編集中6
今回はちょっと続き物になってます。
悪しからず。
《七着目》
ザザーッ……。
打ち寄せる波の音と、海鳥の鳴き声。
そして、
ジュワァー……。
と鉄板が小気味良い音をたてて、色付いた麺を焼き上げると、辺りには芳ばしいソースの香りが漂った。
その上に、鉄板とコテの擦り合う音が響けば、その香りに誘われて来た、水着姿の客たちが言う言葉は決まっている。
「焼きそば下さいっ!」
そう、そこは夏の聖地……。
海の家である。
そんな平和な浜辺に立ち並ぶ海の家の一軒では、こんな会話が交わされていた。
《七着目 海の魔物その壱》
「まっずっ!!! 」
中学生程に見える少女が顔をしかめてから、鉄板の前にに立つ顎髭を生やした男に話しかける。
「店長! また味が薄すぎますよ!
というか最早、味無いです!」
それに対して、店長と呼ばれた男は鉄板の前に立ち、手を動かしながら答えた。
「え!? ホントに?
今度は結構入れたつもりなんだけど……。」
「全ッ全駄目です!」
自信なさげに言う店長を、少女は腕で大きな×印を作って、一喝する。
そして、マシンガンが如き勢いで、喋りだした。
「大体、店長は味音痴過ぎるんです!
独り暮らしなのに、どうして料理もまともにつくれないんですか! それにどうせ不味いなら、もっとインパクトのある不味さにしてくださいよ! 食べたら昏倒するとか、火を吹くほど辛いとか、真っ黒焦げとか! 」
「……なんか、後半が違うような気がするけど……。簪くんは、私にどこに向かって欲しいんだ……。」
「目指せR-1です。」
「R-1って……私だけで出場しろと!?
せめてそこはM-1でしょ!? 」
そんな問答を繰り広げているのは、付紋呉服屋の店主の袴と、アルバイトの簪である。
なぜこの二人がここ―海の家にいるのかということは追々語るとして……、兎に角、二人は今、海の家にいる。
袴は、簪の勢いに圧倒されながらも、やんわりと頷いた。
「分かった分かった……。
直ぐに作り直すよ。」
だが簪は、ほうっと深いため息をつく。
「いや、もういいです、店長。
それよりも、暑いのでアイスでも
ダッシュで買ってきて下さい。」
「……君、日に日に私への対応が
荒くなってないかい?」
袴はもう、苦笑いを浮かべるしかなかった。
こんなやり取りがあれば、通常なら簪はクビにされてもおかしくないが、
それはそれ、袴は仕方ないのでアイスを買いに、近くの海の家に行くのだった。
*
「小豆アイスを二つお願いできるかな。」
袴は、片手で二のサインをつくりながら、店の奥で忙しそうに駆け回るスタッフに話しかけた。
スタッフは回収した食器を両手に持ったまま「はい、只今! 」と気合いの入った声を店の奥から飛ばす。
どうやら、この店では店頭での商品販売の他に、店内を利用して食事処もやっているらしい。
その証拠に、店内からはソースやカレーの美味しそうな香りが、店の外で待っている袴の元まで漂ってきていた。
(お昼ご飯もついでに頼もうかな。)
袴がアイスが来るのを待ちながら、そんな店員達の溌剌とした姿に見入っていると、そこに。
「はははっ! どうだ、俺の店は!
貴様の店と違って繁盛してるだろ!
俺の勝ちだ! 付紋袴! 」
という威勢のいい声が後ろから響いた。
それに対して、
「あ、羽織くんも来てたんだ。
今日は暑いね、調子はどう?」
袴はゆっくりと振り向いて、笑いかける。
「なっ! なんだよ、その反応!!
お前は負け犬だっていってんだよ!
分かってんのか!?」
声の主、羽二重 羽織は苛々して叫んだ。
が、袴はというと
「君、海の家の経営なんてしてたの?
あ、それとも転職したの?
言ってくれればお祝いしたのに……。 」
と微笑んでいる。
そして、当然と言えば当然、
羽織は更に苛々して、袴に拳を降り下ろすのだった。
「てんめぇ……! 舐めてんのか!?」
それでも、
「え? なんのこと? 」
と袴は、羽織が降り下ろした拳を片手で受け止めながら、ポカンとしていた。
羽織は袴と同じく、京都で呉服屋を経営している店長である。
強いて、袴と違う点を挙げるとしたら、袴の店が京都の外れにある、知ってる人は知っている、知らない人は覚えてね! という知名度がない店であるのに対して、羽織の店は中心地に陣を構える、名店中の名店であるということだろうか。
とにかく、この羽織という男はなぜなのか、袴に妙な対抗心を持っているのだった。
「俺はお前に全てにおいて勝っている、
それを証明するために、ここにきたんだ!」
羽織は右拳を袴に手中に収められながら、ギラギラと闘志の滾った瞳を袴に向ける。
両者の間につかの間の沈黙が生まれた。
―羽織は思う。
( 怯えて声も出ないか! )
―袴は思う。
(元気でいいねぇ。)
そう、この二人の間の空気が張り詰めたものではなく、なんとなく生温いものだったことはいうまでもない。
そして、その沈黙は
「て~ん~ちょ~う~!! 」
という声により、終わりを告げられた。
続く