一章四幕
第一章 僕、ニートやめます 四幕
ボブちゃんと、二人きりになってしまった。彼女の方は、ちらっちらっと僕の方を窺いながらも、目が合うと、ぱっと顔を背けてしまう。
「ボブ……ちゃんって、もしかして、男の子が苦手なの?」
「……うん」
一緒だった。昔、嫌な思い出でもあったのかな。
「僕、全然男って感じじゃないから、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。実は、僕も女の人苦手なんだ、母さんに、虐待されてた」
ここは自分からオープンにして話を進めた方が彼女も話しやすくなるだろうと考えて、そんなことを話す。打ち解けるには、自分の弱さを素直に打ち明けることも大切なのだ。
「そうなんだ……」
しまった。先走りすぎて、困らせてしまったようだ。そういえば、僕が自分で自分のことを男っぽくないとか言うのも若干胡散くさかったよなあ。反省。会話って難しいなあ。僕は昔から聞き手にまわることが多かったから、いざ自分から話をしようとなると、どうしても駆け引きのようになってしまう。相手に話してほしいことを話させるには、何を餌にしたらいいかとか、無意識に考えてしまうのだ。僕のあざといところは頑張ってもなかなか治らない。そうだ、会話につまづいたときは、よく天気の話をしてごまかすんだ。僕は知っている。
「きょ、今日は、いい天気だね」
「曇ってるよ」
「……!曇ってるほうが、過ごしやすいと思わない?日差しは暑すぎて、苦手なんだ」
「アリスは、暑いの苦手なの?」
「うん。五月になったばかりなのに、もう夏バテしちゃって、食欲も無いし、部屋から出られないよ……こんなこと言うの、変かな」
やった!ちょっとだけど、会話が続いている。
「ううん、全然、変じゃないよ。私、アリスが体弱いっていうのは聞いてるの。よかったら、アリスの体のこと、もっと教えて」
あれ、この子、変わってる。普通の人なら、体のことについては、気を遣ってなかなか聞いてこないのに。それに、今度はこの子、「私」って言った……。
「本当?体のことに興味持ってもらえるのは嬉しいよ。良かったら、ボブちゃんのことも、僕に教えてよ」
「わかった。話す。あの……」
なんとか話す気になってもらえたようだ。
「私、男の子が苦手で……というか、具体的には、男の子に、女性として見られるのが嫌で、それで、無意識に男の子に張り合おうとしちゃって、さっきみたいに緊張しちゃうと、男の子みたいな言葉遣いになっちゃうの」
「それは昔、何かあったの?男に、嫌なことされたの?」
「うん。小学校高学年のときに、転校したの。転校先の小学校で、男の子たちに、セクハラ……みたいなことをされていたの。抱きつかれたり、下品な言葉を言われたり、女だからって、男の子たちの仲間に入れてもらえなかったり。私が女に生まれたから、こんなことされてるんだって思ったら、悔しくなった」
「セクハラは、反対だ。僕も母さんに、性的に嫌なことをされた」
納得。それで、男物の服を着ているんだ。でも、こんなところで、僕たちに共通点があったなんて、驚いた。
「それから、女であることがコンプレックスになった。本当は、『ボブちゃん』って呼ばれるのもあんまり好きじゃなくて……」
「じゃあ、僕が呼び方を考えるよ。ボブだから……ロバート。どうかな」
「気に入った」
ロバートはニヤッと笑う。その表情があまりにも男の子らしかったので、僕は悩む。もともと男の子っぽいところがある子なのか、それとも……。
「なんかアリスって、話しやすいね。アティーナに来るのを迷ってるって本当?私は、アリスと一緒に、仕事がしたいな」
言われて、気づく。もう僕はほとんど、ロバートと一緒に仕事をすることを決めたつもりでいたのだ。
「ロバートとはすごく気が合うような気がしてるから、僕、もっと君と話していたい。君と一緒に仕事ができたら、きっと楽しいに違いないよ。決めた。僕、アティーナに入る。僕、ニートやめるよ!」
そのあとは、他愛のない話をして過ごした。初めてできた気の合う友達との会話は、それはもう楽しかった。
「ロバートは、さっき僕が体弱いって言ったけど、本当は僕、体強いんだ。インフルエンザとか、一度もかかったことない。感染症には縁がなかった」
「本当!?すごい」
「体強いって言ってもだいたい信じてもらえないから、秘密だよ。ロバートが髪を長くしているのはどうして?」
「実は、親戚のお兄ちゃんが、小さいころに髪をすごく褒めてくれたから、それが嬉しくて、長くしてる。男の子の格好をしようって思っても、髪だけは切れなかった。私、そのお兄ちゃんのこと、好きだったから。また会えるといいなあ」
「もう、会えないの?」
「お兄ちゃんは何年も前にアティーナに入ってて、私、お兄ちゃんを探しにアティーナに行くことに決めたの。お兄ちゃんも、多才な人だったから、響さんにスカウトされたみたい」
「会えるといいね」
「うん」
一方、望月と響。
『ドンッッ!』
「ひえっ」
「吐きなさい。八木本たち一般人を巻き込んで、あなたは何がしたいの。あの情報は、私たちが墓場まで持っていかなければならないものよ。万一あれを隠していることがばれたら、私たちは勿論、あなたが巻き込んだ人たちだってただでは済まないのよ」
「ミコちゃんが怒ってる……お姉さん、怖いよー!」
「はぐらかさないで。どうなの」
「お姉さんはただ、社会の陰に隠れてる子どもたちに働ける場を提供したいだけだよ。あの情報は私がちゃんと隠してるから、みんなに罪は無いの!安心して!」
「安心できないわ。それを隠してることが公になったときに、八木本たちに罰がかからないのはいいわ。でも、この情報を悪用しようとする者に狙われたら?万一のことも考えておきなさい。八木本を巻き込む以上、私の仲間もあらゆる手段に出るから」