プロローグ 異世界もふもふカフェへようこそ!
もふもふをどうぞよろしくお願いします~!
街の中心部から、乗合馬車を使って三〇分と少し。郊外にある一軒家の建物には、『もふもふカフェ』という看板がかかげられている。
建物の裏側は庭になっていて、動物が駆け回る広さが確保されている。
言ってしまえば、異世界版の猫カフェのようなもの。
「ほーら、ご飯だぞ~」
『みっ』
店の店主、太一が声をかけると一斉にお腹をすかせたもふもふたちが集まってきた。今いるのは、苺が大好物の『ベリーラビット』という魔物だ。
可愛らしいタレ耳で、白やピンクの毛色をしている。耳の付け根からは蔦と小さな木の実が生えていて、一説ではそれを非常食にするとかしないとか。
『みーっ』
ベリーラビットが早くご飯を食べたいと、足に擦り寄ってきた。
「ごめんごめん、今あげるから――」
太一がそう言うと、店の扉が開いた。付けていたドアベルがカランとなって、客の来訪を告げる。
今日一番のお客さんだ。
「いらっしゃいませ」
声をかけると、入ってきた女性は「わあっ」と驚きの声をあげた。
その理由は、太一のこの店が、この異世界で初めてのもふもふカフェだからだ。この世界の人たちはペットを飼うということをしないため、こうしてもふもふと触れ合うことがほとんどない。
そういう人が多いため、太一はもう慣れっ子だ。
「カフェかな? と思ったんですけど、その足元の……魔物、ですよね?」
「そうです。子どもは苦戦するかもしれませんが、大人なら冒険者でなくとも倒せますね。ベリーラビット、弱いですが……魔物です」
「やっぱり……」
不安そうにする女性に、太一は「大丈夫ですよ」と声をかける。
「今から餌の時間なので、見ててください」
「え?」
太一がずっと持っていた苺の盛られたお皿を置くと、一斉にベリーラビットが集まってきた。その数は、一〇匹。
お皿の周囲があっという間に白とピンクのもふもふで埋もれてしまい、その光景は圧巻だ。
小さな口で一生懸命頬張る姿は、こちらを攻撃してこないとわかればとても可愛らしい。
女性はしばらく見入ってから、太一へ顔を向けた。
「でも、こんなにたくさんの魔物がいるなんて……あなた、高レベルのテイマーか何か?」
「いたって普通のテイマーですよ。戦闘事は苦手なんで、こうしてのんびりカフェをやってるんです」
「そうだったの」
太一は入口に立ったままだった女性を店内に招き入れ、席を勧める。
「ここはもふもふした可愛い魔物と触れ合えるカフェなんです。軽食のメニューもありますから、よかったらゆっくりしていってください」
「……危険は、ないんですものね」
餌を食べているベリーラビットを見て、女性が不安な表情を浮かべる。すると、一匹のベリーラビットがやってきて女性の足にすりよってきた。
「きゃっ」
「だ、大丈夫ですから!」
突然のことに驚いたようだが、すぐに女性は目を瞬かせた。それは、ベリーラビットのもふもふがとても柔らかかったからだ。
「うわ、うわあぁ……魔物なのに、なんだか可愛いわ」
しゃがみ込んでベリーラビットを撫でると、『みっ』と鳴いて手に擦り寄ってきてくれる。これには、魔物が怖いと言っていた女性もノックアウトされてしまう。
「それじゃあ……軽食と紅茶をいただこうかしら」
「はい、ありがとうございます」
そして一時間後――。
「ううぅぅ、もふもふ最高……っ! この肉球もたまりません! 上司のうざさも忘れられるというものだわ……!!」
女性はすっかりもふもふの虜になってしまったようだ。
「すーはー、すーはー……」
『みみ~っ』
「可愛い……」
こうして今日も、異世界人がもふもふの虜になっていく――。