第五十話 【喧騒】
むくれたブラックを置いて、俺とアイリスはモニカのところへララを引き取りに行った。
家に近づくと、楽しげな声が聞こえてきた。
どうやら大騒ぎのようだ。
「あらルーファスさん、アイリスちゃん、いらっしゃい! 今、子供たちと主人とで夕飯にチャレンジしてもらっているところよ。」
モニカが出迎えてくれた。
キッチンでは、巨大な体躯のマイルズが、その半分にも満たない身長の子供たちにダメ出しをされている。
「そうじゃないでしょー! もーパパは下手ねぇー! ほら、こうやるの!」
あれは娘のケイシーだ。
マイルズはもうタジタジである。
全く、情けない副団長様だ。
息子のエディーは真剣な表情で野菜を切っている。
ララは横からエディーにアドバイスをしているのだが、おっかなびっくり調理する様子を見て笑いが止まらないようだ。
「すみませんモニカさん、またご面倒をおかけしています。」
「いいのよルーファスさん。ララちゃんは良い子だし、ご覧の通り、とっても楽しい一日が送れたわ。あ、二人とも食べていくでしょ? 子供たちが調子に乗ってたくさん作っちゃったから、食べてくれないと処理に困るのよ。フフフ。」
「え、いいんですか? ヤッター!」
アイリスは飛び跳ね、心底喜ぶ。
モニカの料理を一度食べてから、すっかりファンになったようだ。
「ありがとうございます、ご相伴に与ります。」
はしゃぐアイリスをたしなめようかとも思ったが、素直に応じることにした。
チャンピオンの料理を食べる機会など、そうそう滅多にあるものではない。
料理は最高だった。
子供たちが切った食材は不格好ではあったが、監修は料理チャンピオンである。
不味いわけがあろうか。
「いや、本当に信じられない美味さだ・・・。厳選してあるとはいえ、我々でも普通に手に入る食材だ。それがここまで変わるとは・・・。この豚肉、火の通りが絶妙だ。ちょうど火が肉の中心まで届いたところで仕上げている。スパイスの調合も神業だ・・・。」
一口食べるごとに唸りたくなる。
アイリスなどはもう一言もしゃべらず、一心不乱に食べている。
「アハハハ、ルーファスさんは批評家に向いているわね! そう言ってもらえると、デザートも奮発したくなるわ!」
デザートという言葉にアイリスが素早く反応した。
「ええっ!? デザートあるんですか!? 食べたい! 食べたいです!」
「・・・調子に乗りすぎだぞ、アイリス。」
「あ・・・てへへ。」
食卓は笑いに包まれた。
「どうして料理を習いたいのかって、ララちゃんに聞いたんです。」
食後、俺たちは居間でブランデーを酌み交わしていた。
満腹になった子供たちは、料理で疲れたのか、ぐっすりと寝ている。
その酒の席で、そうモニカが切り出した。
「そうしたら『美味しい料理を食べさせてあげるの!』と言うのね。だから『誰に食べさせたいの? アイリスちゃんかな? それともルーファスさん?」と聞いたら―――。」
そこまで言うとモニカは俯いた。
そしてグラスに入ったブランデーをじっと見つめる。
「ララちゃんは『お父さんとお母さんに食べさせるの!』って・・・。」
モニカは俯いたままである。
涙もろいマイルズは、もうすでに泣いていた。
アイリスは眠っているララのそばに行き、そっと頭を撫でる。
彼女の目にも、光るものがあった。
「私、泣きそうになりましたわ。でも、必死でこらえました。ララちゃんのご両親が亡くなったことをケイシーとエディーには話していないんです。あの子たちの前で泣くわけには・・・。」
そこまで言って、モニカは苦笑する。
「だけど、やっぱり我慢できなかったみたい・・・。『モニカおばちゃん、痛いよー!』というララちゃんの声にハッと気づくと、私はララちゃんを強く抱きしめていたんです。」
過酷な運命を背負った少女―――。
それでもなお、愛する者のためを思うか。
昼間の喧騒が嘘のように、夜は静かに更けていった。