりしているし、ルークにいたっては運動レベルが桁違いだ。
ケルベロスは運動するより太一やベリーラビットと遊ぶ方が好きらしく、やっぱりカフェにいることの方が多い。
(きっといつか使ってくれるもふもふが現れるはずだ……)
ドアを開けて脱衣所へ。
「ここにタオルとかあるから、自由に使って」
「うん。でも、てっきり井戸か何かで洗うと思ってたんだけど……」
どういうこと? と、ヒメリが首を傾げる。
「ああ、ここはお風呂なんだ」
そう言って太一が浴室のドアを開けると、ヒメリは目を見開いて驚いた。
人間用の浴槽と、従魔用の浅い浴槽が並んでいたからだ。
「え、何ここお風呂があるの!? しかも、従魔の分まで!!」
信じられないと声をあげ、ヒメリは浴室内をガン見している。
「こんな立派なの、なかなか用意できるもんじゃないのに……」
「ヒメリ?」
「あ、うぅん! すごいなって思っただけ」
ぼそりとヒメリが何かを呟いたが、小さくて太一の耳まで届かなかった。
「そっか。……ここの蛇口をひねるとお湯が出るから、溜まったらお風呂だな」
「え? お湯が出るの? 井戸から汲んでくるんじゃなくて?」
「あ、うん。あーっと……」
ヒメリの反応に、お風呂は井戸から汲んでくるものなのかと焦る。
「俺の故郷の特殊な技法を使って作ったんだ! ただ、もう部品がないから増やすことはできないんだけど」
「そ、そうなんだ……」
日本のお風呂と仕組みは同じだから問題ないだろう。これ以上は話すと墓穴を掘りそうなので、ここまでだ。
お湯が溜まってくると、ルークが『頃合いか……』と言って風呂へ飛び込んだ。従魔用の浅い方ではなく、太一が入る人間用だ。
ルークは大きいので、従魔用だと浅くて物足りないのだろう。
しかもお風呂の気持ちよさを初日に覚えてしまったため、太一が入る際は必ずと言っていいほど一緒に入ってくる。
「ルークは偉いんだね、一人で入れて」
「ほかの従魔も入れるよ。ほら、みんなもお風呂に入って」
『みっ』
『み~!』
『はーい!』
『気持ちい~』
『タイチは入らないの?』
太一のかけ声を聞き、全員がお風呂へ入った。
「わ、偉い!」
「うん。体を洗ってあげるのは、俺たちの役目だね」
「……頑張る!」
石鹸を手に取り、ベリーラビットたちを洗っていく。お風呂が気持ちいいということもあり、みんな大人しく体を洗わせてくれる。
(はあ、幸せ……楽しい)
「うわっ!」
「ヒメリ?」
太一が鼻の下を伸ばしそうになりながら洗っていると、ヒメリが驚きの声をあげた。
見ると、お湯に濡れて体の細くなってしまったケルベロスが……。
『ボクの美しい毛がぺたんこ~』
「ああ、そうなんだよ。普段は毛でもふもふしてるから、洗うとちょっと驚くよな」
「……っ!」
よほどびっくりしたのか、涙目になりながら頷いてる。
「お風呂から出て乾かしてやれば元通りになるから、大丈夫」
「そ、そうよね。うん、残りも頑張る!」
そして洗い終わり、お風呂から上がってタオルで従魔たちを拭いていく。
手際よく拭く太一を見て、ヒメリが少し考える素振りを見せつつも……ベリーラビットたちに向かって魔法を使った。
「乾かすなら、魔法の方が便利かも。【ウィンド】!」
すると、暖かい風が吹いて濡れた毛が一瞬で乾いてしまった。
「おおー! すごい!! さすが魔法使いだ」
「えへへ」
役に立てたのが嬉しかったようで、ヒメリが満面の笑みを見せる。
(いいなぁ、俺はテイマースキルしか使えないから……羨ましい)
もし今後正式に従業員を雇うことがあるなら、魔法使いがいいな……なんて思う太一だった。




