30 冒険者ギルドのマスター
災害級の魔物、ケルベロスが出現したことにより冒険者ギルドは慌ただしかったのだが――その存在が、姿を消した。
見張りをしていた冒険者は気絶し、ことの顛末はわからないわからないという体たらく。
「ああもう、本当にどこにもいないのね。ケルベロス」
「やっぱり魔物と戦って倒されたか、傷を負ってどっかに逃げたんじゃないですか?」
「そうだろうけど、確認はしないと駄目だもの。念には念を、よ」
ケルベロスがいた森の中、もしかしたらどこかに隠れているかもしれない。そう思って探し回ってみたがその気配はどこにもなかった。
「まあ、ギルドマスター自らが出向いて確認をしたんです。やっぱり安全だったんですよ」
冒険者たちの調査結果を元に、もう安全である旨の通達は行っている。しかし相手はケルベロス、万一があってはいけないと冒険者ギルドのギルドマスター自らが足を運んで確認した。
まあ、結果はごらんの通りだ。
はあぁ~と、深いため息をつく。
「そろそろギルドに戻りましょう、ヒメリ様」
「うん。私は少しより道して帰るから、先に帰ってて」
「わかりました」
ギルドマスター――ヒメリは先に戻らせた職員を見送りながら、今日は災難だったなと近くの小石を蹴飛ばす。
するとそれが、うっかり少し先にいた魔物に当たってしまった。見ると、数匹のオーガがいる。
「あ」
適当に蹴っただけなのにと、ヒメリはうんざりした気分になる。
「これはもう、もふもふカフェでベリーラビットちゃんにおやつをあげてもふもふを堪能して癒されるしかないっ!」
ヒメリはオーガに向けて杖を構えて、スキルを使う。
「私に出会ったのが運のつきね! 【サイクロン】!」
力強い言葉に反応し、ヒメリの周囲の風が舞い上がる。一本に伸びた竜巻は、凄まじい勢いのまま三体のオーガに襲いかかった!
冒険者ギルドのマスターを務めているだけあり、ヒメリの魔法は圧倒的だ。魔法使いとは、比べ物にならないほどに。
「さてと、街に戻ろっっと」
オーガは竜巻にえぐられ、跡形もなく消えていた。
***
ヒメリがもふもふカフェの扉を開くと、「いらっしゃいませ~」といつものように太一が明るい声で挨拶をしてくれる。
「こんにちは!」
「あ、ヒメリか。忙しいのは大丈夫なのか?」
ケルベロスが消失してイラついていた心には、のほほんと気遣ってくれる太一の声が心地いい。
「もう大丈夫! 今日はベリーラビットを堪能して――」
いっぱい癒される、そう言葉を続けようとしたのだが、ヒメリはフリーズした。
「どうかしたか? あ、その子は新入りのピノ、クロロ、ノールだよ。仲良くしてやってくれよな」
太一はそう言ってピノ、クロロ、ノールの三つの首がある黒いもふもふを抱き上げた。
『わんっ』
『わううっ』
『わふっ』
顔は三つ、体は一つ、そんな魔物は――ケルベロスしかいない。
「あ、そうだ。何飲む?」
「………………紅茶。ホットで」
「はいよ」
固まってしまったヒメリを不思議に思いつつも、太一は飲み物を準備するため奥へ行った。
「はー……」
ヒメリは大きく息を吸って、足元にいる三つ首の魔物へ視線を向ける。
「なによ、どう見てもケルベロスじゃない!」
森の中をくまなく歩いていろいろ確認した苦労が、すべて水の泡となったような気がした。だって、先にもふもふカフェに来ていればすべて解決したのだから。
「でも、開店時間前だったしな……」
まあ、どちらにせよ過ぎてしまったことを言っても遅い。
ヒメリは脱力しながら、三つ首の犬――ケルベロスの前へとしゃがみ込む。
目の前にいるのは狂暴なケルベロスではなく、テイムされた従魔だ。
そっと手を伸ばしてケルベロスの頭を撫でると、嬉しそうにヒメリの手へすりよってきた。
黒の毛はふわふわのもふもふで、とたんにヒメリの表情がとろける。
「うわ、うわああぁ、もふもふ気持ちいい!」
ベリーラビットもよかったけれど、ケルベロスはそれ以上にふわもこだ。これは虜になる人間が続出するだろう。
しかも体長が三〇センチと小さいので、大きかったときの凶悪さもない。むしろ、つぶらな瞳が可愛くて、庇護欲をそそられてしまう。
ケルベロスをもふもふしながら、ヒメリは改めて太一という人間が何者なのかを考える。
普通に考えて、一介の冒険者が災害級の魔物をテイムするなんて不可能だ。それこそ、世界最高クラスの実力がなければ。
そこらへんにいるベリーラビットとは、格が違うのだ。運よくラッキーでテイミングが成功する相手ではない。
とはいえ、太一がしていることといえばのんびりしたもふもふカフェの経営。
話をした限り、何かを企むような様子もない。
「本当に、何者なのかしら」
ヒメリはそう口にするも……もふもふカフェがなくなってしまっては大変なので、太一が困りそうなときは少しくらいなら裏から手を回してもいいかも……なんて考えた。




