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3. 彼の趣味ですから

 玄関ドア開けたら、モスグリーンの壁が見えた。


「こんにちは」


 上から降ってくる声に顔を上げると、何か柔らかいものが額に触れた。


 はい??


「で、デコチュウ?!」


 額を両手で押さえて一歩下がると、モスグリーンのVネックセーターを着た駈くんと目が合った。


「ああ、新種のポクモン?」

「違う違うそうじゃない。おでこにチューしたっ!」

「俺、彼氏。君、彼女。これくらい慣れてね?」


 頭を軽くポンポンと叩かれていなされる。


 今のは、私が焦ると分かっていてやった。確信犯だ。


「乙葉ぁ。玄関先でイチャイチャしてないで、上がってもらいなさーい」


 奥から聞こえる母の声――絶対、覗いてただろう!


「白鳥くん、いらっしゃい」


 母は満面の笑み。

 母さん、それ、お姉ちゃんがアイドルグループのDVDを観ている時と同じ顔だから。『アホっぽく見えるわぁ』と、自分がお姉ちゃんに言ったその顔になってるから。


「こんにちは。お邪魔します」


 アホっぽい顔のうちの母に、綺麗なお辞儀する駈くん。ホントこの人、何やっても様になる。


「えーと……勉強するの、居間でいい? 私の部屋、机小さいし」

 ドギマギしながら、私は言った。部屋に二人っきりって、心臓が持たないと思う。

「あー、いつもの方式だと色々広げるしな。俺はどこでもいいよ」

「じゃ、あっちで」


 二人でクッションを敷いて並んで床に座る。

 駈くんが持ってきたカバンを開き、大きめのコーヒーテーブルの上は、あっという間に英語のノートや参考書でいっぱいになった。

 英語は、駈くんの得意教科だ。教え方も上手い。

 時々放課後に、クラスの誰かが駈くんに勉強に関しての質問をすることがある。そんな時、駈くんは嫌な顔ひとつしない。

 そのうちに彼の周りには人が増え、最後には机を繋げた大勉強会になるのだ。


「いやぁ、駈くんを一人占めとか、贅沢過ぎる、至福過ぎる」

「乙葉、それ、勉強に対しての話だよな……」

「うん? そうだよ」

「やっぱり……分かっていても、ときめく自分が哀しい」

「哀しいって?」

「こっちの話。さて、始めるか」




 それから四時間――四時間だよっ! 一度、コーヒーブレイク挟んだだけで勉強した私たち、偉い。学生の鏡だ。


 でも、さすがに疲れたぁ。


「駈くん、コーヒー飲む?」

「後でいいよ。疲れたろ?」


 肩を抱かれて、駈くんに寄りかかるような体勢になった。


「駈くん、スパルタ。途中で英語に数学の問題ぶちこんでくるなんて、鬼だよ。鬼」

「あはは。でも、印象が強烈だと忘れないからいいんだよ」

「脳裏に焼き付きましたとも。ねえ、私、今ちゃんと日本語を話してる?」


 後半から駈くんは英語だけで話しはじめて、私はついて行くのがやっとで……でも、私、頑張れたよね。


「怪しい外国人みたいな喋りになってる」


 そうか。やっぱり、そうか……ふあっと欠伸が出た。


「朝、早かったから眠い」

「乙葉は夜型だからな」

「どうして知ってるの?」

「受験を考えたら、朝型に変えた方がいいんだよ」

「うん」

「目的があれば起きれるだろう?」

「うん」

「だから、明日の朝も電話して」


 今朝はすごく嬉しかった、と言葉が続く。


 そうか……うん、ガチで束縛願望があるんだね。まあ、そんなことでそんなに喜んでくれるなら、いくらでも電話するよ。


「本当? じゃあ、俺を束縛して。これ以上ないってくらい雁字搦めにして」





――あら、やだ。この子、寝ちゃったの? 乙葉、乙葉!


――あ、そのままにしてあげて下さい。すごく疲れてたみたいだし


――もう、ごめんなさいね


――いえ、こちらこそ。もっと休憩を入れてあげればよかったのに、つい夢中になって……じゃあまたな、乙葉


 優しい手が髪を撫でた。


 待って、駈くん。訊きたいことがあったの。

 あのね、あのね――





「乙葉ぁ? いい加減起きろ!」

「駈くん?」

「誰が白鳥だ! 寝ぼけてんじゃねえっ!」


 痛っ! 頭ペチッて何よ。


「大地?」

「おうよ」

「駈くんは?」

「知らねーよ。俺が帰ってきた時はもういなかった。つーか、飯食え。冷めるぞ」


 ボケッとして起き上がると、お父さんもお姉ちゃんも帰ってきていた。


 何時? 八時? いかん! 束縛系女子にはあるまじき行為だ。


 慌ててスマホを探す。


「もしもし、もしもし、駈くん? ごめん、私、寝ちゃった?」


 電話の向こうで駈くんが、『今起きたの?』と、笑った。声が反響してる。カラオケボックスみたい。


「うん、今起きた。駈くん、今どこ?」

「家」

「何してるの?」

「風呂入ってる」


 お風呂にスマホ?


「乙葉が電話をくれるかと思ってさ。防水ケースに入れて持ち込んでる」


 やっぱり電話して正解だった。


「駈くん、明日も会える?」

「もちろん――最高、超萌える――明日は俺のうちに来る?」

「うん。じゃあまた明日の朝ね」


 ややマニアックな言葉はスルーして、私は電話を切った。


「乙葉……あんた……」


 呆然としたお姉ちゃんの言葉に振り向くと、家族全員がドン引きしていた。

 大地に至っては、石化している。



 いやいやいやいや、彼の趣味ですからねっ!!




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