第1話 始まりのとき
この世に住む動植物は日々進化という最適化の中で生きている。
もちろん人間だってそうだ。猿から枝別れた人類が様々な変貌をとげて今日の姿になったのも、石器時代から現代に至るまで文明を作り便利な道具を作り上げたのも全て進化という最適化への流れなのかもしれない。そして、俺を残して滅んでしまったのも。
地球という星レベルでの最適化の流れの中で、人類は要らないモノとして位置づけられてしまったのかもしれない。
現在、航空巡洋艦 ティア のメインブリッジにただ独り艦長席に座っている。ティアは自立型航空システムを備えているため、分野外の俺でも容易く操れる。
「ティア、いつも通りレーダーや電波など何でもいいから誰か人間がいないか調べてくれ」
これが俺の日課だ。人間を探す。しかし、結論はすぐにでる。
「現在、人間の存在を確認できません」
当たり前だ。もういないのだから。でも、もしもの場合に備えてこの習慣は欠かせない。
さて、どうして俺が最後の人間になったのか。この質問に答えるのは難しいことではない。戦争に食料問題、そして自然環境の変化、理由は数多あるし、そのどれもがとても大きな問題で、到底太刀打ちなんて出来なかった。本当の意味で人類は地球に自然淘汰されてしまったのかもしれない。
「ドクターメジロ、栄養を摂取して下さい」
ティアが冷たく言い放つ。彼だか彼女だか分からないが、機械からすると朝食もただの栄養補給らしい。やはり無機物だけで出来ているモノは有機物の気持ちが分からないみたいだ。しかし、ティアは俺の世話をしてくれる素晴らしき友人だ。無下に扱うことなんてしない。
「ティア、いつもありがとう」
「早く栄養を摂取して下さい」
「分かったよ」
朝食を終え、次にすることは、俺の仕事だ。バイオテクノロジーとは、生物を工学的に扱う専門分野で、俺が最も行うべきは、生体発生という人間の身体を作る分野だ。
ティアの中心部の巨大クリーンルームにて、俺は人体を作る。高さは東京タワーの半分、横はよく分からないが、とても広いこの空間には、様々な実験設備が備わっており、つい先日とうとう人体を作る目処がたった。ほとんどの実験設備は、ティア管轄のロボットによって操作されており、俺はクリーンルーム内の自立型バス内のPCで司令を出すだけ。とてと楽な仕事さ。俺はいつも通りバスに乗り込み、PCの前の定位置に腰掛ける。そして、気合いを入れた。
今日は待ちに待った人体構築の日だ。
まだ答えてない質問に答えるとしようか。
なぜ、俺がこのティアにいる最後の乗組員であり人類最後の人間になったのかということについてね。
生物の望みとは、やはり種の存続というのはよく聞く話だ。人類も同様に文明の滅亡時に願ったことは種の存続だったという話だ。ティアはとても大きな航空巡洋艦だ。しかし、ティアだけで人類は生き残ることは難しい。地球という惑星の本気は人類の想定を遥かに上回り、そしてついに人類は一つの計画を立てた。
それは、生きてる人間を冷凍保存し、地球環境が安定した後に起き上がろうとという時間任せにも程があるという計画だ。
しかし、ことはそんなにうまくはいかないものだ。冷凍保存した人類に待ち受けていたのは、ティアのエネルギー枯渇の問題だ。悲しくも、冷凍保存は電力を消費してしまう。そこで我々は決断した。保存者の選定だ。冷やす空間は少ない方がやはり長持ちする。それから脳幹と脊髄のみを保存し、時が来た時に別の人体へと精神を移す。これは当時はまだ技術的にはグレーゾーンであった。しかし、先日とうとう俺はやってのけた。
これで人類を、そして、最愛の娘 アカリ を再び地上に足を下ろしてあげることが出来る。
「ティア、そろそろ始めようか」
「ドクターメジロ、それではシステムを起動させます」
システムの起動と共にクリーンルーム内の巨大試験管に卵の様な何かが急激に成長し、人体が徐々に形成されていった。
俺はそれを見つめた。
1時間後、ロボットが試験管の中の人体を丁寧に取り出し、俺の元まで優しく運んだ。
