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青と蒼  作者: みつる
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朝起きて、私は日めくりカレンダーを確認する。

「2日飛んでる」

ため息と共に言葉が漏れた。ベットの中で頭の中の欠片でもいいから探してみる。見つからない。壊れたではない、失くしたのだ。2日記憶がないだけなのに、まるで違う世界に来たみたいだ。私だけ世界から置いてけぼりにされた感覚。この2日の私を全て知っているのは、誰もいない。時間は戻れないし戻らない。ベットから足を踏み出すのが嫌だった。踏み出してしまえば行動しなくては駄目で、行動してしまえば、失くしてしまうモノが増えていく。いっそこのまま植物のようになってしまえば、いくらか気持ちも楽だろう。記憶を失くすごとにその気持ちが重なっていく。重くなっていく。

机の上には私が飛ぶ前と変わらず日記が置いてあった。私はこの2日間どう過ごし、何を書いたのだろうか?私はベットから起き上がり、一歩目を踏み出した。日めくりカレンダーを破き、恐る恐る日記を確認する。記憶のない時の私がどのように行動しているのか私には分からない。覚えてない自分が動いて、日記をつけてるなんて気持ち悪い。だけど、これを読まなければ私はこの部屋から出ることさえ苦しくなってしまうだろう。ページをめくる。日記は私が記憶を失くした翌日から、ちゃんと書かれていた。


○月×日

覚えてないけど日記をつけていた。内容は記憶を失くしつつも健気で好感が持てた。やはり記憶を失くそうが私が最高なことに変わりないらしい。困ったものだ。

記憶は無いけど母のグラタンに最高だったと言ってみた。母はとっても怪しげな目で私を見ていた。バレたかもしれないが、この目玉焼きも美味しいねと言ったら機嫌を良くしていた。目玉焼きに技術介入する余地などほぼないだろうに、我が母ながらちょろい。

学校に行くと和美ちゃんが居たのでありがとうとお礼を言う。キョトンとした表情の和美ちゃん可愛い超可愛いよ和美ちゃん。そのあと和美ちゃんとドラマの話をして盛り上がった。幸せな気分だった。こういう気持ちは、昔は当たり前だったけど、今の私にとっては久しぶりで、とても大事なことなんだって気づけた。良かった。

授業は相変わらず周回遅れくらってるような状況で泣けた。いっきに現実に引き戻された。やはり、記憶の問題は死活問題だ。どうにかしたい。私も過去の日記に習って詳しくノートを取ることにした。これならば未来の私も困らないだろう。困ったら怠慢だといえる私のせいではないはずだ。

なんとか希望が持てた。私も過去の自分に負けぬよう、研鑽を積む次第である。


○月×日

記憶の断絶起きずに2日目。今日も目玉焼きだった。無言で食べる。母がこちらをチラチラ気にしているようなので、焼き方変えた?と聞く。そんなことないと母が言うので、無言で食べた。明日は違うものが出てくれば良いのだが。

今日は音楽があって、冷汗ダラダラの私を読んで不安で仕方なかったが、今日は覚えているようだ。どうも、記憶が戻ったりなくなったりしているみたいだ。今回は1週分抜かしただけで済んだが次はどうなるか分からない。和美ちゃんに聞いて家で練習しよう。

