17 初めてのお客様は冒険者
もふもふカフェにやってきたのは、三人組の冒険者。
ところどころ擦り傷などがあり、戦った後なのだろうということは太一にもすぐわかった。
「いらっしゃいませ」
太一が迎え入れると、三人は不思議そうに店内を見渡した。そして最初に口を開いたのは、先頭にいた男性。
「ああ。街に帰る途中に偶然見つけてさ。カフェだから、少し休憩して行こうと思ったんだが――」
「グリーズ、ベリーラビットとウルフがいる! あなたも離れて!!」
後ろにいた女性が突然声を荒らげ、ルークとベリーラビットに向けて弓を構えた。
「ちょ、待ってください! この子たちは、俺の従魔です!」
「――え?」
太一が慌てて両腕を広げてルークたちを庇うと、女性は慌てて弓を下ろした。
「そ、そうだよね……こんなところに魔物がいるわけないもんね、ごめん」
「いえ。こんな風に従魔がいるのは珍しいみたいですから、仕方ないですよ。でも、次はありませんからね」
「うん、もちろん。でも……ここはカフェじゃないの?」
どうして従魔がいるの? と、不思議そうにしている。
「ここはもふもふした可愛い魔物と触れ合える、『もふもふカフェ』です」
まあ物は試しにと、太一が「どうぞ」と三人に店内の奥を勧める。
「俺はタイチです。実はここ、今日オープンしたばっかりで……あなたたちが最初のお客さんなんですよ」
少し照れたように言うと、「それは光栄ね」と女性が笑顔を見せた。
「私はハンターのニーナ。こっちはグリーズとアルル。三人でパーティを組んでいるのよ」
「よろしく」
「ごきげんよう」
どこか警戒していたが、すっかり笑顔になったハンターのニーナ。
バンダナをつけたボブヘアーにオレンジの瞳。さきほどと打って変わり、楽しそうに店内を見回している。
パーティのムードメーカー的な立ち位置もしているのだろう。
がっしりとした体のソードマン、グリーズ。
ツーブロックの髪型と、青色の瞳。体はいかついけれど、纏う雰囲気は穏やかだ。そわそわしながらベリーラビットたちを見ているので、もふもふ好きなのかもしれない。
第一声からお嬢様を感じさせる、アルル。
綺麗な蜂蜜色の髪をツインテールに、強気な黄緑色の瞳。
店内のベリーラビットたちには目もくれていないので、動物などが好きじゃないのかもしれない。
店内にいるベリーラビットたちは、初めてのお客様である三人に興味津々のようだ。ぴょこぴょこ走り回り、様子を窺っている。
もちろん先輩のルークはビーズクッションから動かない。
「あそこの奥にあるカウンターで注文と支払いをお願いします。一人ワンドリンク制になってるんです。店内にいる魔物と触れ合うこともできるので、席は自由です」
「わかりました」
本当は日本の猫カフェのように時間制も考えたのだが、商業ギルドで聞いたところそういったシステムの店はないということだった。
貴族が高級店を貸し切りにする際、別料金がかかる程度らしい。なので、今回はこの制度を見送り、ワンドリンク制にしたのだ。
三人がメニューの前まで来ると、ニーナが不思議そうな顔をした。
「このお茶と紅茶って、違うの?」
「え? ああ……お茶は俺の故郷でよく飲まれているものなんですよ。どっちかっていうと、さっぱりした感じ? ですかね」
「ふぅん……じゃあ、私はお茶にしてみる! アイスでね」
(この世界はお茶が馴染みないのか)
これはメニューに説明も加えた方がいいかもしれないと、太一は考える。とはいえ、現状はお客さんもあまり来ないので口頭説明で問題はない。
「じゃあ、俺もお茶にしてみるか。アルルはどうする?」
「わたくしは紅茶でいいわ」
「あ、それからクッキーとチョコレートも! やっぱり狩りのあとは甘いものも大事だよね」
「はい。飲み物はそれぞれ五〇〇チェル、お菓子は三〇〇チェルですので、合計で二一〇〇チェルですね」
料金を受け取ると、太一は「おくつろぎください」と告げて店の奥のキッチンスペースへと一度下がった。
太一が店内から出て行ったのを見てから、ニーナはしゃがんで近くにいるベリーラビットへ手を伸ばした。
「見かけたら狩ってたけど、こうやってみると……確かに可愛い見た目はしてるんだよね」
「魔物という点を除けば、小動物に近いからなぁ」
ニーナの言葉にグリーズも同意して、近くにいたベリーラビットを撫でた。本当はビーズクッションで寝ているルークも気になるのだが、どうにも威圧感があって手を出しにくい。
一匹のベリーラビット――マシュマロが、しゃがんだニーナのところまでやってきて膝の上に前足を載せた。ニーナはムニムニの肉球を感じて、思わず息を呑む。
「ど、どうしようっ! さっきは咄嗟に弓を向けちゃったけど……めちゃくちゃ可愛いっ!!」
自分の膝の上でふみふみしているベリーラビットを見て、ニーナは感動していた。いつも倒していた魔物なのに、こんなにも愛らしく見えるなんて――と。
グリーズのところにも、違うベリーラビットがやって来ていた。
「小動物なんて、俺を見ると逃げ出すのに……」
「グリーズは小心者のくせに、見た目だけはいかついもんね」
そのため魔物はもちろん、動物との触れ合いがほとんどなかったグリーズは、自分に頭を撫でさせてくれるベリーラビットに目頭がじんわりと熱くなるのを感じた。
街に帰る前のちょっとした休憩のつもりで入っただけのカフェだったが、大当たりだったなと思う。
そんな二人を見ながら、アルルが「大袈裟だわ」と言いながらローソファへと座る。
「いいだろ、こんな経験滅多にないんだから!」
「そうだよー! アルルは興味ないの?」
「わたくしは紅茶をいただいて休めるなら、それでいいわ」
アルルは二人と違い、そこまでもふもふに興味がないらしい。
ニーナとグリーズは仕方がないと苦笑して、それなら自分たちがアルルの分までベリーラビットを構おうともふもふしだす。
その様子は、とても楽しそうだ。
すると、一匹のベリーラビットがとことこと座っているアルルの下までやって来て、その膝の上に落ち着いてしまった。
「――っ!」
まさか座ってる膝に乗ってくるとは思わなかったので、アルルは激しく動揺してしまう。
「…………」
グリーズとニーナはベリーラビットに夢中で、自分のことは眼中にない。
アルルはゆっくり深呼吸をして、ベリーラビットの頭を撫でる。
「わ……」
すると、ふわっとした優しいもふもふに――胸がきゅんとする。これは想像していた以上に、虜にされてしまいそうだ、と。
「ふ、ふん。誰も見ていないときなら、わたくしの膝を貸してあげてもいいですわよ!」
そう言って、もう一度ベリーラビットの頭を撫でる。
ああ、確かにこれは最高の癒しかもしれない。
太一が飲み物を持ってくるまでの間だけ、アルルはそのもふもふをこっそりと堪能したのだった。