それは少女である。アカリの精神を挿入する器となる人体だ。アカリと同じ12歳くらいの人体らしい身体つきだ。
「ついにやったんだな」
その時だ。器の子が急に目を開いた。それからびっくりとした表情へ変わり、それから大きな声で泣いた。
俺は慌てた。
「え、まてまて、泣かないでくれ」
俺はポケットにあるハンカチを取り出し、器の子の目元を拭った。それから何故かすぐに抱きしめてしまった。触れた肌はとても暖かく、とても懐かしい温もりを感じた。ふと俺の目から液体を感じた。涙だ。
俺は泣いているのか。
気づくと少女は泣いてはいなかった。
俺は少女から離れようと手を離したが、なぜか少女は俺の身体を離さなかった。そしてしばらく俺は少女と抱き合っていた。
「ドクターメジロ」
ティアの声に俺は現実を取り戻した。
「どうした」
「警告、裸の少女と抱き合うことは児童倫理的に正しくない」
「反省するよ、ティア」
俺は少女から離れて、バスへ向かった。
するとドダッと音がした。
少女がバランスを崩したのか倒れていたのだ。
「あぅ、あ、ぅ」
少女は声を発して俺に手を伸ばしていた。
「ドクターメジロ、被験体0001に意識の存在を確認。本研究を研究倫理の観点から中止を進言します」
俺はあんぐりと口を開けてしまった。しかし、少女の目を見てふと俺は心に温もりの様なモノを感じた。
「残念だ。だが、なんだか嬉しいよ、ティア」
「精神鑑定の用意をしますか?」
「遠慮するよ」
それからあっという間に数年が経った。
実験をすればするほどに、ティア内の人口は増える。
気づけば、俺を除いて6人になる。アカリの器を予定していた被験体0001は、髪が生え、清楚な大和撫子になり、とうとう俺の言葉を理解した。他の被験体も男女問わず美しく育った。美しく育った。試験管の中で均一に作られたから美形になるのかもしれない。人類滅亡下において、俺は不思議と謎の充実感を感じる生活をしてしまっている。実に背徳的で心苦しいのだが、被験体が可愛いから仕方ない。
「お父さん、私にも撫でなでして」
「いや、僕も」
「私も」
ここが天国か。
一児の父としては、子供が増えた気分である。しかし、課題は以前変わらない。実験を重ねる毎に意識の存在は薄れており、被験体0006はやっと精巧な人体のみの形成に成功したのかと思えた。
しかし、現在の被験体0006といえば、ティアのメインブリッジをひたすら走り回るやんちゃ娘になってしまった。あんまり会話をしてくれない人見知りさんなところはお父さんとしては心苦しいが、時たま見せる笑顔はとても可愛い。
もちのん彼らには名前を付けた。
生まれた順に、ヒワ、トキ、アビ、イスカ、シギ、クイナ。悲しくも全員に鳥の名前を付けてしまった。願わくばここ以外のどこかに羽ばたいて行けますようにというど直球ストーレートな意味で名付けた。
「お父さん、難しい顔してる」
ヒワが心配そうな顔をしていた。ヒワの声と共にみんなが心配そうな表情をする。
「すまない。今日は何して遊ぼうか」
「ドクターメジロ、現在は勤務時間です。実験の続きを先にお願いします」
「ティアの意地悪!」
「被験体0001ヒワ、あなたに決定権はありません」
ヒワはプクッと怒りにふくれた。だが、それもまた可愛い。本当にいい生活だな。
だが、そんな生活も瞬く間に終わってしまった。
「急激な磁場の変動を観測しました。太陽フレアの影響により反重力システムの機能停止を確認しました。衝撃に備えて下さい」
それは急な緊急警告だった。
俺はバスの中に駆け込んだ。
バスの反重力システムを入れ、自分をシートベルトで固定した。しかし、俺はすぐにシートベルト外して、バスから出た。子供達が危ない。
俺は、子供達を探しにメインブリッジへと駆けた。
幸い子供達はほぼ全員がメインブリッジにいた。
「みんな、急いでこっちに来きてくれ」
俺の異様さに子供達は不穏な顔をしながらも、付いてきてくれた。
太陽フレアを凌ぐには、多層空間に避難するのが一番である。俺は子供達を連れてクリーンルームへ向かって走った。
