2. モーニングコールって必要ですか?
朝、起きて一階に行ったなら、ちょうと父が出勤するところだった。
「おはよう。今日から休みじゃなかったか?」
「休みだよ。行ってらっしゃい」
玄関でお見送りして、リビングに入った。
うちのお姉ちゃんと大地が、仲良く朝ごはんを食べている。
私と同い年の田沢大地は、隣の家の子だ。
でも、平日にはうちでご飯を食べている。弁当もうちで作る。
小学生の時、大地のご両親が離婚して、大地はお父さんに引き取られた。お節介なうちの母親は手助けを申し出たらしい。最初の頃、大地のお父さんは必要ないと突っぱねていた。
だが、うちの母はそんな程度では怯まない。
ある日隣に乗り込んで、酔っ払って寝ている大地パパの頭をスリッパで思いっ切りぶっ叩いた。
曰く――我が子に何日もカップ麺しか食べさせてないとはどういう了見だ。できないならできないで人に頼れ。あんたのつまらないプライドで子供に苦労をかけるなーー
いや、あれは今でも近所の語り種だよ。
そして頭を下げる大地パパに、『うちに食費を入れて、貸し借りなしってことでどう?』 そう言った母、男前すぎる。
『おはよう』と声をかけると、お姉ちゃんと大地、そしてキッチンにいたお母さんまでもがあり得ないものを見たかのような顔をした。
「具合でも悪いの?」
お姉ちゃん、酷い。確かに休みの日は昼まで寝てるけど。
「目、覚めたから」
私はむすっと答えた。
本当のことを言うと、昨日、駈くんにモーニングコールを頼まれたのだ。
緊張しながら電話をしたのだけれど、駈くんの声は私よりずっとすっきりしていて、着信の前に起きていた気がする。
『モーニングコール、なくても大丈夫なんじゃない?』と、言ったら、『俺の声を聞きたいと思ってほしいから、毎日して』と、赤面ものの切り返しを受けた。
恐るべし、束縛願望。
「お姉ちゃん、出かけるの?」
三歳上のお姉ちゃんは、きれいに髪をまとめてお団子にしていた。専門学校も春休みだと思ったけど。
「今日はアルバイトのシフトが日中なんだ」
「あ、そうなんだ。大地は部活?」
「そう。お前は? どこか行くの?」
「あー、まだ未定。 お母さん、午後から友達呼んでいい?」
「いいわよ。愛里ちゃん?」
「ううん。かけ――白鳥さん。勉強教えてもらうの」
「白鳥さんって、文化祭前に毎晩あんたを家まで送ってくれた男の子?」
「そうそう。その人」
そう言えばそんなこともあったな。
駈くんと一緒に実行委員をやってたからね。
「噂のイケメン君?」
お姉ちゃんが話題に食いついた。
「ちょっと、見たい!」
「お姉ちゃん、バイトでしょ?」
「くーぅっ! そうだった」
「春休みに勉強すんの?」
大地が顔をしかめた。
「うちのコース、休み明けにテストあるの。それで今年の学費免除額が認定されるんだから、大地と違って切実なんだよ」
私が通っている私立高校は、特進科、普通科、スポーツ・芸術科の三つに分かれている。
私は特進科で学費免除を受けていて、今のところ公立校並みの金額で通っている。大地のようなスポーツ・芸術科の生徒は、入学から卒業まで特待生扱いだ。
「えっ? 授業料って、みんな同じじゃねーの?」
「違うよ。もう一年も通ってるんだから、自分の学校のシステムくらい覚えなよ」
「そんなの無駄知識」
「まあ、そうだけど……大地、あんたって本当にサッカー以外、興味ないんだね」
「んなこと、ねぇよっ! ――痛ぇっ!」
あっ、お姉ちゃんのデコピン炸裂。あれ、痛いんだよね。
「食事中にケンカしない」
お姉ちゃんが低い声で注意した。さすがの迫力。
「ハイ。スミマセン」
大地はもぞもぞと座り直して、私の方をチラッと見た。
「明後日、試合なんだ」
「……覚えてるよ?」
「あ、覚えてるならいいんだ」
これって、『応援に来てくれよな』の意味だよね。
駈くん、これも家族の用事に入りますか?
……後で訊いてみよ。