第十五話 【願い】
パトリシアだ!!
パトリシアが天使となって帰ってきた!!
「ああ、ルーファス!!」
「パトリシア!!」
天使は空から舞い降りて、俺の胸に飛び込んできた。
俺たちは抱きしめあって泣いた。
「パトリシア、ああ、本当にお前なんだな・・・。」
温かい。
人間のそれとは違う。
しかし実体はある。
これは夢でも幻でもないのだ。
十年間、俺はこの時をどれほど望んできたことか。
「お帰り、パトリシア・・・。」
パトリシアは泣きぬれた顔でにっこりと笑う。
「ただいま、ルーファス・・・。」
変わらない。
あの時のままだ。
そうか、お前の時は止まっていたんだな。
俺はパトリシアのこの美しいブロンドの髪が好きだった。
あの時のようにかき上げ、そして口づけをした。
「ありがとう、ルーファス。あなたが悪魔を倒してくれたおかげで、私の魂が解放されたのよ。」
俺の腕の中の天使が言う。
悪魔に殺された者の魂は天国にも地獄にも行けず、その悪魔に囚われ続けるのだと。
ハルファスを倒した時に出た光は、やはり解放された人々の魂だったのだ。
「私たちは天国へ行ったの。悪魔に殺されたのは、みんな良い人たちばかりだったのね・・・。誰一人として地獄に行かなかったわ。」
「そうか、みんなの魂は救われたのだな・・・。その言葉は俺にとっても救いだ、パトリシア。」
パトリシアが俺の胸に耳を当て、強く抱きしめて言う。
「ルーファス、あなたは本当に優しいわ・・・。だから私は好きになったのよ・・・。」
俺はパトリシアの頭を撫でながら答える
「俺が優しくなれたのは、お前のおかげだ・・・。」
パトリシアはにっこりと笑うと、俺の頬に手を当て、そして俺の瞳を見つめた。
いつもそうしていたな、パトリシア・・・。
パトリシアは突然、悲しい顔をした。
そして俯きながら言う
「天国でね、私は神様に会ったの。ううん、姿は見えなかったわ。ただ光り輝いていた。そして言われたの、『お前を天使にしよう。』って・・・。」
近くで聞いていたアイリスが驚く。
「ええっ、すごい!? 神様は心の優しい人間の魂を天使にするっていう話は小さな時に聞いていたけど、おとぎ話だとばかり思っていたわ・・・。」
その話は俺も聞いている。
人に優しくすれば、死んだ後も天使となり、神の下で幸せに暮らせると。
神の・・・。
「パトリシア・・・。」
俺は胸が張り裂けそうな気持になりながら、パトリシアに問いかけた。
「お前は天界に帰ってしまうのだね・・・?」
パトリシアはまた俯き、涙を流しながら頷いた。
アイリスが絶句し、涙を流しながら言う。
「そんな、パトリシアさん・・・。十年振りに会えたのに、そんな・・・。」
パトリシアがアイリスに言う。
「アイリスさん、私を救い出してくれてありがとう。あなたも優しい方なのね。でもね―――。」
空を見上げながらパトリシアは続けた。
「もう、お迎えが来ているの・・・。」
突如、空に七筋の光が現れた。
それぞれは無数の光の筋となり、そして天使の姿へと変貌した。
光に包まれたその天使たちは、そのめいめいがパトリシアに手を差し伸べている。
その神々しさに、人々はひざまずいていた。
パトリシアは彼らに付き添われ、天界に連れていかれる。
それは避けられぬ運命―――。
「・・・だめだ。」
俺は自分を抑えきれなかった。
「だめだ、パトリシア! お前を二度も失いたくはない!!」
悲しげな顔でパトリシアが見つめる。
「ルーファス・・・。」
俺は炎の剣を天使に向けて叫んだ。
「天使ども!! 貴様らにパトリシアは渡さん!! 渡さんぞ!!」
天使たちは動かなかった。
動くまでもないと知っていたのだろう。
俺はがっくりと膝をついた。
無駄であることは分かっていた。
分かっていたのだ。
ひざまずいた俺を、パトリシアは抱きしめて言う。
「神様にね、天使になる代わりにあなたに会わせてくれってお願いしたの。ふふふ、私も結構やるでしょう?」
わざとおどけて俺を気遣うパトリシア。
だが、彼女も自分を抑えきれない。
「ああルーファス、ルーファス!!」
パトリシアは大粒の涙を流してひざまずき、俺を強く抱きしめた。
「・・・あなたを愛して本当に良かった。私は本当に幸せでした。」
パトリシアは俺に口づけをした。
長い口づけだった。
惜別―――。
それが彼女の唇から伝わってきた。
それが彼女の意思だった。
「俺は・・・、俺はお前に何もしてやれない・・・。」
それを聞くとパトリシアは微笑んだ。
それは慈愛に満ちた、女神のような微笑みだった。
「一つだけお願いしたいことがあるの、ルーファス・・・。」
パトリシアは俺の手を両手で握り、そしてその残酷な願いを伝えた。
「私のことを、忘れてほしいの・・・。」
残酷な、本当に残酷な願いだった。
俺にそれを叶えろというのか。
馬鹿な!
そんなことはできない!
しかし俺がパトリシアのことを思って苦しむようなことがあれば、彼女はきっと安心できないだろう。
彼女の幸せを本当に思うなら、俺の取る道は・・・。
俺は―――。
「パトリシア、今までありがとう・・・。愛している。」
俺の選択に、パトリシアは涙を流しながらも安心した笑顔を見せた。
「私も愛しているわ、ルーファス・・・。」
パトリシアはそっと口づけをし、そして空へと舞いあがった。
七人の天使たちが円陣を描くように並んで彼女に付き添う。
「さようなら、ルーファス・・・。」
泣きぬれた笑顔で告げた別れの言葉が合図であるかのように、天使たちの背後に巨大な魔法陣が現れた。
その魔法陣と共に、パトリシアたちは空の彼方に消え去った。
「パトリシア・・・。パトリシア・・・。」
彼女のぬくもりが残った体を抱え、俺は泣いた。