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今回は簪ともう一人のお話です。
《十一着目》
京都のとあるデパート。
その日、最新のヒットソングが流れる店内を、簪は軽快な足取りで歩いていた。
「給料も入ったし、
欲しいもの沢山買っちゃおーっと! 」
彼女は、先日店長―袴から貰ったばかりの給料袋を握りしめ、福々とした表情を見せる。
そんなとき、
「お、嬢ちゃんじゃねーか。」
と彼女に、声をかける者がいた。
《十一着目 極道者(?)》
「こんなとこで会うなんて珍しいな。」
声をかけてきた男は、簪に向かってひらひらと手をふってみせる。
彼女はそんな男の姿を見留めると、表情を呆れ顔に直して、はぁ、と深いため息をついた。
「吸血鬼さんこそ、
ここでなにしてるんですか。」
そう、それは呉服屋の常連の吸血鬼だった。
彼は人に化けていたが、その見た目は翼と牙、瞳を除いて変化はない。
吸血鬼は簪の質問に、白い歯を覗かせながら、すたすたと歩み寄って、
「まぁ、ちょっと野暮用でな。」
と答えた。
対して簪は、
「誰のストーキングですか。」
と、どことなく黒い笑みを浮かべてみせる。
「いや、なんでそうなんのさ!
嬢ちゃんの中の俺のイメージって
どうなってんの!?」
吸血鬼は彼女の考えを必死に否定した。
が、それでも簪は、
「性犯罪者です。」
と、鬼の質問にきっぱりと答える。
いつもの正装ではなく、ゆったりとした私服を着た鬼は半泣きになりながら、
「ちょっ! 俺まだ刑務所に入るようなこと
してねーぞ!? 」
と簪の言葉にツッコむのだった。
「“まだ”ってなんですか、
今後する予定があるんですか? 」
「いや! ないよ! 」
そんなこんなの雑談の末、吸血鬼はこれ以上ありもしない罪状を並べられてはたまらないと、
「そうだ嬢ちゃん、
ここで会うのもなんかの縁だ。
適当に飯でも食いいこうぜ。
勿論、俺の奢りで。」
と簪に提案した。
簪は今の今までご機嫌斜めだったが、現金な彼女はその言葉にぴょこぴょこ跳ねて喜んだ。そして、思い付いたように言う。
「あ、ならもう一人もいいですか? 」
その言葉に、吸血鬼は呆れたような笑顔を浮かべながらも、
「ああ、いいぜ。
誰か友達と来てんのか? 」
と微笑ましそうに頷いた。
が、そんな和やかな雰囲気は
簪が
「いえ、友達じゃなくて………。」
といいかかったとき、背後から聞こえた
「おい、お前
わいの彼女となにいちゃついとんねん。」
という言葉で消滅した。
「みぎゃああああ!! 刺青者ーーー! 」
吸血鬼はあまりの驚きに、悲鳴を上げる。
そんな鬼を見下して、屈強そうな男は
「覚悟はできとんのやろな、兄ちゃん。」
とゴキゴキ指を鳴らす。
「覚悟ってなに!? コンクリ風呂に入る
覚悟なら一生できる気がしねーよ!?
あんたどこの組の人間!?」
吸血鬼は腰を抜かしながら、
必死に男に質問を投げ掛けた。
その質問には、ヤクザ風の男の横に立っている簪が答えた。
「彼氏です。」
「まじでか!? 」
吸血鬼は冷や汗をだらだらと流しながらも、
「嬢ちゃん、そいつと付き合うのは絶対
よくねーよ!
俺が誰か紹介してやるから、そんな
ヤクザと付き合うのは止めとけ! 」
と必死に説得する。
が、簪は首を傾げた。
「え? 彼はヤクザじゃないですよ? 」
「刺青! 刀傷! 悪人面!
そいつはヤクザ以外の何者でもねーよ!
逆にヤクザじゃなかったら何なんだよ!」
「ケーキ屋さんです。」
「最早嘘臭さを超越して嘘だよ! それ!
そいつがメレンゲ作ってるとことか、
全く想像できねーもん!!
むしろ作ってるのは犯罪歴だろ!! 」
そこに、話題に上がっている彼も、
「なんや、失礼な兄ちゃんやな。」
と乱入した。
「そないわいの作ったもんが気になるなら
ほれ、ここにあるで。やる。」
そして、鞄からスッと小さな包み紙を取り出して、吸血鬼に手渡す。
「お、おう………。」
吸血鬼はおずおずと頷いてそれを受け取った。
包み紙の中身は、手渡してきた極道男の見た目からは想像もできない、可愛らしい見た目のカップケーキだった。
恐怖を醸し出す男は、包み紙を開けた私服の鬼に「くうてみろ。」と目線を飛ばした。
鬼は自分が喰われてはたまらないと、カップケーキに口をつけた。
「ぐふぅ!? 」
そして、悶絶した。
「なんだこれ! 材料なに使ったんだよ! 」
悲鳴を上げる西洋鬼。
それに対して、簪は真顔で
「あ、それ新作のニンニクケーキですね。」
と答えた。
「もろ俺の弱点じゃねーか!! 殺す気か! 」
咳き込むストーキング常習犯。
そこに、かの男の声が入った。
「………なんや、うまないか? 」
男は嫌みではなく、素直にその質問をしているようだった。
しかし、魔界の犯罪者予備軍はそれには気づかなかったようで、
「いや、旨いわけねーだろ! 」
と精一杯の怒声を浴びせる。
ヤクザ風の男は少し黙った後、
「そか、じゃ、没やな。」
と頷いた。
「へ? 」
動きを止めて驚愕する鬼。
それに対して簪の彼氏は、落ち着いて言う。
「うまないケーキはいらんやろ。」
そして言うなり、吸血鬼が悶絶した際に落としてしまった包み紙を拾って、くしゃりとポケットの中につめた。
それでも疑問そうに見つめる鬼に、
男は少し言葉を付け足す。
「そないなもん作るくらいなら、
なんも作らん方がええ。
それがわいのポリシーや。
不味いもん食わせて
悪かったな兄ちゃん。」
それから、彼はそれを言い切ると、
簪に声をかけて彼はあっさりその場からさろうとした。
簪は、
「え、ちょっと待ってよ! カズくん!
あんなに頑張って作ってたのに!
それに、まだ………。 」
とヤクザ男―いやいや、粕田足斗に声をかける。
「ちょっまてよ!」
それに続いて鬼も言葉を投げ、
彼に駆け寄って、引き留めた。
鬼は言う。
「あんたの店の場所教えろや!
知り合い全員に宣伝してくっから! 」
そして、牢屋にギリギリはいっていない鬼は店名と場所を聞くと、それをメモ帳に走り書きして、飛び去るかのように、すぐに視界から消えた。
簪はそれを目にすると、
がっくりと膝をつき、
「まだ、奢ってもらってなかったのに! 」
と床を叩いて悔しがるのだった。
つづく