前世を思い出しました
目覚めたら、乙女ゲームの悪役令嬢でした。
侍女がモーニングティーと軽いクッキーを持ってきた。
風呂に入れられ、髪の毛を整えられ、上品なワンピースを着せられた。
食堂に行くと、キラキラした美貌の父、母、兄が先に席についていた。
静かに朝食が始まる。
エンドウ豆とコンソメの冷製スープを食べながら前世に思いをはせる。
前世…私は若くして癌で死んだ。
若いといっても高校生の息子と娘が居た…それなりの年齢だ。
家事とパートをこなし、ゲームばかりしている息子と娘を説教する日々。
「ちゃんとバイトして稼いでゲーム買ってるんだからいいでしょ」と娘が言う。
娘がはまっているのは乙女ゲームだ。登場人物がいかに素敵であるかを熱心に話す。
話半分に聞いてるけど、どれも内容は同じようなものだ。
美しく健気な女の子が、ハイスペックな攻略対象に近づき、彼らを篭絡していく。
攻略対象には婚約者がおり、主人公は彼女達からいびられる。
攻略対象を篭絡してしまえば、苛めた罪で婚約者たちを断罪出来る。
断罪された婚約者は、死刑、追放刑、年寄と結婚させられる等の憂き目に会う。
かの韓非子も真っ青な陰謀の世界、弱肉強食の見本のようなゲームでは無いか。
カラッとした風情でゲームの話をする娘を見て…
この子もいずれは社会に出るわけだ
ゲームで明るく社会の厳しさを学べるなら、それも良いかと思ってた。
自分で稼いだバイト代だし。
日常は突然崩れた。
最初は…職場の健診で異常を指摘された。
精密検査を受けた後に、病院に夫と一緒に来るように言われ…
がんセンターに通うようになり、その後はあっという間だった。
子供の事を心配したのは最初だけ、すぐに子供から心配される立場になった。
入院生活…ゲームばかりしていた娘が付き添ってくれた。
娘がする話はゲームの話ばかりだった。
私が死んだ後の事…将来を見越した話は一切させてもらえなかった。
娘に料理を教えようとすると
「退院して、家に帰ってから教えて貰う。今はしないで!」と叱られた。
娘が自立する時に渡すつもりで、書き込んできたレシピ帳は食器棚の引き出しの中。
ちゃんと娘に渡っただろうか?
受験生の息子は大丈夫だろうか?
夫は再婚相手を見つけただろうか?
「アシュリー、どうしたの?難しい顔をして」と兄に聞かれた。
「お口にあいませんでしたか?」と執事が心配そうな顔をする。
「とても美味しいですわ」とニッコリ笑って答えると、執事がほっとした。
考えるのはやめて、食事を美味しく頂く事にしましょう。
アシュリー、御年10歳
突然前世の記憶を取り戻しました。




