第十七話 【空間】
「こらアイリス、ルーファス殿に逆に迷惑をかけてどうするんだ?」
パトリックが笑いながらアイリスに注意をした。
アイリスはまだぐずっていた。
「だぁってー・・・。」
仲睦まじいやり取りを見ていると、この2人が恐るべき戦闘力の持ち主であることを忘れる。
アイリスは龍をあっさり真っ二つにし、パトリックは複数の魔法を同時に操る。
しかし、この天才魔法剣士たちのおかげでこの国は救われた。
そしてパトリシアも・・・。
「パトリック、ありがとう。感謝の言葉もない。」
俺はパトリックの手を握り、感謝を伝えた。
パトリックは、はにかみながら答える。
「いいえ、とんでもない。お役に立てたのであれば何よりです。それに、こちらこそアイリスを救っていただきありがとうございます。」
「いや、救われているのはいつも俺のほうだ。今回は炎の剣のおかげで一矢報いることができたが、俺の剣ではろくなダメージを与えられなかった。」
「魔剣で強化された悪魔ですよ? ダメージを与えられただけでも脅威です。しかもハルファスにとどめを刺した時は奥義すら使っていなかったではないですか? ・・・あ、そういえば―――。」
何かに気づいたのか、パトリックは俺が地面に突き刺しておいた炎の剣を手に取った。
熾天使ラファエルの剣。
金色の束に銀色の剣身。
戦闘時には炎をまとう。
今はもう炎を出してはいないが、いまだに大きな圧力を感じる。
巨大な魔力を秘めているのだ。
「おかしいですね、これは天界の剣なのです。なのに、なぜ天使たちはこの剣を持って行かなかったのか・・・?」
パトリックが首をかしげる。
その時、パトリックの横から顔をのぞかせて見ていたアイリスが、ひょいと炎の剣をパトリックから取り、俺のところへ持ってやってきた。
「これはきっと、パトリシアさんの代わりとしてルーファスにくれたのよ。・・・はい、ルーファス。」
と、いつの間に機嫌を直したのか、にこにこ顔で俺に炎の剣を手渡してきた。
「いやアイリス、こういった魔剣はレスター国王に献上せねばならぬ。俺たちの一存では―――。」
俺は慌ててアイリスを止めた。
が、背後から俺に声をかけた人物がいた。
「ルーファス騎士団長、そなたにその剣を預けよう。」
声をかけてきたのはレスター国王だった。
「わしの一存なら問題なかろう? 見事な戦いぶりだった。貴殿以上に炎の剣を使いこなせる者などおるまい?」
にやりと笑い、そして俺の肩を手で叩いた。
「レスター国王・・・。」
俺が魔剣を?
あまりのことに戸惑っていると、パトリックも国王に加勢してきた。
「私もそれが良いと思います、炎の剣はルーファス殿に呼応しているようですから。」
各国の国王クラスですら滅多に持つことが叶わないのが魔剣である。
たかが騎士団長ごときが持って良い剣ではない。
俺の戸惑いをよそに、パトリックが険しい顔になって言う。
「しかし天使たちが神の宝剣を授けたと考えると、これは我々の予想よりはるかに忌々しき事態である可能性があります。天界に何かあったのかも知れません・・・。」
レスター国王は驚いてパトリックに問う。
「パトリック、それは魔王アスモデウスが天界を脅かしたと言うことかね?」
「いえ、アスモデウスにそこまでの力はありません。何かもっと強大な力を持った者が暗躍しているのでしょう。」
その言葉に、今度は大臣たちが血相を変えて叫ぶ。
「なんと魔王以上の脅威が!? いったいどうすれば良いのだ!?」
大臣たちは10年前の大戦の復興に尽力をした功労者である。
それは大変な苦労だったようだ。
落胆するのも無理はないだろう。
「大臣の方々、ご心配には及びません。天界が魔剣を授けたということは、敵は魔剣で退けられる相手だということです。それに私が復活できれば、アスモデウス以上の敵であっても問題はありません。」
