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2.おかえりなさい

 我が家では昔ミルクという名前の猫を飼っていた。父が同僚から譲り受けた猫。ミルクはとても長生きした。そして私が成人式を終えた翌日、いつものかすれた声でニャ、と鳴くと眠るように息を引き取った。


 その後私は就職して家を出た。仕事が忙しくなかなか帰省することもできなかったのだが、数年後の正月久々に実家に帰った。父から電話があったのだ。最近母さんが変だ、と。


「変ってどういうこと?」


 久々に聞く父の声は少し疲れているように感じた。


「うーん、何かひとり言が増えたし、急に押し入れから美優の子供の頃の服なんか出してきて眺めてたりするんだ」

「お父さんちゃんと会話してるの?夫婦の会話が足りないんじゃない?」


 父はそれを聞いて苦笑いした。


「いやぁ、まぁそれもあるかもなぁ」

「わかった。じゃあ一度帰るよ」


 そう言って私は電話を切り、年明けに帰省することにしたのだ。


「おかえりなさい」


 母は私を満面の笑みで迎えた。その夜は私が小さい頃に好きだった料理が食卓に並び家族での話も弾んだ。父は安心したのか酒を飲んですぐに酔っ払い寝てしまった。母と私は笑ってそれを見送り、リビングでお茶を飲みながら話を続けた。


「そうそう、“マリちゃん”って覚えてる?」


 唐突に母が私に尋ねる。


「マリちゃん?誰?そんな子いたっけ?」


 心当たりのなかった私は首を傾げた。


「いやねぇ、あなたのお友達じゃない。ミルクが来る前はマリちゃんによく遊んでもらったんでしょ?」


 マリちゃん……?


「あ!」


 思い出した。“マリちゃん”のことを。私の架空のお友達。でも母はどうして突然そんなことを言い出したのだろう。


「思い出した?ミルクが来てからはすっかりミルクに夢中でマリちゃんのこと全然言わなくなっちゃったもんねぇ」

「うん、思い出したよ……。私が一人でいるときだけ姿を現す不思議な子。でも子供の頃の私はそのことを何とも思わなかった。そういうもんだと思ってたから」


 そう、当時の私は何の疑問もなくマリちゃんを受け入れていた。徐々に記憶が蘇る。


「マリちゃんは私が大人の前で笑うと怒るんだ。『大人なんか悪いヤツばかり。だから信じちゃダメ、笑っちゃダメよ、美優ちゃん』って。だから笑わないようにしてた」


 私はいつもマリちゃんに嫌われないよう必死だった。寂しいときに遊んでくれる大切なお友達だったから。マリちゃんは少し舌足らずで、語尾を引きずるような感じでよく歌を歌ってくれた。たしか……かごめかごめの歌を。そんなことを思い出して黙りこんでいる私を母はじっと見ている。そして、遅いからもう寝ましょう、と言い片付けを始めた。


 翌朝、私はいつもより遅く起きた。前の晩なんだかよく寝付かれなかったせいだ。


「母さん、おはよう。……えっ?!」


 私はリビングに入って驚いた。いつもミルクが寝転んでいた場所にぬいぐるみがポツンと置いてある。私がお気に入りだったぬいぐるみだ。マリちゃんと一緒に遊んだぬいぐるみ……。


「あー、びっくりした。お母さん悪い冗談よしてよ。びっくりするじゃない」


 少し怒った口調で母に抗議すると母は笑っている。


「懐かしいでしょ?大好きだったじゃない、そのぬいぐるみ」

「それは……そうだけど」

「もう忘れちゃったのぉ?美優ちゃん薄情ねぇ」


 何だか今朝の母はおかしい。私のことを美優ちゃんって呼ぶなんて。いつもは美優、なのに。お気に入りだったぬいぐるみに目を遣ると否が応でもマリちゃんのことが思い出される。私はぬいぐるみをあまり見ないようにしてダイニングテーブルに向かった。朝食の準備ができている。


「朝食早く食べちゃってね。冷めるわよ」


 母はそう言うと後ろのリビングでアイロンがけを始めた。シュン、シュンとスチームアイロンの音がしてくる。今朝の母は上機嫌だった。ふんふんと鼻歌を歌いながらアイロンがけをしている。母が鼻歌を歌うところなんて初めて見た。


(この歌……かごめかごめだ)


 マリちゃんがよく歌っていた歌。奇妙な偶然にゾクリとして後ろを振り向こうとしたとき、母がふんふんと歌っていたかごめかごめの最後の歌詞を口ずさんだ。まるで小さな女の子のように舌足らずな歌い方で。


「……うしろの しょうめん だぁーぁれー?」



おしまい

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