第8話 特訓
時は現在に戻り、訓練場の隅で木偶相手に木剣をふるい続ける俺。
最初こそまともに扱うことすらできなかったが、今はそこそこ様になってきている。
それというのも俺の可愛い奴隷、リアのおかげである。リアはメイドだがありとあらゆる英才教育を受けたメイドだ。戦闘に関してもそこらの冒険者や騎士団なんかには早々遅れをとったりはしない。
実際にリアと剣を交えてみて自分との実力差を実感した。リアは本当に強い。確かに緋山達みたいな綺麗な戦い方ではない、どちらかというと転げまわって、泥臭くて、それこそ勇者の戦い方には程遠いだろう。
しかしそこには今までリア自身が積み上げてきたものがしっかりと感じ取れる。はっきり言ってとても実践向きの戦い方だ。相手を確実に仕留めること、自身が確実に生き残ること、それらを確実になしえるための戦い方だ。だからこそリアはとても強いのだろう。俺自身も、本当に窮地に陥った時に生き残れる奴の戦い方は団長やリアみたいな戦い方だと思う。
俺がそんな風に思いながら訓練に精を出しているとダスト団長に声をかけられた。
「よぉ、黒川精が出るな。」
そんなねぎらいの言葉とともに一本の瓶を差し出してきた。
この世界では一般的なグリーンポーションという飲み物だ。一応回復薬ではあるのだがスポーツドリンクみたいな味がしてとても美味しい。それに体力、魔力の回復にもってこいの飲み物だ。
だからなのかこの世界で訓練や一仕事終えた後は必ずと言っていいほど飲まれるものなのだそうだ。
ちなみに低い順からグリーン・イエロー・レッド・ホワイト・ブラックとそれぞれポーションがある。俺も見たことはないがブラックポーションなんかになるとかなり値が張るらしい、しかしそれと同時に息さえあればどんな傷や病気なんかもたちどころに直してしまうというまさに奇跡の薬なのである。
今飲んでいる物はそんな奇跡のポーションではないが、俺は団長からもらったポーションを一気に飲み干した。
訓練で疲れた体もこれで少しはましになるだろう。そう思っていたが、これはかなりの効き目だ。疲れ切った体にひんやりと染み渡る心地よい感覚、それでいて味の方は少し酸味が効いており、のどごしもばっちりだ。
こんな晴れた日の訓練後のために是非とも一本は常備しておきたいところだ。
そんなことを考えながら団長との会話を弾ませる。団長はこんな役立たずの俺のことでもしっかりと面倒を見てくれる。今ではみんなの兄貴分みたいな存在だ。
そんな我らが兄貴分のダスト団長からある提案をされる。
「なぁ~黒川。」
「何ですか?ダスト団長」
「いやな、俺たちは来週にでもダンジョンに潜ろうと思うんだ。実際に緋山達を筆頭にみんなこの三日間でかなり成長したしな。本当に驚くべき成長速度だ。だからFランクくらいのダンジョンならいけるだろうと思ってな・・・」
「はぁ~そうですか。」
俺は何故いちいちそんなことを団長が報告しに来たのかわからなかった。そもそも俺なんかがついて行っても足手まといなだけだし。
そんな俺の考えをよそに団長は俺に問いかける。
「黒川・・・お前はどうしたい?」
そんなことをいきなり聞かれて俺は答えに詰まった。
少し考えればわかることだ。団長はこんな俺でも見捨てずに本気で強くしてくれようとしているのだ。
俺は嬉しかった。リア以外に俺のことを真剣に考えてくれるのは団長ぐらいだった。だからこそその思いにこたえたいと思った。
「団長、俺はすごく弱いです。なのでたとえFランクのダンジョンでも足手まといになるかもしれません。でも、強くなりたいんですリアを守れるぐらいに・・・」
「指示にはちゃんと従います。なので俺も一緒に連れて行ってください。お願いしますっ!」
俺は団長に頼み込んだ。俺のお願いに団長は少しだけ悩みそして・・・
「よし、わかった。もともとお前が本気で強くなりたいっていうのはわかってたしな。だからお前も一緒に連れて行ってやる。」
そう団長は答えた。
だがその後こう付け足した。
「ただしクラスメイトの誰でもいい、そいつから一本取ってみろ。それが条件だ。期限は今から一週間ちょうどダンジョン出発の前日だ。」
まさかの条件付きしかし答えは決まっている。
「わかりました団長。かならずクラスメイトの誰かから一本取って見せます。」
俺はそう元気よく答えた。
「ならその役目俺がやってやるよ」
声のする方を見てみるとそこには屑身とその取り巻き達がいた。屑身曰く強くなりたいという俺に胸を貸してやろうとのことだった。
「おっ、そうか屑身。お前黒川の相手になってくれるのか。」
「もちろんっすよダスト団長。大事なクラスメイトのためですもん一肌でも二肌でも脱いでやりますよ!」
屑身は生き生きとした声音で答えた。
しかし俺にはわかるあれ、絶対俺のことさらし者にする気だここは丁重にお断りして、ほかの人に頼むとしよう。