パトリックの言葉は自信に満ちていた。
しかし―――。
彼の言葉を疑うわけではないが、下っ端のはずのハルファスですら我々はこんなに苦戦を強いられたのだ、パトリックにはそんなに簡単に倒せるものなのだろうか。
俺は彼に問いかけてみた。
「パトリック、魔王アスモデウスをどうやって倒したのか教えてほしい。」
パトリックは一瞬不可解な顔をしたが、すぐに俺の意図に気づいたようだ。
「ああ、これは失礼しました。そうですね、簡単に言えば『魔法剣』です。」
「魔法剣? 光の剣技ではないのか?」
「光の剣の上に、魔法を重ね合わせるのですよ。それとアスモデウスの暗黒魔装が苦手とする龍脈術式も一緒に。」
レスター国王が頭を抱えながらパトリックを制止する。
「ま、待ってくれ、パトリック! なんだか頭がおかしくなりそうじゃ。どうも理解できんのだが・・・。」
「そうですね。それでは論より証拠、実際にお見せしましょう。」
その言葉にアイリスが驚く。
「ええええっ!? 兄さん、あれをやるの!? この中庭で!?」
パトリックはいたずらっぽそうな笑みを浮かべている。
「まぁいいじゃないか、どうせこんなに荒れ果ててしまっているし。ああ、ちょっとグラムを貸してくれ。」
そう言うとパトリックはアイリスから神剣グラムを受け取り、魔力を集中し始めた。
「それでは皆さん、少し離れていてください。」
そのパトリックの言葉を、アイリスが血相を変えて否定する。
「わーっ、ダメよ!? みんな、ずーーっと離れてっ!!」
離れる暇は無かった。
気づくと、パトリックの前に神剣グラムが剣先を上にして浮かんでいた。
パトリックが左手の手のひらを剣にかざして呪文を唱える。
「例えば先ほどの魔法を剣にかけます。・・・閃空轟雷波!!」
神剣グラムが激しい稲妻に包まれる。
猛烈な魔力だ。
雷の熱で空気が急激に膨張し、辺りに轟音を響かせる。
鼓膜が破れそうだ。
「そこに龍脈術式を加えます。・・・青龍霊光陣!!」
大地から光の柱が幾筋も立ち上がる。
その中に俺は巨大な生物を見た。
「なっ!? 龍!?」
光の柱が乱立する中、青白く輝く龍が天に昇っていくのが見えた。
その龍は空中でその身をひるがえすと急降下し、神剣グラムと融合した。
「これで神剣グラムに、魔法と龍脈の力が加わりました。」
神剣グラムからは無数の稲妻がほとばしり、さらにその刀身には青白い炎が燃え上っている。
強烈な圧迫感―――。
城の一つや二つが消し飛ぶほどのエネルギーだ。
これにはさすがのルイッサも驚いたらしく、
「あんな高等技術を、まるで料理のレシピでも読むかのようにあっさりと・・・。私のプライドもズタズタです。本当に『天才』なのですね。」
と、感服しきりだった。
パトリックの方はというと、訳もなさそうに電撃と炎に包まれた神剣グラムをひょいとつかんだ。
「そして、この状態で光の剣技を使うのです。」
剣技の構えを見せたパトリックを見て、アイリスが慌てて叫ぶ。
「わーっ!! みんな伏せてっ!!」
これには俺も驚いた。
「あのエネルギーの塊を剣技に乗せて放つのか!? よせ、パトリック!!」
だが、パトリックは俺の注意にただ笑っているだけだった。
「大丈夫ですよ、ルーファス殿。この半径5メートル以内に効果を限定します。・・・雷撃閃光波動弾!!」
そういうとパトリックは天に向けて剣技を放った。
辺りは火山の噴火のような轟音に包まれた。
神剣グラムに宿った巨大なエネルギーが虹色の光となって天に昇っていく。
パトリックの周囲5メートルにあった岩盤が一瞬で消し飛んだ。
「あ、あれは・・・?」
ようやく地鳴りが収まった。
辺りを見渡した俺は我が目を疑うことになる。
無いのだ。
何も無いのだ。
虹色の光の柱ができていた場所にぽっかりと穴が開き、そこに真っ暗な影が差していた。