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迷惑

《十六着目》


やっとの想いで肝試しに使う道具の修繕を終えた呉服屋店主―はかまは、


「こんなに大変なら、かんざしくんにもっときつく言っておけばよかった。」


などと小言を言いながら、風呂に浸かっていた。既に時刻は午前二時を回り、辺りはしんと静まり返っている。聞こえるのは自身の言葉と、風呂の扉にかかったタオルから落ちる水滴の音くらい。


なので、心底びっくりした。


「店長ー、今日は泊まりますからねー。」


という扉の外から聞こえた声に。


《十六着目 迷惑》


「え、ちょっ、簪くん? なんでいるの? 」


店主は頭の上に乗せたタオルが落ちるほど、勢いよく扉の方を振り向いた。

そんな焦った店主の様子とは裏腹に、扉の外の声は平然と答える。


「彼氏とケンカしたので泊めてもらいに来ました。」


しかし、その答えに店主はすんなり頷ける訳もなく、


「いやいや、おかしいでしょ! なんでさも当然の様なの? ここは君の仕事場であって、実家では無いんだよ? 」


と言ってぶんぶん手を横に振る。

まぁ、扉の向こうにいる簪には見えていないんだけども、とりあえず、店主の動揺と反論は簪に伝わったらしく、答えが返ってきた。


「堅いこと言わないでくださいよ。それとも、か弱い乙女を一人寒空のもとに放り出す気ですか? 」


「いや、ビジネスホテルにでも泊まればいいじゃん。」


店主は湯の中に落としてしまったタオルを拾いながら言う。

しかし簪は扉の外から声を張り上げた。


「お金かかるから嫌です。」


これには袴も、議論をしても無駄だと分かり、「泊まるな」とは言えなかった。



そんなこんなで簪を泊めることになってしまった袴は、致し方なく風呂からさっさと上がって、座卓の上に酒とつまみを並べ、


「一杯やって寝ようと思ってたのに。」


と本音を溢しつつ簪の向かいの席に座った。

一方の簪は、ちょこんと座布団に座って、じっと期待したような目で袴を見つめている。

その視線に気づいた袴は、しょうがないので持ちかけた徳利とくりを下ろして、簪が待っているであろう質問をした。


「で、なんでケンカしちゃったの。」


「それがですね。」


よほど話したかったのか、簪の返答は驚くほどに早かった。そして話すのも。


「カズくん、もっと早く帰ってこいって元々五月蝿かったんですけど、最近になってそれがもっと酷くなって。七時半には帰れとか言うんですよ。おかしいじゃないですか。」


袴は興奮した簪の話に頷きながらも、


「まぁまぁ、粕田かずたくんに限らず、この辺は門限とか元々厳しいし、それにほら、最近は女性の失踪事件とかあって物騒だから。 」


と彼氏の方の考えを代弁してみる。


実際、よねさんから聞いていた行方不明の話がこの数日で失踪事件だと正式に判断され、この町での大きな話題になっていた。


しかしそんな袴の言葉は聞こえていないのか、簪は苛立ったようすのまま続けたので、袴は仕方なしにそれに耳を傾け、頷いていたが、


「凄くしつこくて、それで、私、あいつを殴っちゃって………花瓶で。」


という言葉で事態は一変した。

店主は青ざめた顔で簪に尋ねる。


「………簪くん、いつから殺人事件の話になったんだっけ? 」


だが、簪には察するということができないのか、はたまた人の心をどこかにポイ捨てしてきたのか、彼女はいけしゃあしゃあと答えた。


「え? ずっと彼氏とのケンカの話ですけど。 」


「うん、知ってる。知ってるけど、ケンカでは絶対に出てこないワードが聞こえた気がしたから。そっか空耳か。 」


袴は自分を納得させるように、うんうんと何度も頷く。

簪はその様子を見て、店主が自分の話をよく聞いてないと思ったのか、体を乗り出して、店主の肩を二・三度叩いてから、続けた。


「で、続きなんですけど、そのあとカズくんの頭から血が流れてたから、あ、これめんどくさいことになりそうだな、と思って逃げてきたんですよ。」


その言葉に店主は、


「空耳じゃなかった!!」


と絶叫するしかなかった。


「ガチで殺人事件発生してんじゃん! 」


しかしそれはそれ、簪は落ち着いた口調で言う。


「大丈夫です、死んでませんよ。元気に自分の血で「かんざし」って書いてましたから。」


「それ、リアルなダイイングメッセージ! 」


袴は酷く怯えたが、こんな事件性のある話を無視するわけにもいかないので、何とかしようと、


「それで、倒れた粕田くんは遺棄してきたわけ? 」


と聞いてみるが、


「遺棄ってなんですか、別に死んでませんよ、血を流しながら、白目向いて寝てるだけです。」


「あ………。(察し)」


事態は既に出遅れであった。


そんなヤバイ会話をしている呉服屋の戸を叩く間の悪い奴がいた。


「旦那ーいるー? 」


もはや声をきくだけでも分かる。

毎度ふらりと現れる吸血鬼である。


吸血鬼は常連というだけあってか、袴の返事がなくても暖簾のすでに外れた店の、敷居を跨いで、さも当たり前のように奥の居間にいる袴に、


「いい酒が手に入ったから、一緒に飲もーぜ。」


と高価そうなワインを掲げながら言った。

口には洒落た赤いハンカチをくわえている。

なんというか、どこまでもマイペースな怪異である。

しかしそんなお気楽野郎も、居間の通夜のごとき雰囲気には気づけたようで、


「て、あれ? なんかあったか? 」


と聞いてきた。


「それがだな………。」


そう聞かれた袴は、どうせだからこいつも巻き込んでやろうと、この事態を説明するのだった。


続く!

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