案件3「ダンジョンマスターだって楽じゃない1」
ジィー。
そんな視線が俺へと向けられている。
侮蔑ではないにせよ、呆れられているのは確かである。
敵意こそ含んでいないが、友好を孕む目つきでもない。
「ジィー」
わざわざ声に出してまで、俺に訴えるのはやめてくれ。それなら、素直に断ってくれた方が良い。
「えっと、やっぱり駄目、かな……?」
白い目、というのは比喩ではない。
俺の目の前にいる少女は、確かに白眼でねめつけてきていた。
風の“マテリアル”ダンジョンがマスター、リリシアその魔族であった。
「本来なら敵であるダンジョンマスターに、勇者が教えを請いに来ることがどれだけ愚かか分かっているの?」
リーサの言は最もだが、今や俺は勇者などではないので気にしない。
「私はもう勇者やめたからね!」
だから、これからダンジョンを盛りたてるための案について尋ねても問題ない。
そう、胸を張って主張する。
「勇者を……やめた……」
リーサが俺のセリフを口内で租借し、脳味噌で反芻している。
染めていない絹の如き髪を振り、あり得ないと言わんばかりの間抜け面をする。
可愛い顔が台無しだ。
「事情は追々話すわ……」
さすがに一人芝居はしないが。
「そう。貴女がもう勇者でなくなったのなら、教えてあげようじゃない」
「っ! さすがリーサ、分かってくれると思ったわ!」
理解して貰えたようで、喜びのあまりリースを抱きすくめようとする。
しかし、やめた。
「っと、過去の遺恨までは水に流して慣れ合えないわよね……。ごめん、教えてもらったらさっさと出て行くわ」
「えっ……あ、いえ、そう、ね……。これはギブアンドテイク」
リーサが答える。
何度も「ギブアンドテイク……」と呟く。
「……?」
俺もあまり人付き合いが得意とは言い難い。
しかし、パーフェクトコミュニケーションは無理でもそれなりに話しはできる。
こんな顔を赤くして、泣きそうな顔をされるほどデリカシーに欠けた返事はしていないはずだ。
「何か失礼があったのなら、謝るけれど……?」
「うぅん。大丈夫、何でもない!」
何でもないわけないでしょうに。
あ、もしかしてこの反応って……。
「えーと、大丈夫なら話しを進めましょう」
でも、気づいてあげなぁいっ!
察しろとか、空気読めって、横暴だと思うんだ。
「なぜそこで軽く流すの……」
「コミュニケーションっていうのは、こう、なんて言うか。救われてなくちゃいけないのよ」
「訳がわからない……」
「無理やり取らされるコミュニケーションは最悪ってことよ」
時折、こっちが望んでいないセッティングをする奴がいる。
人それぞれ、趣味や好き好きはある。それを、勝手に別の趣味の奴と仲良くなれ、って言うのは違うよな。
上手くその気にさせられないお節介野郎のコミュニケーション能力からどうにかして欲しいものだ。
「分かった……。ちゃんと教えたら、今度は私の言うことを聞いてもらうぞ。元勇者」
「望むところよっ。それで、まず知りたいのはね――」
事細かに説明していくと手間なので、魔法の言葉を使う。
「かくかくしかじか」
「まるまるうまうま」
「これこれくまぐま」
「いあ! いあ! クトゥルーグフタグン!」
「――なるほど、理解した」
最後の伝わるのかよ……。
「要するに、“マジックチャーム”による直接的な警報装置ではいくつあっても足りないから、良案が欲しいわけだ」
「そーゆーこと」
ここは、この世界――グリーンネストの西端に位置する砂漠地帯だ。
魔法を使うための“魔エネルギー”が蓄えられた乾電池みたいな代物である“マジックチャーム”の一大産出地帯でもある。
そこを支配するリーサならば、“マジックチャーム”の有効的な使い方を知っていると踏んだわけだ。
「端的に言うなら、それは無理」
世の中、そんなに甘くはなかった。
「ど、どうして……?」
俺は問う。
「わかっていると思うが、聞いたやり方では上質なチャームがいくつあっても“魔エネルギー”の消費が勝ってしまう」
「消費を抑える方法とか、そういうのはないの? 一番消費の少ない『サンドウォール』と、最上質のチャームでも960分で切れちゃうのよ」
「十分な時間だと思うぞ? しかし、最上質のチャームなどひとつで“薬草”が1250個も買えるのだから浪費も甚だしいか」
「何で“薬草”換算なのよ……。普通に一万ゴールドって言いなさいよ」
ちなみに、1G硬貨で一人の人間が一食分の飯が食べられるくらいの物価だ。
俺の住んでいるガーデンロード王国はそれなりに豊かだから、元の世界とそれほど変わらないと思う。
「まぁ、良いわ。何か案はないかしら?」
「理屈としては、正常の場合なら魔法は発動せず、異常な時に発動するという具合にすべきだろう」
言われてみれば、必要な状態が逆なんだよな。
「でもチャームって、乾電池みたいにプラスマイナスを逆にすれば入れ替わるってわけでもないし……?」
迂闊な発言に、リーサが怪訝そうな顔をする。
「カンデンチとはなんだ?」
「あ、ごめん、忘れて! 忘れなさい! いいわね?」
「アッハイ……」
危うく、俺に異世界の意識があることがバレるところだった。
俺のアドバンテージがなくなってしまう。
「ほら、何か案を出してよ」
「私が言えるのは、“マテリアル”に詳しい奴に頼むしかない、ということぐらいさ」
それを聞いて、今度は俺が顔をしかめた。
「露骨に嫌っているな」
何が面白いのか、リーサが笑いをこらえる。
元からあまり会いたい奴ではないが、今の状況では余計に会いたくない。
俺の質問が終わり、リーサが真面目な顔になって見据えてくる。
「さて、お前がどうするかは勝手にしろ。次は、私がお前に聞く番だぞ」
「答えられることなら、ね」
次回予告:相変わらず私の作品ではゎぁょぅι゛っょぃです。