26 災害級のもふもふ?
今日ものんびりもふもふカフェを営業していると、疲れた様子のヒメリがやってきた。
「うぅ、こんにちは……」
「いらっしゃいませ~って、すごく疲れてるな」
「そうなの! とりあえずチョコレートと紅茶のホットで……」
太一が迎え入れると、ヒメリはローソファへぐったりと座り込んだ。いつもならベリーラビットをすぐに構うが、今はそんな気力もないみたいだ。
少し心配になりつつも、太一は注文の紅茶とチョコレートを用意するため厨房へ向かう。
(いつもお世話になってるし、クッキーもサービスしておこうかな)
準備をして戻ると、ヒメリはソファで寝入ってしまっていた。
「一瞬で寝落ちするほど疲れてたのか……」
それなら家で休んでいればいいのにと笑いつつも、もふもふカフェで寝たいという気持ちも太一はよくわかる。
見ると、マシュマロがヒメリを心配そうに見つめながら膝に乗っていた。隣にも、いつの間にか寄り添うようにしてカリンが寝ている。
ひとまず飲み物とお菓子は横のテーブルに置き、ベリーラビットたちが勝手に食べないようにかぶせものをしておく。
「ブランケットがあるといいよな。【創造(物理)】っと」
ほかに客がいないので、太一はささっとスキルを使う。そしてできあがったのは、ふわふわもこもこのブランケットだ。
最高の触り心地で、いつまでも包まれて寝ていたい。
「幸いかはわからないけど……ほかにお客さんはいないし、ゆっくり寝てていいぞ」
そう呟いて、太一も店内でのんびりすることにした。
それから二時間ほどして、ヒメリが目を覚ました。
「ハッ! え、あ……っ」
しかし起きたのはいいが、自分の膝にマシュマロが乗っていて動くに動けない状況になっていた。
すごくすごく嬉しいのだけれど、至福なのだけれど、伸びをしたい……と、固まってしまった体が主張する。
あわあわしているヒメリを見て、太一がははっと笑う。
「幸せな目覚めだな」
「タイチ! そう、そうなんだけど……っ!」
ヒメリの膝の上で寝てしまったマシュマロを、太一が抱き上げる。『み~?』と半分寝ぼけたような鳴き声をあげ、大人しく太一の腕に収まった。
「ありがとう。んん~っ!」
ぐぐーっと背伸びをして、ヒメリが立ちあがる。窓の外はうっすら日が落ち始めていて、オレンジの夕日が見えた。
「やだ、私ってばそんなに寝てた!?」
「二時間くらいかな」
「少しだけ休憩のつもりで来てたのに……!!」
まるで仮眠をしたつもりが、朝まで寝てしまったときの太一のような反応だ。
ヒメリはテーブルに置いてあった紅茶とお菓子を見て、「ありがとう」と手に取った。
「あ、温かいのを用意するよ」
「そんな時間はないから、大丈夫よ! むしろ、冷めてて飲みやすいから!! って、私クッキーも頼んだっけ?」
「いつもお世話になってるし、疲れてそうだったからサービス」
笑いながら太一が言うと、ヒメリは満面の笑みを見せてくれる。
「ありがとう! ……っと、私もう戻らなきゃ! またくるね!!」
「お、おう。ありがとうございました」
慌てて出ていくヒメリに苦笑しつつ、大変な仕事でも抱え込んでいるんだろうか? と首を傾げる。
(魔法使いだし、狩りとかそっち系かな?)
そんなことを考えていると、いつもの常連冒険者三人組がやってきた。
グリーズが少し息を切らしながら、太一を見る。
「まだやってるか?」
「いらっしゃい。あと三〇分くらいで閉店だね」
「よっし! 少しだけベリーラビットと触れ合えるな!!」
嬉しそうに肩の力を抜いたグリーズが、「いつもの!」と告げて店内へ入る。続いて、ニーナとアルルも同じように「いつもの」と告げた。
お茶が二つと、紅茶が一つだ。
「はいはーい」
太一は飲み物を出し、先ほどのヒメリの様子が気になったので冒険者のことを聞いてみた。
「冒険者って、なんか大変なことになってたりする? さっき、知り合いの魔法使いが疲れた様子だったからさ」
「「あー……」」
どうやら心当たりがあったようで、グリーズとニーナが顔を見合わせた。
先に口を開いたのは、グリーズだ。
「実は、ここから少し行った森の中に廃墟があるんだが、そこに三メートルを超えるケルベロスが出たらしい」
「へー、そうなんですか」
(フェンリルのルークがいるんだから、ケルベロスもいるだろうなぁ)
太一がケルベロスももふもふだろうか? なんて考えていると、「いやいや、もっと驚くでしょ!?」とニーナからツッコミが入った。
「ケルベロスとか、災害級の魔物なのよ! 人生で一度も見ない人の方が多いくらいなのに!」
(あ、やっぱり珍しい……というか)
「災害級の魔物!?」
そいつはとんでもねえ!
しかもそれが、この近くの森にいるというのだから、太一は焦る。
「え、それで、街に来たりはしないのか? 大丈夫?」
特にもふもふカフェは郊外店のため、魔物が来たら真っ先にターゲットにされるだろう。
せっかく手に入れた安住の地を、魔物に壊されたらたまったものではない。
「やっとケルベロスの恐ろしさがわかったのね。今のところは廃墟から動く様子はないから、大丈夫。……あ! この情報は一般公開されてないから、黙っててくれる?」
「ちょ、そんな極秘情報をポロっと喋らないでくれ……」
もし街にケルベロスがいるという噂があれば、逃げ出している人たちがたくさんいるはずだ。
今は情報規制をし、冒険者ギルドが人を派遣して四六時中ケルベロスを見張っているという状況らしい。
(大変だな……)
「俺たちは物資を届けに行ってきただけで実際には見てないが……かなり圧を感じたな。あれは、俺たちが勝てるような相手じゃない」
「そんなに……」
グリーズの言葉に、太一は息を呑む。
「ただ、ずっと放置……っていうわけにはいかないからな。今、高ランクの冒険者たちを集めてるんだ。早ければ明日、遅くても数日中には討伐隊が組まれる予定だ」
「それならちょっとは安心かな?」
魔物の脅威にさらされながら生活するというのは、心臓に悪い。グリーズの言葉にほっと胸を撫でおろし、気づけばもふもふカフェも閉店の時間になった。
***
そして、夜。
『タイチ、運動に行くぞ!』
「え、今から!?」
確かにルークが運動をするなら、目立たないようにしたいので夜になる。
「でも、近くの森の廃墟にケルベロスがいるんだって言ってたぞ。危険じゃないか?」
『馬鹿にしているのか! オレがケルベロスごときに負けるわけがなかろう!!』
「え? でも、ケルベロスは災害級の魔物だって言ってたぞ?」
『なら、その証明をしてやろうではないか!!』
――ということで、なぜかケルベロスを見に行くことになってしまった。