そう声をかけようとしたとき、時すでに遅し。これでもかってくらいに話がどんどん進んでいく。
クラスの連中もみんな屑身と俺の試合を見たがっている。結局、断ることもできずにそのまま話は進み最終的には俺と屑身との試合が決定した。ホント何してくれてんだよまったく。
しかしここで諦めていては始まらないので、残りの1週間死ぬ気でやるしかない。そう覚悟を決める俺だった。
翌朝、まだ暗いうちから俺は訓練場に一人いた。
周りに人はいないとても静かだ。昨日、夜から雨が降っていたせいか土の湿った匂いがする。空気もひんやりしていて、なんだかまったく別の空間にいるような錯覚にとらわれそうだ。
俺はさっそく訓練場に搭載されている術式を展開する。すると、10体近くのゴーレムが地面からでてきた。身長は180㎝くらい、しかしその腕や足はとても太いせいかただでさえ大きいのに余計に大きく見える。
あの体から繰り出される攻撃のことを考えると正直とても怖い、でも今はビビってる場合ではない。俺はなけなしの勇気を振りしっぼってそれと対峙する。
・・・ゴーレムの右斜め上からの打ち下ろしの攻撃が迫る中、恐怖心を押し殺して右斜め前へと転がりながらそれを、かわしそのまま背後をとる。もちろん他のゴーレムの存在も忘れてはいない。
一体目の背後に回った瞬間、二体目がすぐさま距離を詰めてきて左回し蹴りを放ってくる。
それを俺は間一髪のところでかがんでかわす。二体目のゴーレムの蹴りが一体目を誤って蹴りぬいたところを、俺はすかさず水面蹴りで二体目のゴーレムの態勢を崩しにかかる。
しかしゴーレムも器用にこれを真上に跳んでかわす。そのまま落下の勢いでかかと落とし。俺はそれを剣でいなしたところで体当たり二体目はそのまま後ろに倒れ真後ろにいた三体目を巻き沿いに倒れこんだ。
その後俺はすかさず前線離脱、いったんゴーレムたちと距離を取り仕切り直す。
ここまではいい感じでやりあえている。
そう俺が今とっている戦闘法はシステマというロシア発祥の軍隊格闘術を自分なりにアレンジしてみたものだ。
一対多を想定した格闘戦術。常に二人を相手取るように心がける。それ以上の人数はこちらが対処できなくなる。
他にも合気道や空手など多種多様な戦術を組み込んでいる。そうでもしないと俺はやっていけない。ただでさえ弱いのに戦い方を選んでいる余裕なんてない。とにかく使えるものは何でも使うという考え方でやっていかないと俺なんかすぐにやられてしまうだろう。
「ふぅ~・・・とにかく一体仕留めたな。」自然とそんな言葉が口から洩れた。まぁ~やったのは俺じゃなくてゴーレムだけども。なんにせよこんな固い奴ら俺の攻撃なんじゃ傷一つつかない。
なので相手の攻撃力の高さを利用することにした。
「ゼヤァァ!!!」そんな掛け声とともにゴーレムに十字切り。勿論効かないのは分かり切っている。あくまでも挑発だ。
案の定、挑発に乗ってきた。ゴーレムが俺に近づこうと一歩踏み込んだ瞬間前のめりに倒れこんだ。
こんなこともあろうかと一体目のうち落としで出来た窪みを利用させてもらった。
倒れてきた全体重を利用して首と胴体のつなぎ目のところをめがけて一閃・・・見事にその首をはねることができた。
これで二体目・・・残り八体まだ半分以上も残っているがやるしかない。
やらなければ俺がやられる。
そんな無茶な特訓をすること1時間。
「カンッ!!」訓練場に乾いた音が響いた。
俺の木剣が弾かれた音だ。
その音が合図なのか訓練場にいた残り三体のゴーレムは光の粒子になって消えた。いや、これは俺が設定した。俺が木剣を弾かれ武器を失った時点で訓練終了。そう設定した。
しかし、もしこれが実践だったらそんなものは関係ない。そう思うと背筋が凍るような感覚だ。
「にしても七体かそこそこ上達はしたな。とは言ってもクラスのみんなと比べると全然足りない。」
そう全然足りないのだ。クラスの中でかなり弱い奴らでも十体は軽く倒せる。今の俺ではそいつらよりも弱いということになる。こんなんじゃあ屑身の奴から一本どかろか、かすりもしないだろう。
あと四日、本当に俺はあいつから一本とれるくらい強くなれるのだろうか。そんな暗い感情に飲み込まれてしまいそうになっていると、遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。
声のする方に視線を向けるとやはり見知った顔の少女がこちらにかけてくる。
「誠様~!」そんな嬉しそうに俺の名前を呼びながらこちらへ駆けてくるのは俺の奴隷でもあり愛する人でもある獣人族の少女リアだ。
俺もリアの名前を呼びながら彼女に向かって手を振る。
「リア~!」
たったそれだけのことで彼女はさらに嬉しそうにしてこちらに走ってくる。
本当に愛い奴だ。
それよりもあのバケットはなんだろ?
