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五着目
その日、吸血鬼は袴の様子が気になって付紋呉服屋に立ち寄った。
(最近忙しそうだったし……体調崩したりしてねーといいけど……。)
そして、普段のとおりに店の引き戸を二度軽く叩いて、がらりと戸を開いて言う。
「やあ、元気にやってるかい? 袴の旦……。」
が、そこにいたのは袴ではなく、中学生くらいに見える少女だった。
「……は?」
吸血鬼は、絶句した。
《五着目 アルバイト》
「えーと…嬢ちゃんは……?」
吸血鬼はおずおずと少女に話しかける。
一方の少女は返事をする様子もなく、無表情にじーっと吸血鬼を見つめていたが、急に血相を変えて叫んだ。
「ば…ばばば…化け物ぉおおおお!!!!
誰かぁ!助けてくださいぃ!!!!」
「えっ、ちょっ!まっ!」
吸血鬼はあまりに突然の事態に困惑する。
が、少女は吸血鬼の制止を振り切り、店内を叫びながら全速力で駆け回った。
まぁ、それもそのはず、吸血鬼は普段、人前に出るときは人に化けているのだが、今日は袴に会うだけだと思っていたので、そのままの格好で来てしまっている。
そのため、彼の背には巨大なコウモリの翼が生えているし、獣のような牙も見えてしまっている。
……つまり、驚いて当然なのだ。
「じょ、嬢ちゃん! 一旦落ち着こう! な!
話せば分かるから!!
おじちゃん、なんもしないから! ね!」
パニクり過ぎて、実年齢が割れそうな見た目年齢二十代後半のキザ男。
まぁ、でも、
化け物に落ち着けと言われても無理な話で……少女は落ち着かなかった。
なので結局は、吸血鬼は説得を諦めて、少女の口を無理矢理にふさぐ。
「叫ばないで! 近所迷惑だから! ね!」
少女は涙目で抵抗するが、抜けられない。
吸血鬼が安堵したそのとき、
後ろから飛び蹴りが飛んできた。
「この犯罪者がぁああああ!!!!!」
勿論、言うまでもなく、その蹴りは袴によるものだ。
「ぐぼし!??」
吸血鬼は凄まじい勢いで床に叩きつけられた。
少女は吸血鬼の手を離れ、袴に抱きつく。
「店長っ!」
「大丈夫か、簪くん。」
袴は少女の頭に手を置いた。
そして、置いていない方の手で着物の袖からスマホをすっと取り出して、ピピピとボタンを押すと、耳元に持っていって、言った。
「あ、警察ですか? 今、家に変質者が…。」
「ちょっ、ちょっとぉおおお!?
旦那ぁああ?!」
吸血鬼は少女以上に涙目になりながら、袴の手からスマホを奪い取るのだった。
※
「で、この犯罪者予備軍さんは?」
少女が唾を吐き捨てながら言う。
「ちょっ!? 態度! 態度変わりすぎじゃね!?」
吸血鬼は最早泣いていた。
袴は少女に真顔で言う。
「ストーカーナルシーさんだ。彼は世界変態選手権の優勝候補なんだ。」
「なるほど。」
少女はこっくりと頷いた。
吸血鬼は速攻でツッこむ。
「違うから!! そんな如何わしい選手権ないし!
てか、嬢ちゃんなんで納得してんの!?」
で、今度は吸血鬼がマジ泣きしながら聞く。
「袴の旦那、その嬢ちゃんなんなんだよ。」
袴は少女と目を見合わせてから言った。
「彼女は昨日からうちのバイトに入った、
《玉結 簪(たまむすび かんざし)》くんだ。」
(アルバイト……!?
ってことはこの店に通ってるってことか!?)
吸血鬼は慌てて少女に言う。
「駄目だよ! このおっさんと一緒にいたら! 危ない宗教団体に入れられちゃうから!!」
これに少女は笑顔で答えた。
「心配ありません、もう入信済みなので。」
「手遅れだった……!」
吸血鬼は、床に手をつく。
簪は吸血鬼の反応を気に止める様子もなく、袴に目を移してイキイキと言う。
「このお店、変なお客さんが来るみたいですが、これからも精一杯頑張りますので、宜しくお願いします!」
「無視か!」
吸血鬼が吠える。
袴は簪の目をしっかりと見て笑った。
「簪くん、共に着物道の頂点を目指そう!」
「着物道ってなにさ!?」
吸血鬼は頭を抱える。
「はい! 師匠!」
少女はにっこりと笑い返した。
「だから! この人は見習ったら駄目な人なんだってばぁああ!!!!」
吸血鬼は、完全に蚊帳の外に出されていましたとさ。
続く