21 あー! お客様! いけません!!
もふもふカフェを開店してから、一週間ほどが経った。
やはり郊外店ということもありお客さんはそれほど来ないけれど、レリームの街に来た人や、依頼帰りの冒険者たちが寄ってくれたりしている。
カランとドアベルがなって、お客さんがやってきた。
「いらっしゃいませ」
「ちわっす! お茶と、それからクッキーちゃんいる?」
「いますよ~」
やってきたのは、ここのところ連日で来てくれるようになった男性だ。商人をしていて、もふもふカフェは仕入れで街の外へ行った際に偶然見つけたのだという。
そして彼のお気に入りは、ベリーラビットのクッキーだ。白と黒のブチで、いつも可愛がってくれている。
『みっ!』
「あああ~、今日も可愛い!! よーし、たくさんなでなでしてあげまちゅからね~」
もう、完璧にデレデレだ。
(その気持ち、よくわかる)
かくいう太一も生前猫カフェに通っているときはデレデレだったし、今も毎日ルークやベリーラビットにもふもふデレデレだ。
これは誰も抗うことができないのだ。
『み~』
クッキーが商人のなでなでにメロメロになっている間に、太一は頼まれていたお茶を用意する。
今のところ男性にはお茶が人気で、女性は無難に紅茶を頼むことが多い。コーヒーは苦みが独特のためか、元々飲んだことがある人以外は嫌厭するようだ。
(貴族とか、裕福な商人とか、そういう人ならコーヒーも好きだったりするのかな?)
いつかそんな人にもお客として来てもらい、もふもふカフェを好きになってもらいたいなと思う。
そうすれば上流階級でもふもふが流行り、街にももふもふの需要やカフェが増えるかもしれない。そうしたら太一も幸せハッピーだ。
(ああ、だけど貴族はこんな庶民のカフェに来たりはしないか)
ヤカンで沸かしたお湯をコップに注ぎ、煎茶の粉を混ぜる。
「よしっと」
トレイにコップを載せて店内に戻ると、ベリーラビットが商人に群がっていた。
(お客さんは一人だけだからな)
もふもふカフェのアイドルたちを商人が独り占め状態だ。もれなく一〇匹大集合していた。
(あんなにいるなんて、珍しい)
いつもであれば、何匹かは昼寝しているのにと太一は思う。寝ているのは、ビーズクッションから動かないルークだけだ。
「お茶お待たせしました」
「おお、ありがとう」
「それにしても、今日はすごく集まってますね……」
何か原因があるのだろうかと、太一と商人は首を傾げる。すると、クッキーがとことこ商人の膝へ登っていった。
そして胸辺りに顔をよせ、ふんふん匂いを嗅いでいる様子。
商人はといえば、クッキーをはじめほかのベリーラビットが登りやすいよう後ろに体を倒してくれている。
「胸ポケットに何か入れてます?」
「ん? んーっと……あ、そういえば試作品のクッキーを入れてたな」
そう言って商人が胸ポケットにあった小さな袋からクッキーを取り出すと、ベリーラビットたちがわっとその袋へ群がっていく。
『み~っ!』
『みみっ!!』
『みぃ~』
「あわわわわわっ!!」
「あー!!」
必然的に商人の体が後ろに倒れ、ベリーラビットたちに襲われてしまう。ふんふんと鼻を近づけ食べたい食べたいと口を開ける。
「駄目です、当店はもふもふたちへの餌の持ち込みは禁止です!」
「は、はいいいぃっ!」
商人も餌の持ち込み禁止ということは理解してくれているので、必死にクッキーを持った手を上に伸ばす。
しかししかし、ベリーラビットたちも負けじと商人の体を登り進んで行く。
「ああっ、幸せなのに素直に喜べない!! 肉球がっ! 気持ちいい……っくうぅ」
『みぅ~』
『みっ!』
なんとかしてとろうとするベリーラビットに負け、商人が後ろにひっくり返ってしまった。
「いてて、あっそうか自分で食べればいいんだ!!」
「確かに!!」
商人がクッキーを食べると、ベリーラビットたちがガガーン! とショックの表情を浮かべる。
そんなに飢えていたのかお前たち……と、太一は苦笑する。
(ああでも、今までは野生で生きてきたんだもんな)
自由に餌を食べていたことを考えると、ご飯の時間しかないというのは申し訳ないような気がしてきた。
(こうなったら、やっぱりあれを実装するしかないか……)
太一がそう考えていると、商人の「あああぁ……」という悲痛な声が耳に届いた。見ると、餌をもらえないとわかったベリーラビットたちが離れてしまったようだ。
(あ~、わかるその気持ち……)
猫カフェでも、あれ――『おやつ』を持っているときだけ、アイドルタイムになることができるのだ。
やはり早急に、もふもふカフェでもおやつを実装しなければいけない。
(小さなおやつと、ルークが好きそうな肉のおやつを用意しておくのもいいな)
そうすれば、誰に見向きもしないルークと触れ合うことができるかもしれない。……もちろん、それでも不可能かもしれないが。
(ルークは俺以外に愛想のあの字もないからな……)
それはそれで優越感があっていいのだけれど、やはりもふもふ好きの同士には増えてほしいわけで。
少しだけ、太一の心も葛藤していたり、しなかったり……。