20 もぐもぐタイム
キッチンで苺を用意し、それを五枚のお皿に盛り付ける。トレイに載せて店内へ戻ると、ヒメリがわくわく顔で待っていた。
ベリーラビットも『ご飯』という単語を理解したようで、つぶらな瞳をキラキラさせて太一のことを見つめてきた。
(うわっ、そのおめめはずるい……)
可愛いベリーラビットに、太一はときめきがとまらなくなる。もふもふに見つめられてこうならない人間がいるだろうか? 否。
ヒメリは自分のところにいたベリーラビットが太一のところに行ってしまったので、「あぇ~」と残念そうに眉を下げた。
「……その苺がこの子たちのご飯?」
「うん。お腹が空いてるから、みんな俺の方に集まってくるね」
ベリーラビットたちはちょこちょこ太一の周りをうろうろしている。その顔には、『ご飯はやく』と書いてあるのがわかる。
太一は店内の中央に行き、等間隔に苺のお皿を置いていく。ここがもふもふカフェのご飯スペースだ。
お皿の周りにばばっとベリーラビットたちが集まって、それは美味しそうに苺を食べ始めた。
無我夢中だ。
『みっ!』
『みみ~っ』
「みんな美味しそうに食べてる、可愛い~!」
ヒメリはもぐもぐタイムのベリーラビットを見て、目をハートにしている。
(わかる、この光景は何度見ても飽きることがないんだよな~)
前から一生懸命もぐもぐしている姿を見るのもいいし、後ろから可愛いお尻を堪能するのも最高だ。
ベリーラビットがもぐもぐする姿を、太一とヒメリは無言で見つめ続けた。
「……ハッ! いけない、気づいたらめちゃくちゃ見入っちゃった! びっくりした。ベリーラビットって、弱い魔物だとばかり思ってたのに。こんなに虜にさせられちゃうなんて」
こんなにも夢中になってしまうなんてと、ヒメリが笑う。
「わかります、可愛いですから」
「そうなの! 苺を食べるためにふりふりしてるお尻がすっごく可愛いの! いつまでも見てられそう!!」
「めちゃくちゃわかります、それ」
この瞬間を見れたら、日々の社畜生活の疲れなんて吹っ飛んでしまうというものだ。
(むしろ、猫たちに会っておやつをあげたいがために残業を頑張ってたまであるぞ)
空になったお皿を太一が回収すると、ベリーラビットたちはささっと離れてしまう。
ご飯を食べたベリーラビットは満腹になり満足したからか、うつらうつらしている子が多い。
おのおのお気に入りのクッションやソファで食後の休憩をしている。
「開店前なのに、長時間いさせてくれてありがとう。今度はお客としてくるから、よろしくね」
「いやいや、こっちこそ。もふもふ好き仲間ができて嬉しいよ」
気づけば店を開けるまで、もう一時間弱だ。
「ああ、そうだ。食事の代金はいくら?」
「営業中でもないから、別にいいよ。感想をもらえたのが代金、ってことで」
「そう? ありがとう! じゃあ……タイチが何か困ったことでもあれば、そのときにお返しするね。私、こう見えても冒険者として強いんだから!」
「それは心強い。何かあったときには、お願いするよ」
「ええ!」
この世界に来たばかりの太一にとって、こういった縁はありがたい。今後、困ったことがあったときは相談させてもらおう。
「じゃあね!」
「ああ、気をつけて」
ヒメリを店の外まで見送り、太一は「今日も頑張りますかー!」と伸びをした。
***
店内に戻り、今日やることを考える。
「軽食は……とりあえず、さっきのパスタにしよう。手軽だし」
一気に複数のメニューを作ると対応が大変になりそうなので、少しずつくらいがちょうどいいだろうと頷く。
(なんてったって、脱ブラック! ずっとホワイト! だ)
「メニューを作り直さないと。【創造(物理)】っと」
太一がスキルを使うと、ドリンクとお菓子のみだったメニューに『ミートソースパスタセット』が加わった。
「あれ? 一から創造するだけかと思ってたけど、すでにあるものに手を加えたりすることもできるのか」
これは大発見だ。
簡単に店舗の改築ができるし、傷んでいる部分の修繕も容易い。それに、失敗してもやり直せるというのがいい。
ちょっとのミスも上司に怒鳴られていたせいか、どうにも失敗や間違いはいけないものだと思い込んでいたようだ。
「あとは料理のストックが必要だから、それを補充しておこう。【お買い物】!」
いつものようにメモが出てきたので、それに必要なものを書き込んだ。
「よーし、順調!」
店の外の看板を『オープン』にして、今日も営業開始だ。
「……って意気込んでも、まだまだお客さんはこないんだけどな」
結局、昨日来てくれたのは三人の冒険者パーティだけだ。それ以外は、お客さんはきていない。
つまりは赤字も赤字、大赤字だ。
「ま、最初はこんなもんだから大丈夫。一年後に黒字になったらいいな~、くらいのつもりで頑張ろう」
今の社会は早期実績を求め過ぎだと、太一は思う。
何事も種蒔き期間は大事なのだ。
太一がすべての準備を終えて店内に入ると、ルークがビーズクッションから起き上がった。
当店のナンバーワンのお目覚めだ。
「どうかしたのか? ルーク」
『腹が減ったから、ドラゴンステーキを作れ』
「ああ、前にスキルで作ったやつか……」
くああぁと大きな欠伸をしつつも、ルークのお腹は腹ペコらしい。外見に反して、きゅるるぅと可愛らしい音が鳴った。
それを聞いた太一が思わず笑いそうになって口を押えると、ルークに睨まれてしまった。
『孤高なるフェンリルを侮辱するつもりか!! お前が美味しそうな匂いをさせてたのがいけないんだぞ!!』
「ああ、さっきのパスタか。確かに匂いだけかがせちゃったもんな……」
『そうだ! 早く作れ!!』
ルークがぷんすこしながら急かすが、その尻尾は揺れている。もしかしたら、ルーク的には太一を構ってやっているのかもしれない。
もしくは、ヒメリとばかり話していたのが寂しかったのかも……と考えて、さすがにそれは考え過ぎかと太一は苦笑する。
「わかったよ、すぐ作るから待ってて」
材料は魔法の鞄に入っているので、ドラゴンの肉が無くならない限りは作ることが可能だ。
異世界もふもふカフェは、今日も平和だ。