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おまけ

《二十八着目》


 そんなこんなで、魔界に引っ越してきた呉服屋一向。環境は大きく変わった。しかし、黒く淀んだ朝の来ない町でも、(はかま)は今まで通り店先に暖簾を掛ける。


「さてと、今日も頑張るか」


 もしかしたら地上のゴタゴタも、世界を揺るがす侵略も、この店主には関係の無いことなのかもしれない。そして、そんな彼に雇われている少女もまた、その後ろで危機感のない声を上げた。


「店長! 今日は初日ですし、張り切って売り込まないといけませんよ! 出来る限りお金持ちと交渉して、がっぽり搾り取るんです! 」


 普段とは打って変わって情熱的な言葉に戸惑う店主。


「え、うん………? そうだね、どこに行こうか? 」


 その背中を押すように彼女は目を輝かせて遥か上方にそびえ立つ城を指差す。


「勿論、魔王城ですよ! 」


 袴が彼女の指先を追って見上げた先には、山に半分隠れた城の巨大なシルエット。素人見にも、あそこに住んでいる怪異は「金持ち」に違いない。ただ、袴は苦笑いを浮かべた。


「………(かんざし)くん、あのさ、アレってもしかしなくてもエレベーターとか無いよね? 徒歩だよね? 」


 簪は店主の言葉の意味が分からないのか、純粋な目をして首を傾げる。


「ええ、多分そうじゃないですか? 何か問題ですか? 」


 店主はそれですでに彼女の考えが分かった気がしたが、いちよう、念のため、息混じりに聞いた。


「君ってついて来る気ある? 」


 当然、彼女の答えは予想通り。


「え? 嫌ですよ。店長だけで行って下さい。店番してますから」


「ハイ、行ってきます………」


 結局、店主は長い長い階段を渋々上ることになる。


《二十八着目 おまけ》


 黒いマントを身に纏った白髪の男は、巨大な影の前に立って、銀色に輝く剣を突きつけた。


「そろそろ、決着をつけねぇとな」


 彼の目には決意が灯り、その全身からは濃い闇が吹き出している。誰が見てもただならぬ雰囲気。しかし、彼の目の前にどっしりと腰掛けたそれは、そんな威圧を嘲笑うように言葉を紡ぐ。


「決着? そんなものは数百年前についているだろう。それとも、まだ死に足りないのか? とんだ馬鹿息子だ」


 そして、巨大な影はゆっくりと立ち上がり、自身の横に置いていた巨大な大剣の柄を握った。持ち上げられただけで城全体を揺らす程の重量感、世界を包み込む程の魔力、それは正に《魔王》と言うに相応しい。小さい影は歯を食い縛り、足が後ろに向かないように声を上げる。


「決着は、どっちかが消えるまで着かねぇだろ。少なくとも、あんたが世界征服なんて夢物語を語るうちはな」


 だが、緊迫した空気を破ったのは、予想だにしない言葉だった。吸血鬼の背後、魔王の正面の扉が開いて、気の抜けた声がする。


「こんにちはー。こちらに魔王様っていらっしゃいます? 私、魔王様に用事があって来た者なんですけど」


 吸血鬼は途端に青ざめて、後ろを振り返った。


「………って、旦那!? なんで!? 」


 こんな聞きなれた声を間違える筈が無い。案の定、彼の背後に立っていたのは呉服屋店主、袴である。袴は魔王の姿を認めると、吸血鬼の心配をよそに平然と魔王の前に歩き出し、持っていた風呂敷を開いた。


「なんでじゃねぇよ。私は根っからの商人だぞ、人様の家に来る理由なんてひとつだろ」


 吸血鬼は慌てて店主の前に立って肩を掴み、その体を前後に激しく揺らす。


「はぁ!? まさかの売り込み!? 馬鹿じゃねぇの!? ここに人間が来るなんて、自分を食べて下さいって言ってるようなもんだぞ!? 」


 店主はそんな吸血鬼の手を邪魔そうに振り払って、彼の胸ぐらを掴んだ。


「簪くんに行けって言われたんだから仕方ないじゃん。それよりここ、エスカレーターくらい付けろよ、不便過ぎ」


 心配したのに無視され、挙げ句、自宅に文句まで言われる始末。吸血鬼は思わず涙目になる。


「あんた店主だろ、なんでアルバイトに命令されてんの!? それと、俺飛べるからそういうの要らないんだよ! 」


 まぁ、そんなものでこの悪魔が反省する訳もなく、彼は舌打ちをして、吸血鬼の体を前に突き飛ばし、立ち上がり、関節を鳴らしたんだけども。


「とりあえず、商売の邪魔だからどっか行け。さもないと、殺す」


「どっか行けって、どこに行くんだよ!? ここ自宅なんだけど!? しかも殺すの!? 慈悲は!? 」


 そして、既に泣いている吸血鬼の後ろから、魔王が重い声を発する。


「貴様、ここまで上ってきたということは、わしの部下にも会ったのだろう? 奴等をどうした? 」


 対して、袴の声は軽かった。


「部下? ああ、あの感じ悪いお手伝いさん達ですか? 殴ったら寝ましたけど? 」


 魔王軍でも地位のある、魔王直属の精鋭部隊は殴ったら寝たらしい。吸血鬼はもう、考えることをやめた。


「旦那、暴力反対だぜ。」


 あからさまな呆れ顔をする吸血鬼に、袴はため息をついて首を降る。


魔界(ここ)では力ずくで売り込んでも正当だって言ってたのお前じゃねぇか」


 そして、責任はやっぱりこちらに飛んできた。吸血鬼は袴の言葉に胸を刺されながらも、必死に主張する。


「そうだけども! まさか人間がそれをやるとは思わないじゃん! そんで、できるとは思わないじゃん! 言葉のあやってやつじゃん! 」


 しかし、その直後、二人が会話を続ける焦れったい空気を魔王の重い剣擊が破った。突風を伴って振り下ろされたそれは確実に、袴がいた場所を引き裂き、


「本当に馬鹿な奴だ。人間も、お前もな………」


 持ち主は余裕の言葉を吐き出す。吸血鬼は下唇を強く噛んだ。


「てめぇ!! 」


 強者の傍若無人な支配。それは彼が一番憎んでいたものに他ならない。しかし、武器を握り直し、切りかかろうとしたその瞬間、二人の間の亀裂から、ひょっこりと袴が顔を出す。


「え!? 」


 そして、次の瞬間、空中で途中停止する吸血鬼の足を掴んで、魔王に投げつけた。


「まぁ、挨拶はこれくらいにして、さっさと商売の話にしましょう」


 それから、袴が取り出したのは、自分が中に着ているものと変わらない、白単色の着物である。彼は裂け目からなぜか出てきた狼男にそれを被せて饒舌に語った。


「こちら、うちの看板商品、《対魔内着》です。ありとあらゆる魔力を無効化し、犬に着せることで生類憐れみの令を出さずとも犬の保護ができます。いかがでしょう」


「旦那、それ、犬違う」


 それはもう、地面に叩きつけられた吸血鬼がツッこんでも止まらないほど。結局、三十分ほどのコマーシャルの後、ぽつりと魔王が呟く。


「それ、一年保証つけていくら? 」


「保証は標準装備しております! 」


 こうして、世界は平和になった。


「ええ!? なんで!? 」



《おしまい。》

長らくお付き合いありがとうございました!

最初に書き始めた作品なのに完結は三番目という謎。それも含めてコメディっぽかったと思います。それではまたどこかで!

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