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案件7「腹が減ってはダンジョン攻略は出来ぬ2」

 グニョリッという音と感触が足元で震えた。


 頭部を饅頭みたいに蹴り飛ばされて、魔族の体が砂だか塵だかわからないものに変わる。


 西の砂漠地帯の大半を構成する物質である。それもダンジョンの中ではスーッと消えてしまう。


「なるほど。雑魚(レベル1)を何匹積んだところで意味はねぇってわけだ」


 ブロスが唸る。


「分かったでしょ。私としては、素適なディナーの席で語り合いたいのだけれど?」


 ハッタリだ。


 二酸化硫黄は確かに生物の呼吸器へダメージを与える。しかし、致死性があるというものでもない。


 高濃度のガスを吸わせても、一時的に動きを止めるのが精いっぱいだ。


 他の毒もあったが、自然豊かな密林に囲まれた美しいダンジョンにダメージを与えたくはなかったのだ。


「ハァッ! 鬱陶しい!」


 この通り、懐に飛び込もうと思えば、20メートル毎秒ぐらいの速度で走る魔族どもなら可能なのだ。ガスなど疾風の前では水中の塵と同じ。


「仕方ねぇな」


 ブロスが構えたの見て、交渉が成立しなかったことを察する。


 咄嗟に跳んで距離を取ろうとするも、遅かった。


「『ニトロ・ブースト』! ハハァッ、捕まえたぜぇっ!」


 飛び退いた俺を下から掬い上げ、勝利の宣言をして見せるブロス。


 ロボットでもないのに炎を足から噴き出して高速推進するという光景に異論を挟むこともできない。


「ちょ、ちょっと! 下し――」


「黙らないと口で男を楽しませられなくなるぜ?」


「――てえぇぇぇぇぇぇッ!!」


 決して亜音速での移動が怖いわけではない。


 恥ずかしいのだ。


 今の姿勢が、ブロスにお姫様抱っこされている状態だから。


「下して良いのか?」


「ダメ! 離しちゃダメェー!」


 分かっていて聞いてくるブロスのゲスさよ。


 しかし、言葉とは裏腹に俺のことをしっかりと抱きとめていてくれる。


「時間がねぇからこのままいくぜ!」


 ブロスが言う。


 その瞬間、急制動と同時に俺の体は地獄の釜へと落された。


「うっ!」


 服にしみこんでくる熱に、俺は思わず声を上げてしまう。


 駄目だ。声など出そうものならブロスを悦ばせるだけだ。


「ひぃぃ~~」


 しかし、抗いようなどあるはずもない。


 温泉の気持ち良さに、人類が心身の綻びを抱きとめることなどできると思うだろうか。否。


「世話役は後で寄こしてやるぜ。せいぜいゆっくり穢れを落とすんだな」


 それだけ言うと、ブロスはダンジョン最奥の温泉地から出て行ってしまう。


「この紳士め……ブクブク」


 恥ずかしすぎて頭から火を噴きそうになる。温泉の湯ですら頭を冷ませそうだ。


 しかし、いつまでも沈んでいるわけにはいかない。


 宙から滴る水が地面を打つ間に、俺は毒を収集する。


「『ポイズニング』……」


 それをすぐさま水滴の出どころへと放出する。


 そこにいなかった人影が、もがき苦しみつつ現れる。


「が、あ……ゴホッ! ガフッ……!」


「『ポイズニング』! 『クリア・ポイズン』」


 収集と解毒を同時に行うことで、遠隔からの毒物除去ができる。


「ゆ、勇者様……っ。いきなり毒をぶつけるなんて、酷いッス……」


「酷いのはどっちよ。今まで隠れて私を見張っておいて」


 艶のある黒茶のポニーテールを垂らし、毒に蝕まれた苦痛に耐える少女。


 手にした質の悪い用紙の束には絵が描かれている。毒を受けようとも、それだけは地につけようとしない意地は認めよう。


「相変わらず上手いわね。見張りながら描いた私達の絵」


 それが単なる風景画程度ならば良かった。


 しかし、内容は俺とダン、ないしは俺とブロスの絡みを(えが)いたものだ。


「ハァ……ハァ……。最高だったッス!」


 少女マンガ並の絵柄で描かれている通り、勇者ちゃんの中の真実を知る唯一の仲間。それが、彼女――アサガオである。


 鼻血付きの笑顔に、俺はその絵を破り捨てたい衝動に駆られた。


「……まぁ、良いわ。アサガオがいるってことは、ユウガオもいるでしょ?」


 話題を変えるに限る。


 アサガオがそんなことをするとは思えないが、秘密を知られている以上はケンカなどご法度だ。


兄者(あにじゃ)なら外周の警戒を――」


「ここにおりますっ!」


「――してるッス?」


「アサガオの苦しむ声が聞こえたので駆けつけておりました!」


 髪色や瞳、パーツの造形がアサガオを男にしただけの人物が、空間に描かれていく。


 妹の無事を確認した後も、ずっと姿を隠して見守っていたようだ。


「なに堂々と人様の入浴を見ているッスか? さっさと出て行かないと、顔に六つ目の穴を空けるッスよ?」


 ユウガオが哀れに思えるほど(ひどい)対応である。


「俺がアサガオ(いもうと)の入浴を見るのに、誰の許可がいるというのでござろう?」


「黙って消えるッス」


「うむ。勇者様も気にするでござろうし、俺は外でしっかりと見張っておくでござるよ!」


 この美少女である俺はオマケらしい。ユウガオにとって、どんな対応をされても妹一筋というわけだ。


 二人は正真正銘、血の繋がった兄妹のはずだが。


 再び宙へと消えたユウガオは、たぶんこの場から居なくなっただろう。


「ウチの変態(あにじゃ)が失礼したッス。あとでちゃんとぶっ飛ばし(いいきかせ)ておくッス」


 待て、何かおかしいぞ……!?。

着衣のままの温泉回なんて需用あるんですかね?

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