表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/54

第十九話 【独り言】

 夜が更けた。

 大臣たちとの戦術会議のあと、俺とルイッサ、そしてパトリックは王宮書庫に立ち寄った。


 そして俺は、1冊の本を借りた。




 騎士団室に帰ってみると、騎士団の面々が浮かない顔でテーブルに着いていた。

 テーブルの隅を見やると、アイリスが泣いている。


 アイリスはずっと泣き続けていたようだ。

 カイルが困り果てた顔をしている。


「(すまなかったな、カイル。)」


 俺はカイルの肩を叩き、アイリスの向かいの席に座った。

 女性給仕にワインを注文し、俺は無言で飲み始めた。


 そして俺は独り言のようにアイリスに話しかけた。

 

「俺は、アイリスに礼を言わなければならなかった。」


 アイリスは俺に見向きもせず、ただただ涙を流している。


「『俺の命をくれ』と言ってくれたろう? あの礼だ。」


 アイリスは無言のままである。

 俺は独り言を続けた。


「パトリシアの仇が破壊王ハルファスだと知り、お前は俺にそう言ってくれた。」


 場所はこの騎士団室の前だった。

 パトリシアはハルファスに殺されたと、俺が口にした時のことだ。


「俺にパトリシアの敵討かたきうちをさせてくれる、あの言葉はそういう意味だったんだろう?」


 ドラゴン戦の時、王と自分を救ってもらった礼に、俺はアイリスに命を捧げると言った。

 そしてアイリスはその申し出を断っている。

 そのアイリスが突然、俺の命をくれと言ったのである。


 アイリスは無言のままだった。

 だが、涙は止まっているようだった。


「ハルファスはお前の叔父さんの仇でもあったはずだ。だが中庭での戦いで、俺にとどめを刺させてくれた。お前の力なら、あのまま倒すことも出来たろうに。」


 アイリスは無言のまま、しかし俺の話は聞いているように思えた。


「アイリス・・・ありがとう。」


 俺の独り言はそこで終わった。




 独り言の後、俺は1人でワインを飲んでいた。

 あとでカイルに聞いた話だが、アイリスは誰が話しかけても答えず、俺が来るまでずっと泣き続けていたらしい。


「パットはね・・・。」


 突然、アイリスが話し始めた。

 彼女の視線は、ただ漠然と前を見ている。


「10年間、ずっとあの姿のままだったの・・・。ずっとあの可愛いまま、全く成長しなかったの・・・。私だけ大きくなっちゃって・・・ね。」


 アイリスの口元は笑っていた。

 だが、それは悲しい笑顔だった。


「私、パットが成長しないのは呪いのせいだと思ってたの。呪いさえ解けば、きっとパットも大きくなるんだって思ってた・・・。」


 アイリスの目から大粒の涙がこぼれだした。

 そして大声で泣き叫ぶ。


「でも違った! 違ったの! パットが成長しないのは呪いのせいなんかじゃなかったの! パットは・・・パットの『時』は―――。」


 アイリスはこの時初めて俺の目を見つめ、そして叫んだ。


「10年前に止まったままだったのよ!」


 騎士団室内が静寂に包まれた。

 パットは10年前、破壊王ハルファスによって殺されている。

 すでに死んでいる彼が、成長するはずもなかったのだ。




「パットは本当にいい子だったのよ・・・。」


 アイリスがまた語りだす。

 しかしその目は正気を失ったままだった。


「シャイで全然しゃべらない子だったけど、ちゃんとお手伝いをしてね・・・。私がご飯を作ってあげて『おいしい?』って聞くと、とても嬉しそうな顔をしたの・・・。」


 俺はただ黙ってアイリスの話を聞いていた。


「それとね、優しいところがあってね。私が転んだ時とかね、本当にビックリして駆けつけてくるのよ? ものすごく心配そうな目をしてくれるの・・・。」


 過去の思い出を話すアイリス。

 彼女にはもう、あふれる感情が止められない。

 涙がせきを切って流れ出した。


「ルーファス・・・私ね・・・あなたみたいに強くない・・・。」


 顔を両手で覆うアイリス。

 しかし涙は、その小さな手では拭いきれなかった。


「出来ない・・・私には出来ない・・・『忘れる』なんて出来ない・・・。幽霊になってでもいいから、ずっと私のそばにいて欲しかった・・・。パット・・・ああ、パットーーー!」


 そしてアイリスはまた泣いた。

 大声で泣いた。




「コリン・イーストン・・・。」


 泣き止んだアイリスの前に、持ってきた本を開いて置き、俺はそう言った。

 アイリスは訳の分からぬ顔をして俺を見る。


「それがパットの本名だ。父親の名はセシル・イーストン、そして母親はクレア・イーストン。資料によれば、彼らは仲の良い家族であり、優しく敬虔けいけんなクリスチャンだと、故郷の村でも評判だったそうだ。」


 王宮書庫から持ってきたその本は、10年前の魔導戦争を詳細に記録した歴史書である。

 被害状況から犠牲者までを詳細に記述してある。


 アイリスは口を手で覆った。

 あまりのことに驚き、声も出ない様子だった。


「パトリシアが言ったことを覚えているか、アイリス?」


 天使になったパトリシアが残した言葉がある。


「『ハルファスに殺された者は全て天国に行った』と。」


 俺を見つめるアイリスの目からまた涙がこぼれた。

 しかし、その涙に悲しみの色は無い。


「そうだアイリス。パットことコリン・イーストンとその家族は、今、天国で幸せに暮らしている。」


 アイリスは俺を見つめながら、ただただ涙を流していた。


「お前のお陰でパットはやっと両親に会えたんだ、悲しんでどうする?」


 涙を流しながらアイリスは、本に書かれているコリン・イーストンの名をいとしそうにでた。

 何度も何度も撫でた。


「ああ、パット・・・。コリンって名前だったのね・・・。可愛い名前をしてたのね・・・。そうなの、パパとママに会えたのね・・・。良かったね・・・良かったね・・・。」




 翌日は司教のはからいで、パットのために大聖堂で祈りを捧げた。

 讃美歌が流れる中、俺たちはパットの冥福を祈った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