第1話 僕オリジン
「ヒーロー」と「ヴィラン」
ヒーローは有名だけど、ヴィランは結構知らない人が多いので説明しておく。
所謂 「正義のヒーロー」と 「悪役」というやつだ。
それだけで充分。僕の話をするにあたって
予備知識はこれだけでいい。簡単だろ?
で、僕の名前はー…
「観念しろ、 ジャック」
低く唸るような声で
華奢だけど頭にツノが生えた身体に鎧のようなスーツで覆われた男が僕の心の声を首ごと締めて遮る。
すげー怖い、いつもながら
これだけは慣れない。
だってここは時計塔の上で
今手を離されでもしたら
僕はぺしゃんこの煎餅になってしまうし
毎度蜘蛛に噛まれたかったと常々思う。
だけど僕は震えをぐっと堪え
彼に笑顔を向けてこう煽るのだ。
「なら殺せよオーガマン
お前の初めてを俺にくれよ」
僕は数週間前この世界にやってきて
ヴィランのボスと
入れ替わってしまったのだから。
数ヶ月前
高校の下校のチャイムが鳴る。
僕は学校指定のバッグをリュックを背負って
駄弁る生徒達を置いて一目散に外に駆け出す。
当たり前だ。だって今日は
「オーガマンの新刊発売日なんだからさっ!」
オーガマン(OGREMAN)は
ヒーロー漫画なのだが
「オーガ」というだけあって
16歳の少年が悪い科学者に怪物の血を注入され暴力的になりながらも不殺を誓い
ヒーロー活動をする事で自分の心の怪物と苦しみながら戦うシリアスさとバイオレンスさが売りのダークヒーローファンタジー漫画だ。
本屋に駆け込みオーガマンの新刊を
抱きしめレジに並ぶ。
最速で読みたいなら電子書籍があるし
電子でも買うんだけど
やっぱり本媒体で購入する瞬間が好きだ。
なんというか、コレクション的な感覚だろうか。いや、好きなものは電子媒体も買ってしまうから結局はどっちも好きなんだろう。
帰るまでにチラチラと本が入った
袋を見てしまう。ここで開けちゃダメだ
我慢我慢と思いながらも顔はニヤつく。
家に帰ると転がるように自室に入り
バッグを置いて袋をペリペリとめくり
漫画を開き
いざ!オーガマンの世界へ!!
すると本から突如眩しい光が放たれた。
え…?
僕は気がつけば
夜の暗い石畳の路地裏に居た。
「あれ!?オーガマンは!?」
と顔をあげてあたりを見回すが
どこにも本が落ちていない。
まだ読んでないのに!と落ち込みながら
数秒床を眺めていると
ここが家の中ではない事に気づく。
そしてとてつもなく鉄っぽいいうか、生臭いというか腐臭がする。漫画なら好きな表現なんだけどリアルだと勘弁してほしいところだ。
立ち上がろうとして床に手をつく。
ぐちょりと嫌な音がした。
そのあまりの不快さに手を咄嗟に払ってしまい ゆっくり何に触れたかを確認すると
冷や汗が溢れ鼓動の音がどくどくと早くなった。
「…血…!?」
振り向くと川の流れのように
血が路地裏の更に小道を抜けたところの
ゴミ箱まで続いている。
あそこは行き止まりだと何となくわかってしまうが何故かはわからない。
あたりを再度見回す。誰もいない。
ゆっくりゴミ箱の方に近づく。
大きなゴミ箱だ、人が入れるくらいの。
この時は異常事態で動転していたのか
好奇心だったのかはわからないけど
僕はゴミ箱の蓋を開けた。
そして見てしまったのだ。
自分と同じ顔をした死体を
「……!!!!」
自然と声は出なかった。そのかわり
自分の心臓の音がうるさいと思ってしまう
ほど震えていた。
死体は銃で頭をぶち抜かれていて
それを数秒見つめながら
ようやく現実に感情がついてきて
足がすくみ 蓋をしめて
その衝撃でへたりこんだ。
床を這うようにここから逃げないとと
小道を抜けて路地裏の通りに出るが
目の前に大きな影が落ち
首を絞められるように持ち上げられる。
「っ、かはッ…!!」
「観念しろジャック。刑務所に戻れ」
低い声で僕を担ぎあげ月明かりに
照らされて見える鬼のツノ
何百回も見たこの言葉、間違いない
(オーガマン……?)
何故この街がなんとなくわかる理由が
わかった。何百回も読んで見ていたからだ。
大好きなヒーローに、大好きな街で
僕は首を絞められていのだ。
(でもジャックってオーガマンの宿敵の
切り裂きジャックだよね!?僕と全然違うじゃん!)
