24 魔物のおやつが大人気
おやつの調理スキルで作ったクッキーは、うさぎの形をした可愛いものだった。大きさは人間で考えると一口サイズだ。
さっそくヒメリが袋から取り出し、表情を輝かせている。そして手に取って、ぱくりと一口で食べてしまった。
「うおおおぉい、何食べてるの!?」
「だって、美味しそうだったからつい……」
「いや、その気持ちはわかるけど……」
そう、うさぎクッキーは従魔用のおやつではあるのだが、人間用ですと売られていたとしても、まったく問題ない出来になっている。
もぐもぐしているヒメリは、味わいながら頷いて指を立てた。
「美味しい!」
「まじか……」
魔物ようなので味は控えめだったりするのかと思っていたが、そうでもないらしい。太一も真似してうさぎクッキーを口に入れる。
さくっとして、香ばしさに思わず頬が緩む。
(これは普通に自分のお菓子でも問題ないぞ……)
材料だって、月下草を除けば普通に人間が食べれるものだ。その月下草も、ポーションの材料になるのだから体に悪いものではないだろう。
(小腹が空いたときにでも食べようかな)
そんなことを考えていると、お菓子の匂いに釣られたのかベリーラビットたちが寄ってきた。
『みっ』
『み?』
『みみ~っ!』
「きゃっ、みんな食べたくて仕方ないみたいだね」
ヒメリがくすくす笑って、ベリーラビットたちの頭を撫でる。すると、気持ちよさそうに目を細めた。
すると、ビーズクッションで寝ていたルークもこちらへやって来た。
『なんだなんだ、いい匂いだな! もちろんオレの分もとっておきがあるんだろう?』
「あ……」
しまった! ルークの分は作っていなかった!! と、太一が慌てると、ヒメリがルークにうさぎクッキーを差し出した。
「このクッキーすごく美味しいよ、どう?」
ルークを警戒させないよう笑顔を見せるヒメリだが、ルークは『ふんっ』と鼻を鳴らして太一のところへやってきた。
『仕方ないから今はそのクッキーで我慢してやる。俺の配下が食べているものも、知っておく必要があるからな』
といいつつも、ルークの尻尾は今日も絶好調だ。
そしてふと、太一にもしかしてというワードが浮かび上がる。
(人見知りか……?)
森の中でずっと一匹だったし、きっとそんなこともあるのだろう。だったら、太一も無理せずルークを見守ってやるだけだ。
「俺がルークにあげるから、ヒメリはベリーラビットたちにあげてもらってもいい?」
「もちろん!」
ということで、太一はうさぎクッキーを取り出してルークの口元へ持って行く。
「ニンジンと苺と月下草を使ったクッキーだよ」
『なんだ、肉は入っていないのか』
「さすがにクッキーに肉はどうかと思うけど……」
若干不服そうにしつつも、ルークは素直にうさぎクッキーを口にした。すると、耳がピン! と反応して、ピクピク動いた。
(あ、美味しかったんだ……)
人間の食べ物を美味しいと食べているルークなので、太一が味見して美味しかったうさぎクッキーが不味いわけがない。
『ふもふも……まあ、なかなかだな!』
「それはよかった」
ルークが尻尾を振りながら、『もっと食べられるぞ!』と胸を張る。早く早くとつぶらな瞳も向けられて、あげざるをえない。
「でも、あんまり食べ過ぎもよくない……か?」
『そんなもの、運動すれば問題ない。オレは高貴なるフェンリルだぞ、ほかの低俗な魔物と一緒にするんじゃない!』
「はいはい」
運動に付き合う約束もしたし、本人もこう言っているから仕方がない。太一は追加のうさぎクッキーを袋から取り出した。
すると、すぐにルークが大口を開けてかぶりついてきた。
「うわっ! ちょ、俺の手まで食べないで!!」
(食いちぎられるかと思った……!)
