34 アルバイトを雇いたい
ということで、太一はさっそく雇用条件などを考える。
時給制? それとも日給制? しかしよくよく考えると、自分がいない日をまるっと頼むので日給制がいいだろう。
もふもふカフェは、この世界ではほかにない。
太一の従魔ではあるが、もふもふ――魔物の世話をしてもらわなければいけない。それを考えると、バイト料は高めに設定した方がいいだろう。
「店にアルバイト募集の貼り紙をするか、それともギルドに相談するか……」
どっちがいいのだろうと首を傾げる。
(でも、この世界のことはそこまで詳しくないから……)
一度、商業ギルドで確認をした方がいいだろう。
***
「従業員を増やす際の規定、ですか?」
「はい」
商業ギルドに足を運ぶと、職員が説明をしてくれた。
「特に規定はありませんよ。従業員の数によって、当ギルドとの契約などが変わることもありません」
「そうなんですね」
「はい。従業員を増やす方法は――」
商業ギルドで斡旋することもできるが、その際は仲介料が必要になる。けれどその分、身元はしっかりしている人を紹介してもらえる。
次に、ほかのギルドで斡旋してもらう、もしくは依頼する。これは、短期間の護衛などを雇うときに利用されるのだという。もちろん、仲介料が必要になる。
そして自分で募集をするという方法だ。太一が店に貼り紙をしようとしていたのが、これにあたる。
この場合は仲介料などが発生しないが、どんな人間が来るかわからないため見極めるための目が必要になってくる。
「定食屋ですと、一日のお給料がだいたい一万チェル弱といったところでしょうか」
「なるほど……。わかりました、ありがとうございます」
「いいえ。何かありましたらいつでもいらしてください」
商業ギルドを出て、さあどうしようかと考えながら街を歩く。
(手っ取り早いのは、商業ギルドに仲介してもらうことだよな)
身元が信用できるという点は、まだ異世界に不慣れな太一にとってもありがたい。ただ、魔物の世話という仕事内容も含まれることが懸念材料でもある。
怖がられてしまうかもしれないし、魔物だからと雑に扱われたらと思うとどうにも頼みづらい。
しばらく店でアルバイト募集の貼り紙をするのがいいかもしれないなと、太一は考える。
「うん、そうしよう。うちの店を気に入ってくれて、常連になってくれてる人だっているんだ。そう言う人の方が、こっちも安心できるし」
そうと決まれば、帰ってすぐに張り紙をしよう!
「あ、タイチだ! こんにちは」
ふいに名前を呼ばれ、太一は歩き出そうとしていた足を止める。後ろを振り返ると、そこにいたのはヒメリだ。
「お、偶然だな」
「うん。タイチこそ珍しいね」
「ちょっと商業ギルドに用があったんだ。短期でカフェに従業員を雇おうと思って、その相談に」
太一の言葉を聞き、ヒメリは「えっ!」と声をあげる。
「従業員を募集するの? 私やりたーい! ベリーラビットたちとずっと一緒にいられるもん!」
「えっ」
今度は太一が声をあげる。
(申し出は嬉しいけど……ヒメリじゃちょっと若すぎるような)
そんな心配が太一の頭に浮かぶ。
別にヒメリがしっかりしていないとか、そういうわけではない。アルバイトならいいけれど、一人だけに任せるとなると、責任なども伴ってくる。
悩んでいる太一を見て、今度はヒメリが首を傾げる。
「私じゃ駄目?」
ヒメリとしては、自分は魔物であるもふもふのことも大好きだし、餌のやり方なども知っている。
カフェにも通うため、ほかのお客さんとも顔見知りになっているとも思っている。
割といい逸材なはずなんだけれど……。
「駄目もなにも、ヒメリはまだ子供だろう?」
「え……そんな理由?」
「そんなって……大事だろ?」
太一がそう言うと、ヒメリは盛大にため息をついた。どうやら、子どもだからという理由は受け入れてもらえないようだ。
どうするか考えていると、ヒメリが近くにある小さな店を指さした。
「花屋?」
販売のスペースしかない狭い室内で、ほかに部屋がないことは外から見てもすぐにわかる。
中には、一五歳くらいの女の子が一人でお店に立っていた。どうやら、一人ですべての対応をしているみたいだ。
「私くらいの年齢だって、別に一人でお店を回すのは珍しくないわよ? そりゃあ、すごく広い……っていうと難しいかもしれないけど。タイチのお店なら、そこまで仕事量も多くないでしょ?」
「うーんむ……」
ヒメリの言う通り、そこまで仕事量が多くはない。飲食メニューは用意してある出来合いのお菓子に、インスタントの飲み物。