「ひ、人違いですよ」と
精一杯もがいて伝えるが
「服だけそんな変な服を着ても無駄だ」
と強い眼光で睨んでくる。
どうやらこの世界のジャックは
僕と同じ顔らしい。
ということはつまり…えっ…!?
まさか…あの死体はっ…!!
「あのっ、オーガマンさん!」
「オーガマンさん?」
オーガマンはさん付けされた事に
驚ききょとんとした表情を見せる。
こういう16歳っぽい表情する時
いいよね!学生ダークヒーローって感じが!
とレアな表情を見れた事にテンションをあげてしまうが 本題に入らねばいけない。
「あのー…」
「ボスちゃんから手を離せツノツノーッ!」
口を開くと同時に爆音と可愛い声が聞こえ
片目隠れのセミロングメイド服の女性が
大型バイクに乗って突っ込んでくる。
オーガマンをはねる瞬間
手から解放され僕は尻餅をつく。
僕をボスちゃんと呼び片目隠れメイドと言えば彼女しかいない。
ジャックを一途に愛するガールフレンド件
奴隷メイドヴィラン
クイーンバレルちゃんだ。
ジャックはクイーンバレルちゃんを愛してるのか正直わからない。
僕なら好きになってしまうような
一途で可愛いくて時折健康的な妖艶さがある。
「ボスちゃん!逃げますよ!」
と説明をする前にバイクの後ろに
乗せてもらう。
「しっかり掴まってねえ!ヒャッホーッ!」
と街中を爆速するクイーンバレルちゃん。
ヒーローであるオーガマンがシリアスな分
ヴィランは明るいのがオーガマンの面白いとこだ。
僕は振り落とされないように
しっかりとクイーンバレルちゃんの腰を抱きしめると
「ボスちゃん?」と不思議な顔をされる。
しまった!ジャックはクイーンバレルちゃんとバイクに乗る時は腰ではなく胸を抱きしめるという設定があったのだ!
少しの沈黙の後
今は仕方ない。生きる為だからな!と
自分に言い聞かせ胸に手を回す
もにりと弾力を感じる。
や、柔らかい、そして、いい香りがするッ…!
クイーンバレルちゃんは
「ボスちゃんが触ってくれたから
もっとトばせます!」と
ぐんぐん速度をあげていく。
僕はクイーンバレルちゃんの胸があれば
きっとエアバッグはいらないな…
と思いながら夜の街を後にした。
僕は凄い夢を見ていた。
大好きなキャラクターに首を絞められ
大好きなキャラクターの胸に抱きつけたのだ
僕という存在はジャックとは解釈違いなので
喜んではいけないものだし
僕はあの世界のモブで
良かったはずなんだけど
やっぱり嬉しいものは嬉しい。
「…ス…」
声が聞こえる。
「ボスちゃん♡朝ですよ♡」
目がさめると視界は真っ暗だった
大きなベッドでクイーンバレルちゃんが
大きな2つの丸いもっちもちの、そりゃあすごいもっちもちが僕の顔を挟んでいたのだ
そりゃ暗い筈だ!
「現実…だったのか」
「?」
「いや…」
「お食事の準備出来てますよ」
「ああ、腹ペコだ」
「私を食べてからでもいいんですよ?」
「興味ねー」
とにかくクイーンバレルちゃんは
側にいて欲しい存在なので
今はうまくジャックを演じつつ
現実世界に帰れる方法は探しておきたい。
来て帰れたら最高だもんねー。
というかジャックじゃなきゃ
絶対いただいてたんだけど
キャラクター崩壊なんて地雷すぎるし
クイーンバレルちゃんはジャックだけを
愛して欲しい。ああ矛盾…。
「ボスちゃん あーん♡」
とクイーンバレルちゃんがスプーンで
シチューをすくって食べさせてくれる。
だがジャックは嫌々そうに口を開くため
僕も嫌々そうに口を開く。
ぱく。
「美味しい?ね、ね、この前拉致ったコックに作らせたんですよ?美味しい?」
「飯なんて腹に入れば良いんだよ
俺はもっと美味しい美味しいデザートが
食べたい…犯罪という名のな」
自分で言うとなんか恥ずかしいな…
そう思いつつクイーンバレルちゃんの
唇を撫でる。
「ボスちゃん♡」
彼女はメロメロだ。
大丈夫なのかこんな男にハマって!とツッコミを入れそうになるがそういうとこが可愛いのだ。
だけど、どうして
この世界のジャックは殺されていたのだろう
漫画では一度も死んだとこなんて見たことがないのに…。
今日こっそり
またあの場所に見に行こう
というか、バレたらまずい
この世界にジャックが二人いることになる。
オーガマンにバレるのはいいが
ヴィラン側にバレると厄介だ
色んなヴィランがいるからね…。
クイーンバレルちゃんは連れていけない。
なので僕の頭のジャックセリフ集を引き出して彼女の顎を掴んで耳元で囁く。
「お前は今から俺の犬だ、3時間
目を瞑って待ってな」
「ボスちゃっ…♡♡♡!!」
クイーンバレルちゃんの目が見開き
震えるように歓び目を閉じる。
お姉さんのような身体つきで
目を閉じるものだから
高校生には刺激がキツイ…!