そんな太一たちを見つつ、ヒメリもうさぎクッキーを袋から取り出して、ベリーラビットたちに「おいでおいで~」と声をかける。
『み~っ』
『みみっ』
すぐにわあっと一〇匹全員がヒメリの周りに大集合して、口を開けて待っている。
「うぅ、可愛い……」
思わず口元を押さえる。悶絶するヒメリのライフはもうゼロだ。
「こんな可愛い子におやつをあげれるなんて、幸せだぁ」
ヒメリがうさぎクッキーを一つ手に持って差し出すと、我先にとベリーラビットたちが食いついてきた。
『みみみっ!』
『みーっ!!』
その勢いはすさまじく、先ほどまでの可愛く大人しかった姿が嘘のようだ。まさにこの世が弱肉強食だといわんばかり。
「はわわわわっ!」
さすがのヒメリもおやつを前にしたベリーラビットたちに驚いたようで、圧倒されてしまっている。
持っていたうさぎクッキーは、一瞬でなくなってしまった。
『み~』
『みみ~』
とたん、ベリーラビットたちがしょんぼりした表情を見せる。さすがに、一〇匹でうさぎクッキー一枚は全然足りない。
食べられなかったベリーラビットが、寂しそうな顔で泣いている。
「あわわ、大丈夫だよ! ちゃんとまだあるから!!」
『みっ!』
ヒメリの言葉にベリーラビットたちが顔を輝かせ、嬉しそうな声をあげたのだった。
***
そして後日。
もふもふカフェのメニューに、『おやつのうさぎクッキー』三〇〇チェルが加わった。
「お、なんだこれ?」
やってきたのは、常連になりつつある三人組の冒険者。グリーズ、アルル、ニーナの三人。
いつものようにドリンクを頼み、増えたメニューに興味津々の様子だ。
「ふっふー。いいところに注目しましたね!」
太一がおやつシステムを説明すると、真っ先にニーナが目を光らせた。
「はいはい! 私、おやつも一つ!」
「俺もだ!」
「わたくしはお茶だけで結構だわ」
ニーナがおやつを注文し、アルルはすまし顔でいつもくつろぐソファへ行ってしまった。それを見て、ニーナが口を尖らせる。
「アルルもおやつをあげたらいいのに」
触れ合えるいい機会なのにと、ニーナは言う。けれど、アルルは「別に」と一言告げただけだ。
そんな彼女を見て、グリーズとニーナは苦笑する。
「あんなこと言いつつも、毎回このカフェに来るの反対しないのよね」
「まあ、ここは飲み物も美味いからな」
仕方がないと言いながら、グリーズとニーナもそれぞれベリーラビットたちとたわむれに行く。
みんな、この三人は常連ということもあってすぐによってきてくれる。
(急いで飲み物とおやつを用意しないと!)
とはいっても、お湯を入れるだけというお手軽なドリンクメニューだけれど。
(結局、メニューもそんなに増やしてないしなぁ)
店員が太一一人ということもあって、やはりこのくらいがちょうどいいのだ。増やして忙しくなったら、疲れてしまう。
ささっと飲み物とうさぎクッキーを用意していくと、待ってましたと言わんばかりにグリーズとニーナが手を出してきた。
「どうぞ。開けた瞬間、すごい勢いでくるから気を付けてくださいね」
「ん? おう!」
(絶対にわかってないな……)
太一の忠告も虚しく、グリーズはすぐさま袋を開ける。すると、太一の予想通り、ものすごい勢いでベリーラビットたちが突っ込んできた。
「うわああああっ!」
さすがのグリーズも驚いたようで、声をあげて後ろに下がった。しかし、ベリーラビットたちにとってはそんなことはどうでもよくて、開いた袋一直線だ。
『みみっ』
『み~っ』
美味しそうにモグモグうさぎクッキーを頬張って、満足そうにしている。
「うわ、すごい食欲……。でもよかったねグリーズ、人生最初で最後のモテ期だよ!」
「うおーい、なんてこと言うんだ! 最後じゃねえ!!」
「あはは」
まだまだこれからモテるんだと叫ぶグリーズに、ニーナは笑う。
「私は一枚ずつゆっくりあげようっと」
こっそりうさぎクッキーを取り出し、ちょいちょいとベリーラビットを釣る。端っこにいたベリーラビット数匹だけがニーナのところへやってきたので、こちらは比較的穏やかなおやつタイムになったようだ。
そんなニーナを見て、グリーズは「奥が深いぜ、もふもふカフェ……」と呟くのだった。




