学園08 薄幸の少女メロ
街に宿をとってダークエルフの少女を連れ帰った。
イーリィもついてきている。
彼女にはフード付きのマントを羽織らせている。
僕は平気だけど、いまの彼女の容姿をみたら宿のひとを驚かせてしまうかもしれないからだ。
「はい。これ、スープだよ」
彼女をベッドに寝かせて、温かい食事を与える。
「…………ぁ……ぅ、…………ぁ……」
女の子は戸惑っているみたいだ。
自分がこれからどうされるか、不安に感じているのかもしれたい。
「安心していいよ。悪いことはもう起きないから」
にっこりと笑いかけ、一言一句を言い聞かせるようにゆっくりと伝える。
怯えていた彼女の雰囲気が、少し和らいだ。
「あり……がと、ござい……」
「いいから。さぁ、お食べ。暖まるよ」
コクリと頷く。
そしてゆっくりとスープを啜りだした。
温かなスープが少女の全身に染み渡る。
「美味……しぃ……」
ゆっくりと何度もスープを掬って口に運ぶ。
「ホント……に、美味……し、い……です」
呟いてから、彼女が泣き出した。
ボロボロと大粒の涙が溢れだす。
きっとスープの優しい味に、張り詰めていた心が緩んだんだろう。
「君の名前は?」
「……メ……ロ、です……」
「そうか。良い名前だね」
メロの心は傷付いている。
僕はそれを解きほぐすように話しかける。
「どうして、奴隷市場になんて売られていたんだい? 話してごらん?」
「……は、はい」
彼女は語った。
この学園都市ショウ・セッカから遥か離れた場所にある、深い渓谷が自分の生まれ故郷だと。
両親にたっぷりの愛情を注がれて、メロは育った。
でもそんな幸せな日々は唐突に終わった。
人間の野盗が現れて故郷を襲ったのだ。
故郷は焼かれ、両親は殺されて、まだ子どもだった彼女はさらわれて奴隷商に売られた。
そしてこの街へと搬送されている最中に、奇病に罹ってしまった。
もう自分の命もこれまでだと諦めていたところで、僕に買われたのだという。
「ありがと、ござい……ます。……この、病気、治らないから、わたし、死ぬけど、……最期は、ベッドで、死ねます……」
メロは爛れた顔だ。
それでも必死に、僕に笑顔を向けてきた。
救ってあげたい。
きっと彼女は、僕が受けてきたイジメなんかより、遥かに辛い思いをしてきたんだろう。
そのことを思うと、胸が張り裂けそうになる。
(……なんとかしてこの子に、人並みの幸せを取り戻してやりたい)
強く、そう思った。
メロを部屋に残して、僕は廊下に出た。
食事を終えた彼女はベッドで眠っている。
「ねぇ、タック。……メロのこと、どうにか出来ないかしら?」
イーリィは心配そうにしている。
最初はメロの爛れた顔に怯えてしまっていた彼女だけど、もういまはそんな様子はない。
むしろ心からメロのことを心配している。
「優しいんだね、イーリィは」
「そんな、私なんて……。本当に優しいのは、タック、貴方のほうよ」
僕はイーリィに笑いかけた。
そして、心に意識を集中する。
(『叡智』。聞こえる?)
《はい。いかがなされましたでしょうか?》
(メロのこと、どうにか出来ないかな?)
《解析します。……お待たせしました》
はやい。
あっという間に解析が終わった。
叡智の凄さには、いつもながら驚かされる。
《ダークエルフ、個体名『メロ』の患っている病はコマサム病という奇病です。エルフ族のみ罹る病で、この病を患うと顔から全身に爛れが進行し、やがて死に至ります。個体名『メロ』の病気進行率は76%です。このまま放置すれば、おおよそ、あと30日以内に完全に病が進行し、個体名『メロ』は死亡します》
「そ、そんな……」
あと30日も生きられないなんて!?
(な、なんとかならないの?)
《病を治癒する方法はあります。ひとつ。100年に一度ダークエルフの峡谷に咲く花『月光花』の蜜を与える。ひとつ。エルフの森の神聖樹『世界樹』の実から調合できる生薬を投与する。ひとつ。万能の回復薬『エリクサー』を飲ませる。エリクサーの材料となる素材は……》
無理だ。
どれも30日以内に手に入るようなものじゃない!
僕は頭を抱えた。
「ねえ、タック。やっぱりお医者さまに診てもらいましょうか?」
「ダメなんだ、イーリィ。彼女の病気はそんなことじゃ治せない……ッ!!」
「そ、そんな……。じゃあ、メロは……」
僕たちの間に悲壮な空気が流れた。
「くそぅ……。月光花、世界樹の実、エリクサー……、どれかひとつでも手に入ればッ!!」
悔しくて、ドンと壁を叩いた。
どんなに凄いスキルを持っていたって、女の子ひとりも救えないなら、意味なんてないじゃないか!
「待って、タック。いま、エリクサーと言った?」
「う、うん……」
「エリクサーなら心当たりがあるわ!」
「え!? 本当かい!?」
思わずイーリィの肩を両手で掴んでしまう。
彼女が痛そうに「あっ」と声をあげた。
「ご、ごめん!!」
慌てて手を離す。
「ふふ……いいのよ? そんなに必死になって、やっぱり貴方は優しいのね」
僕は照れて赤くなった。
「タック……よく聞いて? エリクサーは、学園トーナメントの優勝者に与えられる副賞商品よ!」
エリクサー。
それさえあればメロが救える。
イーリィが教えてくれた言葉で、僕のやるべきことが定まった。
次はお昼12時の更新になります!