「ドクターメジロ、レベル5の太陽フレアが予想されます。クリーンルームではなく、冷凍保存室へ移動して下さい」
「ティア、それには賛成出来ない。冷凍保存室で生身の人間が大丈夫な空間は4人くらいしか入らない。狭過ぎる」
「人類種に必要なのはあなただけです。あなたの存在を優先した判断です」
「ティア、君はこの子達を研究倫理の枠に当てはめた。ならこの子達も人類種と同等の存在であるという判断は出来ないのか?」
「ドクターメジロ、どうか冷静に。人類種を救える可能性が最も高い生命体があなたなのです。どうかあなたの生存を優先して下さい」
俺は心が揺らぎながらも冷凍保存室へとみんなを運んでいた。それから俺は子供達を冷凍保存室移動エスカレーター内に子供達を押し込んだ。そして扉を閉めた。
すると、
俺は背中に温もりを感じた。
俺は急いで振り向いた。するとそこには、ヒワが不安を無理矢理押し殺した様な笑顔をしていた。
「お父さん、一緒だよ」
ヒワは俺の手をとり、ギュッと力強く握った。
俺は自分の脳みそをフル回転させた。今ここで、ヒワを助ける方法だ。
「ティア、冷凍保存室隣にある精神転移カプセル内ならフレアの影響はどうなる」
「中枢神経系へのダメージによる後遺症の可能性が考えられます」
「可能性なんだな?ないかもしれないんだよな?」
「過去最大規模のフレアの為、算出限界です。その質問には答えられません」
俺は、ヒワの手を強く握りしめた。
「ヒワ、行くぞ」
「うん、お父さん」
俺はヒワは精神転移カプセルにたどり着くやいな、二人で頑張ってカプセル内に入った。
それからのことは何も覚えていない。
気づくと、俺はカプセルの外に出ていた。
そして廊下は暗く全く明かりが点いていない。しばらく状況は掴めなかった。
「ティア、どうした?」
しばらくしても応答はなかった。
すると、どこかから足音がした。子供達かもしれない。俺は力を入れて立ち上がろうとしたが、どうしたことか、足の感覚が全くない。
俺は自分の足を見た。
すると足はやたらと細い様な感じがした。
そして足音が俺の元にたどり着いた。俺は自分の足から前方へと視線を移した。するとそこには、ここ数年見たことすらなかった髭もじゃの男が立っていた。
「ぎぁああああああ」
俺は不思議と甲高い大声を出してしまった。
「はっはっはっー。そんなに驚かんでおくれ、不思議な格好のお嬢ちゃん」
そしてまた記憶は飛ぶ、
気づけば、謎のベットで寝ていた。目を開けると、気の強そうな女の子が側にいた。
「き、君は?」
俺は鋭い声を上げてしまった。すると女の子は眉すら動かさず言った。
「あんた、初対面の人にモノを訪ねる時は、自分から名乗るって事を覚えた方がいい」
そう言って女の子はどこかへ行ってしまった。クール過ぎる。
しばらくして女の子は数人の男を連れてきた。
女の子は言う。
「あんた、名前は?」
「メジロだ」
「変な名前だね」
そうか?確かにこの気の強そうな女の子はヨーロッパ系っぽいから日本語由来の名前は変に思えるのかもしれない。
次に、おっさんが質問した。
「なんで、始祖の遺跡で寝ていた。どこから入ったんだ?」
「始祖の遺跡?」
「君が倒れていた場所だ。教えてくれ、お嬢ちゃん」
「お嬢ちゃん?」
「そりゃお嬢ちゃんって言ったら、ここにいふアイナと君しかおるまい」
俺には全く理解が出来なかった。どう言う事だ?すると、何か嫌な予感がした。
「すみません。鏡とかありませんか?」
「おいおいお嬢ちゃん、鏡なんて高価な物あるわけないだろ」
するとアイナが手鏡の様なモノを俺に放り投げた。
「ここにあるよ。壊したらタダじゃおかないからね」
俺は急いで自分の顔を見た。
するとそこには、ヒワが映っていた。
俺は一つ悲しい事に気付いた様な気がした。
「すみません。俺を見つけた場所で近くに誰かいませんでしたか?」
おっさんが答えた。
「誰もいなかったな。そういえば人骨があったな。あれは男だな」
「どうした泣いてるぞ」
アイナが言った。しかし、俺の耳には届かなかった。