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1. 告白してみた

「白鳥さん、好きです。付き合って下さいっ!」


 三月二十五日、修了式の日。私、(たちばな)乙葉(おとは)は、一世一代の告白をした。

 場所は告白とタイマン殴り合いのメッカ、第二校舎裏、相手は同級生の白鳥(しらとり)(かける)だ。まあ同級生といっても、九月に一年間のアメリカ留学から帰ってきた、ひとつ年上の男子である。

 彼は、高い進学率を誇るこの高校においてでも、頭脳、容姿共にトップクラス。私のように、『標準かな~? あっ、右側から見たら可愛いかも』程度の女子高生に釣り合う相手ではない。

 そんなことは百も承知だ。


「えっ? えーと……橘さん?」


 白鳥さんが戸惑ったように、身長180センチの高みから私を見下ろした。

 うん。背が高いってカッコいいね。こちとら、身長まで平均値だし。


「君、俺のこと好きだったの?」

「ええ、まあ、はい……」

「あ……そうなんだ」


 珍しく歯切れの悪い白鳥さんの口調に、私は首を傾げた。


 これは、あれか。迷惑ってやつか。


 白鳥さんの無駄に整った顔を見つめながら、『そうだよな』と、思う。

 彼は顔立ちはクールだが、妙に優しい気遣いの人だ。今までクラスメートとして、比較的仲良くやってきた私を傷つけずにすむ言葉を探しているのだろう。


「ええと……スパッと言ってくれて大丈夫です。最初っから覚悟してますから」

「覚悟?」

「はい。今日はこれから愛里(あいり)とカラオケに行くんです。明日から春休みですし、新学期には気持ちを切り替えておくので、お気になさらず」

「ああ……そういうこと?」


 白鳥さんが不機嫌そうに腕を組んで、目をスッと細めた。気温が三度くらい下がった気がする。


「もう振られるものとして、自己完結してるわけ」


 そうですけど、それが何か?


 きょとんとした表情で見返すと、白鳥さんは深々とため息をついた。


「分かった。いいよ」

「はあ。……えっ?」

「カバンは教室?」

「いえ、玄関に。愛里が持っていて……あの、白鳥さん?」

「じゃあ、行こうか」


 白鳥さんが私の手首を掴んだ。

 けっして強い力ではなかったが、有無を言わせない強引さで引っ張って行く。向かう先は生徒玄関のようだ。


「松岡さん!」

 

 生徒玄関の入口から白鳥が声をかけると、下駄箱の影から私の親友である松岡愛里が顔を覗かせた。


「橘さんのカバンちょうだい」白鳥さんが言う。「それと、ゴメン。今日のカラオケはまた後日にして」

「えっ? 乙葉?」


 愛里が目を見開く。くりっとした大きな目がこぼれ落ちそうになっている。


「橘さん、今日は俺と帰るから」


 俺と帰る? なんで?


 脳内を疑問符がパレードしていく。


「俺たち、付き合うことになった」


 『え、えぇーーーーーーーっ?!』という愛里の大声と、その場にいた女子の『きゃぁーーーーーーーっ!』という悲鳴と、男子の『マジかっ!』という少し嬉しそうな突っ込みとが、生徒玄関に木霊した。

 当の私は、どこで交際が成立したのか、先程のやり取りをエンドレスリピートしていた。


 えーと……『いいよ』って、あれかっ! 短っ! 普通、もっと何かあるだろう。


「行くよ」


 白鳥さんは愛里からカバンを受け取って、そのまま自分のカバンと一緒に肩に担いだ。

 いつもなら、女の子の荷物を持ってくれる優しい人と思うところなんだけれど、今日は人質をとられた気分。


「あの、白鳥さん? ど、ど、ど、どちらに?」

「んー、とりあえずファミレス? 昼、食いながら春休みの予定を立てようか」

「予定って?」

「君と俺の予定。まさか、春休み中ずっと会わないつもりだった?」

「えーと……正直言って、何にも考えてませんでした」


 し、視線が痛い。


「うん。まあ、いいか。今日は初日だし」




 

 駅前の繁華街には、ファミレスやらファーストフード店だのが軒を連ねていた。

 白鳥さんが選んだのは、うちの生徒がよく行くファミレスだった。ざっと見渡しても、見慣れた制服姿がいっぱい。


 私は、日替わりランチメニューを選び、後はひたすら下を向いた。


「どうかした?」

 白鳥さんが訝しげに訊く。

「知り合いいるかと思って」

「は? 何を今さら。今までも一緒に来たことあるだろう?」

「あっ、そうか。そうだよね」


 嫌だなぁ。変に意識しちゃった。

 そうそう。前回は文化祭委員の打ち上げで、その前は体育祭のチームの祝勝会で、その前はクラスの何人かでーー


「――って、白鳥さんと二人きりで来たことはないでしょう!」

「そうだったっけ?」


 しれっと言う彼に、ちょっと落ち込む。私とのこと、いちいち覚えてないのかな。クラスメートとしては、けっこう仲がいいと思ってたのに。自惚れ、痛い。


「それよりさ、その『白鳥さん』って、やめない? カレカノなら、名前呼びが普通だろ?」

「じゃあ、(かける)さん」

「なぜ、さん付け?」

「年上だから?」

「なぜに、疑問形」

「うーん、だって、男の子を呼び捨てって馴染まなくて」

「あいつのことは呼び捨てじゃないか」

「あいつって?」

「サッカー部の」

「ああ、大地? あれは……幼なじみで、兄弟みたいなもんだから」

「兄弟、ね……それでも、他の奴が親しげに呼ばれてて、彼氏がさん付けとか、あり得ないよね」

「そうかな……じゃあ、駈……くん」

「………………」

「ダメ?」

「いや、いいよ……破壊力、半端ないな」

「……?」

「俺は『乙葉』って呼んでいい?」

「うん」

「乙葉」

「何?」


 白鳥さーーじゃなかった、駈くんがふわっと笑った。


「彼女がいるって、意外といいな」


 お、おう、彼氏がいるって、意外とこっ恥ずかしいな。


「春休み、毎日会いたい」

「ま、ま、ま、毎日ぃ?」

「あれ? 俺のこと、好きなんだよね」

「え? うん、うん、そう。でも、愛里と約束あったり、ね?」


 そこにウエイトレスさんが料理を持って来てくれて、話がちょっと途切れた。


「まあ、女の子の友情は大事だよね」

「男子だって男の友情、大事にするでしょ?」

「いや。彼女優先の奴、けっこういるよ」


 で、『爆ぜろ』と言われるのがステータス。と、駈くんは笑った。


「じゃあ、女友達と家族の用事以外は、全部俺と会う予定入れておいて」

「……駈くんにも用事、あるんじゃないの?」

「俺は全部君に合わせるから、いいよ」

「えっと、もっと軽い感じで付き合ってくれていいんだよ?」

「ごめん。俺、束縛されたいタイプなの」

「うわっ、まさかの依存体質?」

「ひいた?」

「……ちょっと」

「頑張ろうね」


 な、何を頑張れば?


「他にマニアックな性癖とかないよね」


 冗談めかして訊くと、『たぶん』という不穏な言葉が返ってきた。





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