案件0「ダンジョンマスターに求婚する」
王様「おぉ、勇者達よ。逃げかえってくるとは情けない!」
勇者「すみません、王様。見ての通り、リアルに縛りプレイを要求されたので勇者やめます……」
賢者「えっ!?」
王「な、ならぬ! ならぬぞ、勇者よ! 今、勇者殿に辞められたら誰が魔王を倒せましょう!」
勇「無理ですって! 縛りプレイなしでも負けてきたんですから、魔法で拘束されている状態で勝てるわけないじゃないですかぁっ!」
賢「何を言っているんですか、勇者様!? 唯一、四つのダンジョンを攻略して魔王にたどり着けた貴女が諦めるなど!」
王「賢者殿も、他のお仲間もおるではないか。勇者なら最後までやり通すべきであろう!」
勇「魔王に状態異常が効かなくて、剣術や徒手空拳まで見切られたんじゃ……役立たずも良いところですっ!」
賢「そんなことをおっしゃらないでください……。勇者様だけで足りないところは私達でなんとかしますから……」
王「今更魔王討伐を止めるなど認めんぞ! 絶対に認めん!」
勇「お……私が、毒使いって時点で勇者失格だったのよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――っ!」
賢「……――」
「――ということがあったのよ」
一通り独り芝居をやって見せた俺は、溜息一つ吐きながら佇まいを直す。
正座で前を見据える俺の目は真剣そのものだ。
見つめられる側もタジタジといった様子だった。
それぐらい俺の、勇者ちゃんの肉体は美しいのである。
艶やかなセミロングの黒髪など、風になびくだけで絵になる。二重目蓋に収まったマリンブルーの瞳は、月並な言葉では評価できない。
「……こほん。事情は分かった。だからと言って、どうして俺のところなんだ?」
咳払い一つで冷静を装う男。
青の短髪に褐色の肌。突き出た赤々とした二本の角が松明の光を反射する。
甲冑の上からでもわかる。隆々とした筋肉の持ち主だ。
いかにも堅物といった見た目をしている。
武人然と構えているが、見ての通り『人』ではない。
「一番話がわかりそうだと思ったからかしら? 後は、恩を着せる方法があるから、よね」
俺の歯に衣着せぬ物言いに、男も呆れを隠せないようだ。
それでも、ちゃんと最後まで話を聞いてくれるから助かる。
「ふぅ……」
男が溜息を一つ。
「そう言うのであれば、そんなくだらない愚痴を言うためにだけにここへ来たわけでもあるまい?」
続けて男が問いかけてくる。
話が早くて助かる。
俺こと女勇者が、だ。愚痴のためだけに、わざわざ魔王の部下であるダンジョンマスターに会いに来るわけがない。
ちなみに、中身はもうじき30歳になる予定だったオジサンだ。過労自殺したら、なぜか女勇者の肉体を得て別世界で魔王討伐をすることになった。
異世界へ来ても、苦労から逃れることができなかった……。
こんな理不尽な目に遭っているのも、自殺なんてした俺への罰だったのかもな。
「ダンは、単刀直入過ぎてもまた説明し直さなくちゃならない性質だと思ったのよ」
「ダンデリオン、だ。勇者であるお前に気安く呼ばれる筋合いはないぞ……」
本当なら魔王討伐なんて面倒なこともしたくない。
だからこの機に、俺は堅物ダンのところへやってきた。
「それに、今のは侮蔑に聞こえたぞ?」
憮然とした表情だが、怒った様子ではないので話を続ける。
「まぁ、そう言わないでよ」
俺は言った。
「一度は刃を交わした仲じゃないの」
「好敵手という意味ではお前を認めている。しかし、勇者となど慣れ合う気はないぞ」
そういう反応をされないように説明したつもりなのだが。
どうもダンは頭まで堅くて敵わない。
「私は、もう勇者なんてやめるって言ってるのよ。だから、一人の人間の女として見て欲しいわ」
中身は男の俺が言うのもおかしな話だ。
しかし、女勇者ちゃんの肉体で生活するにつれて、精神的にも女に近づいているらしい。
「勇者を止めてどうするつもりだ? 魔王様を倒さねば、お前にかかっている拘束は解けないのだぞ」
「クソ国王の下で働いても魔王に殺されに行くようなものなのよね。魔王の下に就くのも癪だし……。かと言って、このままじゃ生活もままならないわ」
「何が言いたい……?」
「まどろっこしいわね、ダン。養ってくれる誰かを探してるってことよ」
ゆえに俺は、ダンに好敵手以上の感情を抱くのも抵抗がなかったりする。
「だから、魔王を倒して……」
ダンさえもしどろもどろになるくらいに、甘えてみせることもできる。
きっと、その可能性を考えられないか、考えないよう必死になっているのだろう。
俺に擦り寄られるも、振り払って距離を取ろうとしている。力任せにすれば済む話なのだが、ダンではそれができない。
強面に似合わず愛い奴め。
「私と結婚して欲しいのよ」
「血痕見せて欲しい……?」
「違うわ。マリッジよ」
精神攻撃の効果は絶大だ。目が点になっている。
俺のセリフで完全に思考がフリーズしているようだ。