よくこんなキス待ち顔を我慢出来たな
ジャック…!
服を着替え誰かわからない様に変装をして
帽子を深く被り僕は街に出た。
この街はだいたい現代のイギリスと同じなのだが、まったくもって違うところがある。
それは…
「店の金を返せ!電光石火のライトニング!」と店から出て店主が叫ぶ。
突然高速で何かが通り過ぎるような
突風が吹きあれる。帽子が飛ばないよう
しっかりと抑えながら
ライトニングという言葉に胸が高鳴る
電気を使い光速で走れたりするヴィランだ!うわ!見のがした!悔しぃ…!
でもライトニングが出たってことは…!
僕の影が大きくなり 振り向くと
沢山の石が肉体を覆う巨漢の男が現れ
店主に金を返し腕には
のびたライトニングを抱えていた
「ストーンシールドだ!!」と
つい叫んでしまい口を抑える。
この街は現実とは違う。
異能力を持ったヒーローやヴィランが
沢山いる。
この街はアンダーシティは
ヒーローとヴィランの街なのだ。
路地裏に入り小道に向かうが
この街はそこそこ治安が悪いので
1人で入るときは気をつけないといけない。
誰かに見つかるときは
殺されても文句が言えないのだ。
周りを気にしながら
小道に入る。だがそこで違和感を感じた。
血が拭き取られてる。
しかも綺麗に。
掃除の人なんてここには来ない
現に近くにはゴミが捨てられまくっている。
恐る恐るゴミ箱を開けると
違和感は的中した。
死体がない。
ゴミ箱のゴミは残っている。
だがあの死体だけが、まるで最初から無かったかのように消えている。
誰かが本物のジャックを消したのだ。
何のために?
ただ消すことが望みの可能性もある。
だとしたら僕の存在がバレれば…
カランカランと床をパイプを引きずる音が
聞こえる。
1つ、2つ、3つ、4つ、
気づけば4人の少年少女に
取り囲まれてしまった。
「路地裏は俺らの住処だから通行料渡さないといけないの知らないのぉ?」
「通行料は身ぐるみ全部でーす☆きゃはは!」
まずいまずい!
武器は小さいナイフがあるけど
4人は無理だ!というか
まず1人も刺したことなんてないし!!
でもジャックなら切り裂きジャックと
言われただけある持ち前の技術で
紙一枚で全員殺せるんだよな…
と解釈違いを起こしてしまう。
「なに黙ってんだよ、つか帽子取れよ
サングラスもマスクもよ」
「エルが怖いからビビってんのよ!きゃはは!」
と どんどんあちらさんが怒りはじめている。
早く手を打たねばならない。
「…」
考えた末結論を出す。
それは…
「ほ〜〜ッ??本当に取って良いのかい?
イキリまくってた君達は知ることになるんだぞ?相手が…」
帽子とマスクを取りウィッグも外す
「切り裂きジャックってことをなぁ…?」
考えた対抗策
それはハッタリ。
「ひ、っ…!?切り裂きジャック…!?
どうして、ここに…!?!?」
効いてる!よぉっっし!!
4人の少年少女は震えて1人は漏らしたりも
している。よほど怖いのだろう、そりゃそうだ。僕も最初にジャックを見たときは怖かった。
更に追い込むためにナイフを出す
そして太陽の光にキラキラと反射させ
見せつける。
「ひ、ヒィッ…」
少年少女が声をあげるたび楽しくなってきた。お化け屋敷の店員になったようだ。
最後の一押しとして
ナイフについたバターを舐めるような
ポーズをしながら彼らを見つめ腰を振りながら呟く
「今日は気分が良いんだよ…逃げたお前らをひとりひとり、ヤッて切り裂いた腹の中にまたひとり詰めて切り裂いて、詰めて切り裂いて詰めて切り裂いてぇ気分なんだ…3秒待ってやるから逃げなぁ…遊ぼうぜ
はい3ー」
「うぁあぁああああっ!!」
少年少女全力ダッシュ!!
すぐに視界から消えてしまった。
「よ…よかったっ…とにかく帰ろう…」
子供だから効いただろうし
正直いつか限界はくるだろうが
今はなんとか凌いだ…と
胸をなでおろしウィッグを被りなおして
家でキス顔で待機しているクイーンバレルちゃんのところに戻るのであった。
誰かが彼を見ている事に気付かずに。