リアはとても大きなバケット持ってこちらに駆けてきた。
俺のもとにつくなりリアはとても嬉しそうにそして少し恥ずかしそうに俺にその大きなバケットを見せてきた。
「あのっ、誠様のために朝食を作ってまいりました。お口に合えばよろしいのですが・・・」
彼女はそう言ってさっそく朝食の準備に取り掛かった。勿論その前に俺の汗をきれいなタオルで拭いてくれることも忘れない。ホント気の利く子だ。
そうこうしてるうちに朝食の準備が整った。
俺の目の前に広がるのは綺麗に盛り付けられたサラダや肉料理、サンドイッチやおにぎりなんかもある。
正直とても美味しそうだ。
「なぁリアこれ全部お前が作ったのか?」
「はい、日々訓練を頑張っていらっしゃる誠様のために少しでも何かお役に立ちたいと僭越ながらこのリアが朝食を準備いたしました。どうぞお好きなだけお召し上がりください。」
「あ、あの誠様。は、はいあ~んです・・・」
そう言って彼女は俺に料理をあ~んしてくれた。
俺は幸せと味のうまさをかみしめながらこのとてつもなく幸せな時間を満喫した。
「ほら、リアも一緒に食べようよ。」
俺はリアと一緒に食事をしたかったのでリアを誘ってみた。
だが俺の奴隷という立場であるリアはというと・・・
「さすがに奴隷である私なんかが主人である誠様と一緒に食事をとるわけにはまいりまS・・・むぐっ」
俺はかまわずリアの口にバケットの中のフランクフルトを押し込んだ。
「はぁ~まったく。リア?」
「ひゃい!」ムグムグ・・・ゴクン
フランクフルトのかけらを口元につけながら彼女は戸惑いながらも返事をした。
「あのなリア、確かにお前は俺の奴隷だ。だがしかし!」
「ハ、ハイッ!」
「俺は奴隷とか以前に君を一人の人間として女の子として見たいんだ。リアは俺のこと好き?愛してる?」
俺の問にリアは当然というようにはっきりと答える。
「もちろんです!リアは誠様のことを世界で一番、誰よりも愛しております。リアは誠様の味方で、唯一の理解者でありたいとも思っています。リアはもう誠様なしでは生きていけません。」
さすがにここまで言われるとものすごく嬉しいのだがそれ以上に恥ずかしい。
「ありがとうリア俺もリアと一緒の気持ちだ。」
俺の答えにリアは嬉しそうにする。その証拠に彼女の尻尾はちぎれんばかりに振られている。
そんな可愛い反応をされるとつい彼女をいじめてしまいたくなる。
「リア、君は先程俺の理解者でありたいとそう言ったね。」
「はい、確かに私はそのように言いました。」
「ふ~ん、なら何故愛する俺のリアと食事をしたいという俺のこの気持ちをリアは理解してくれないのだろうなぁ~」
「ひぅっ!!」
「いや、えっと、その、それは誠様のお考えを否定したのではなくリアの考えがそこまで及ばなくて、えっと、えっと」オロオロ、アセアセ
「ぐすっ」
あ、やばいやり過ぎた。
「ちょ、リア冗談だから怒ってないから、ただ俺はリアと仲良く朝食をとりたかっただけでそれに俺とリアはお互いを思いあっている中だから遠慮はいらないというかだから」
今度は俺がオロオロする番だった。そんな俺にリアは...
「うわぁ~ん誠様酷いですよ」
「リアは誠様に嫌われてしまったかとすごく不安だったんですよなのになのにぃ~」
そう言って俺の胸に飛び込んできた。
「本当にリアのことお嫌いになってませんか?捨てませんか?」
「あ、当たり前だろ!俺がリアを嫌うだなんてましてや捨てるだなんてありえないっ!」
俺ははっきりとそう言った。というかなにこの可愛い生き物。上目使いがたまらなく可愛い。ヤ、ヤバい俺のゴミみたいな理性が消し飛びそう・・・
俺はいったん彼女から離れ・・・
「リア、一緒にご飯食べよう!」
そう元気よく言い放った。その答えにリアはと言うととても嬉しそうにハイ!と答えた。
その後は朝の訓練場に小鳥のさえずりと少女と少年の幸せそうな話声だけが木霊した。
いやぁ~マジで危なかった、あのままだと確実にリアを押し倒してた。多分リアは俺のことをそのまま受け入れるだろうけど流石に女の子の初めてを野外でなんてシャレにならん。
初めてはちゃんとベットの上で、ダロッ!
とにかくこれから先もきおつけねば。
俺はそう固く決心するのだった。
当のリアはと言うと幸せそうにフランクフルトを口に運んでいた・・・好きだなフランクフルト・・・
「リア、エロイな」そんなことをつぶやいた俺に対してリアが赤面するのはまた別の話。