もふもふたちのおやつだって、もう作って梱包をしてある。
一番大変なのは、もふもふたちのお世話だろうか。しかしそれは、ヒメリならば任せても問題ないと太一は思う。
(一番の問題児ルークは俺と一緒に行くもんな)
ケルベロスは人懐っこいので、ヒメリとも上手くやってくれるだろう。会話ができないのは残念だけど、ヒメリならきっとケルベロスの意思を汲み取ってくれるに違いない。
「……なら、お願いしようかな。説明は店でするけど、時間はある?」
「うん! お願いします!」
ということで、説明をするためもふもふカフェへ。
「ただいまー」
『『『おかえりー!!』』』
太一がカフェのドアを開けると、ものすごい勢いでケルベロスが飛びついてきた。よしよし頭を撫でると、とても嬉しそうな笑顔を見せてくれる。
ルークは安定のビーズクッションでお昼寝中だ。
続いて、ベリーラビットたちもわらわら太一の周りにやってきた。
「私も従業員になったら、こんな幸せ体験ができちゃう……!?」
ごくりと、ヒメリが唾を飲んだ。
飲み物を用意して、まずはヒメリに今回の経緯を簡単に説明する。
「新しいもふもふをテイムしに、ちょっと出かけたいんだ。たぶん、帰ってくるまでに遅く見積もって二五日くらいかな」
「何をテイムしに?」
「ふっふっふ~よくぞ聞いてくれました!」
今回のテイムは、重大な任務だ。なんといっても、このもふもふカフェに猫様をお招きできるまたとないチャンスなのだから。
「新しく仲間に加わる予定なのは、フォレストキャット!」
「……! 確かにもふもふしてるかも」
サイズも二〇~六〇センチと小さいので、抱っこをしたり一緒に遊んだりすることも可能だろう。
フォレストキャットをもふもふの対象として考えたことはなかったけれど、確かにもふもふカフェには合っている。
「え、でも……待って」
「ん?」
「私の短期バイトは、二五日でいいんだよね?」
念のためにと、ヒメリが確認する。
「ああ。余裕をもってその日程にしてるから、もう少し早く帰ってくるかもしれないけど。それより帰りが遅くなることはないと思う」
「………………わかった!」
地味に気になる間がありつつも、ヒメリはすぐに了承してくれた。
「フォレストキャットを倒したことはあるけど、撫でたりしたことはないから……楽しみ!」
「ぜひたくさん撫でてあげて!」
あんなに可愛い猫様が狩り対象だなんて、切なすぎるぞこの世界……! いや、襲ってくるのだから仕方がないけれど……。
「それじゃあ、ヒメリに仕事を覚えてもらったら出発するよ。ヒメリの都合のいい日程を教えてもらっていい?」
さすがに二五日間は長いので、すぐに何日後からお願いします、というわけにもいかない。
そのため確認をしてみたのだが――
「私はいつでも大丈夫だよ! なんてったって、自由な冒険者だからね」
「おー、頼もしいな」
(その日に受ける依頼を毎回決める感じなのかな?)
安定を得るためには大変な職業かもしれないが、自由にできるという点はいいことだと太一は頷く。
「それなら、ヒメリが仕事を一通りこなせるようになったらにしよう。もちろん、その間もバイト料は――あ」
「ん?」
うっかりしていたと、太一は頭を抱える。
「一番肝心な給料の話をしてなかったからさ。ごめん、一番に伝えることだったよな」
しかもお金関係は、なかなか聞きにくいものがある。もっと注意していればよかったと思いつつ、給料の説明をする。
まずは勤務時間の確認をする。
「11時開店で、17時に閉店。準備と片付けがあるから、10時半に来てもらって、17時半ころに終わり……っていう感じかな」
「うん、大丈夫だと思うよ」
今はお客さんもそんなにいないので、暇なときに昼食をとってもらうというスタイルだ。
店内にはケルベロスがいるので、人がいないときは後ろに下がっていても問題はない。
(誰か来たらドアベルの音でわかるからな)
「一日のうち何時間か働く場合は、一時間で二〇〇〇チェルの給料が発生する。丸一日の場合は一万五〇〇〇チェルでどうかな?」
フルで働くとなると大変なので、休憩も含め日給を少しだけ上げた。
「え、高すぎじゃない? 普通は一〇〇〇チェルももらえたら十分だと思うけど」
「いや……大事な従魔のお世話だってしてもらうんだから、これくらいは払うよ。その代わり、ちゃんと見てね」
「それはもちろん! みんな大好きだから、しっかりお世話するね」
ということで、給料などが無事に決まった。