やはり学校が不安で仕方ない。ある程度日記に書かれているとはいえ微細なことはどうしても抜けてしまうだろう。勉強も人の倍はしなければならないし、正直しんどい。

和美ちゃんが週末に映画を見に行かないかと誘ってきた。曖昧に返したが断ろうと思っている。夏だしホラーという和美ちゃんが理解できない。



特に変わりなく私だった。和美ちゃんを愛でるくだりが超私だった。パタン 日記を閉じる。悩んでいるのさえ馬鹿らしくなってきた。自分にはげまされていては世話がない。

カバンの中に入っていたノートを見てみる。黒板に書かれた文字が写されているだけではなく、隙間に先生の発言や自分の考えまで入れてあった。

階段を降りる。朝食は今日も目玉焼きのようだ。

「今日の目玉焼きの焼き加減は最高」

「え・・・?や、やったー!」

成し遂げた母は分けもわからずガッツポーズを決めた。今日も我が家は平和である。


「和美ちゃん・・。私のパートってA・・・?」

「Bだよ!B!」

音楽の授業。記憶がすっぽり抜けていた。日記には大丈夫だ!!って書いてあったのに、うんともすんとも指も頭も動かない。隣の和美ちゃんは、艶めかしい指の動きで、そこから奏でられる音はまるで春の小川のよう。隣でドブ川を流す私。あきらかに邪魔をしている。指が止まる。動いてないのに汗が出る。

中断して。ノートはないので教科書をパラパラとめくってみる。楽譜の最後に私最高☆と書かれていた。冷汗が止まらない。あきらかに皆、私の知らない時間を過ごしていた。


は~るのおがわはさらさらいくよ~♪き~しのすみれやれんげのはなに~♪


せせらぎのようなメロディも、今の私にとっては濁流であった。早すぎる流れについていけず所々で手が止まる。皆から、どんどん離されていく。いつしか完全に手が止まってしまい、私が分からないうちに曲は終わりを迎えた。


「なんか最近、調子悪いね。」

お昼の時間、向かい合わせにした机越しに和美ちゃんがそんなことを言ってきた。卵焼きをパクつく和美を愛でながら、どう答えたものか返答に窮した。

「そ、そうかねー?」

「そうだよ。最近の青おかしいよ。同じこと、よく聞いてくるし、授業はやけに真面目だし」

「真面目なのはいいじゃん」

「青らしくない」

バッサリ切られた。私らしさってなんだろう・・?和美ちゃんが私をどう見てるのかすごい気になったが、不機嫌そうに卵焼きをパクついてるのを見るに、なにも言ってくれない私に不満を募らせているらしい。和美ちゃんにならホントのことを話してもいいかもしれない。だけど、余計な心配はしてほしくない。

「別にどうもしないよ」

「だったら日曜一緒に映画行ってくれるよね?」

え・・?

「それとこれとは話が別・・・」

「この前一緒に行くって約束してくれた!忘れちゃったの?!」

え?そうなの・・?日記には断ろうかと思ってるって書かれていたはずだけど??

「え・・?うそでしょ?ホラーでしょ・・?」

「うそ?うそって?私が嘘ついてるっていうの?ホラーだよ?ホラーを見ないと夏は始らないんだよ?青は私の夏が始らなくたっていいっていうの?一人で行けって?青は自分が怖くて行けないところに親友の私を一人で行かせるつもりなの?いいんだ?それでいいんだ?」

「いや、でも私怖いの苦手だし・・」

「この間、それでも私と一緒なら頑張るって言ってくれたじゃん!あれはなに?きまぐれだったんだ!その場しのぎの嘘だったんだ!」

和美ちゃんがまくしたてながら、ごそごそと机を漁る。中からおどろおどろしい絵の描かれたチケットが二枚姿を現した・・・。

「もうチケットも買ったよ・・?別にいいけど?いかないなら他の人誘うから!男の子誘うから!」

「わ、わかったよ・・いくよ」

「無理してるでしょ?分かるんだから、そういうの。嫌ならいいんだよ?行きたいなら、ちゃんと行きたいって言って!笑顔で、笑顔で言って!!」

「行きたい・・」

ニコッと、無理して笑顔をつくる。どうしてこうなった?和美ちゃんが、わかりゃぁいいんだよという顔をして、私の机にチケットをバンっと張り付けた。

「じゃぁ日曜ね。もし来なかったら、絶交だから!もしかすると、こうしてお昼ご飯食べるのこれで最後になるかもね!」


私たじたじ、こうして和美ちゃんの夏を始めるお手伝いをするためにホラー映画を見ることになってしまった。断ろうと思ってた。だが、思いが形になるとは限らないのだ。上手いこと記憶を失くすよう切に願おうではないか。
















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