案件5「ダンジョンマスターだって楽じゃない3」
俺の魂の叫びが届いたのか、それとも勇者とダンジョンマスターのタッグに怖れたのか。
どちらにせよ、こんがり茶色肌の兵士さん達がたじろぐ。その隙をついて、バッタバタと兵士達を蹴り飛ばす。
「いくよ!」
「任せて頂戴!」
“黒陽のパラソル”が螺旋状に円を描いて放たれた。俺はそれを蹴りながら宙を疾走する。
以前のようにポンチョがめくれるようなヘマはしない。
散開。跳躍。
俺の動きに翻弄された兵士の数人に風穴が空く。
ターバンと丈の長い布地を纏った、どいつもこいつも似たような姿の兵士達。それを、八そう飛びに蹴り殺していく。
ダンジョンレベルの上がる音がする。
ターバンやら湾刀やら、世界は変わっても環境による見た目の共通項って変わらないんだよね。
この世界も何百年かすれば皆が似たような衣装で命をすり減らしながら仕事に従事するんだろうな。そうなったら。
「終わりね……」
「あぁ。手間をかけさせて悪かった」
ちょっと意味が違うが、敵をすべて片づけて俺も一息だ。
そして俺は、兵士達が残したダンジョンのドロップアイテムを回収する。
それをリーサが静かに見逃してくれる。
「ところで、話というのは?」
回収の合間にリーサが話を振ってきた。
「あぁ、そのことね。私とダンジョンを共同経営しない?」
「はっ……?」
リーサも話が飲み込めずに、言葉の意味を解こうする。
「二人で一緒にダンジョンマスターをする、という意味だよな?」
「そうよ。ダンに求こ……取り入ってる最中だけど、手立ては多い方が良いでしょう? それに、リーサも一人でダンジョンを支えるのは辛いはずだから」
「い、いやいやっ! あ、いやじゃないが……私と勇者……いや、元勇者が一緒にダンジョンマスター……」
またリーサがブツブツと独り言を言い始めてしまう。
「余力がないほどではないが、もう少し楽はしたい……。そんなことより、ずっと元勇者と一緒……」
一応ダンジョンマスターにも週休二日はあるが、それまではリーサ一人で日夜探索者を相手しなければならない。
「あちゃ~、またハマったわね」
リーサは実力こそ高いが、見ての通り情緒が不安定になり易い。リーサとて無敵ではないということだ。
初めてリーサを倒したときも、麻薬を吸わせて気を狂わせたんだよな。
おっと、俺の記憶の中とは言え、見せるわけにはいかない。年端もいかない見た目のリーサが、ハイライトの消えた瞳をしてブツブツ呟いている姿なんて。
ダンは正々堂々とし過ぎていて、最後には物量で押し切れた。リーサはこの通りだ。
他のダンジョンマスター二人も、何かと弱点があったりする。
強いが勝てない相手じゃない。というところが厭らしい。
「仕方ないわね。寝て待ちましょう」
精神異常が治るまで、もう一寝入りすることにした。
「ブツブツ……はっ! やはりその話に乗るのはやめておこう」
「珍しく立ち直るのが早かったわね。でも、断られるとは思ってなかったわ……。どうして?」
話して見て、最初よりも脈はあるかと思っていた。しかし、予定通り断られてしまったことに落胆する。
「ここで頷いてしまっては、ダンデリオンに義理が立たんだろう」
意訳すると、ダンの怒りは買いたくないよ。ってことだ。
こう言われては無理強いもできないため、俺は諦めて次の炎の“マテリアル”ダンジョンへ向かうことにする。
一晩くらい泊って行く予定だったが、南へ向かうとなれば今から出た方が砂漠を抜け易い。
「もし奴に捨てられるようなことがあったら、その時は私が拾ってやる」
「ダンが仲間を放り出すなんて、よっぽどのヘマじゃないとないからね」
とんでもないリーサのセリフに、背筋の震えを堪えながら苦笑を浮かべる。
リーサも「確かに」と、愛らしい唇を吊り上げる。
名残惜しそうなリーサの視線を背中に受けて、俺は歩き去る。
「そうだ。ひとつ聞いて良いか?」
そう呼びとめる声があった。
「なによ?」
「いやさ。お前の力なら、こんな回りくどいことをしなくとも簡単に目的を達成できたんじゃないか?」
リーサが言っているのは、俺の毒使いとしての能力のことだろう。
自分を初めて打ち負かした毒の力。
大抵の毒物や薬物を扱えることぐらい、情報に集めていて当然だろう。
「どうしてって、それはね。私に――」
ならば、その疑問はもっともである。
意志薄弱にするのも、大人な手段で籠絡するのも、脅すのも、自由自在にできると俺自身も分かっている。
それでもそうしない。
「――勇者が染みついちゃってるからよ」
勇者は職業じゃなく気質だからだ。
「ククッ。今はその強がりが助かる」
べ、別にリーサの面目を守ってやりたくて強がっているわけではなくてだな……。
「それに、リーサの恋に私の特効薬は野暮でしょ」
立ち去り際にそんなセリフを残す。
どこぞの女誑し魔族みたいだぜ。