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はんたーの本心

《十五着目》


「今日のお昼はなんじゃろなぁ。」


ふっくらと膨れた白い毛玉が、ベッドの掛け布団の上で仰向けになりながら、そんなことを言う。


「なんでお前がいるんだよ。」


その様子を横目に見ていた矢原やばらは大袈裟なため息をついた。


《十五着目 はんたーの本心》


こないだ成り行きで助力を頼んだせいで、彼はこの変な犬に取り憑かれてしまっている。


狛犬・御霊みたまは、そんな不快感を滲ませる矢原の言葉に弾かれるように、ぽんっとベッドの上から跳ねると、


「なぜとは失礼な! わしは師匠じゃぞ! 」


と言って矢原が座っている椅子の横に来て、きゃんきゃんと吠えた。

しかし、矢原はその様子を冷たい目で見ながら、


「だったらもっと師匠らしいことしろよ。」


ともう一度ため息をつく。


実際この犬、矢原の師匠を騙ってはいるが、まるで何かを教える気配は無く、日がな菓子を貪り食っているのだ。しかもここに来てからというもの、矢原の家の冷蔵庫や戸棚からそれを持ってくるので、矢原のふところは急速に淋しくなっていた。


だが、師匠にはそれを反省する様子はなく。


「昼間からブラブラしとるお前さんに言われたくないわ。」


と嫌味さえ言う。


そして、こちらも事実である。


矢原は今日も昨日もその前の日も、どこにも出掛けずに、この部屋で怪異特集の雑誌をぺらぺらとめくっているのだ。


狛犬はにやりと何かを見透かしたような妖しい笑みを浮かべて、言う。


「お前さん、実際は怪異はんたーなどではなく……… Not in Education, Employment or Training じゃろ? 」


その言葉に矢原は、


「いや、フツーにニートって言えよ! 俺はニートじゃないけどな! 」


と全力でつっこむのだった。

しかし、自称・癒し系のぽっちゃり師匠はその笑顔を止めない。それどころか、いきり立つ矢原をからかうように、


「ニートは皆そう言うんじゃよ。」


と言って背中に飛び付いた。

矢原はそれを振り払いながら、


「『犯人は皆そう言う』みたいな言い方してんじゃねーよ! つーか、ニートは就職活動もしてないんだから、『僕ニートです』とか平然と言いそうだし! 」


とロングツッコミ。


「じゃあ、なんなんじゃ? 」


ベッドの上に再び飛び乗った師匠は高速横回転をしながら、矢原に問いかける。

矢原はそのぬるぬるした奇妙な動きに苛つきながら、


「学生だよ、大学生! そんで、今は夏休みなんだよ! 」


と答えた。


その答えに、まるっこい毛玉はふむふむと納得したように頷く。


「ほう、夏休みか。では詰まるところ、お前さんの悩みは『やっべ、宿題おわってねぇ! 』というやつじゃな。」


どうやら大分解釈がずれてるようだが。


「俺は小学生か! 後、その悩みだったら修業とかしてる場合じゃなくね!? 」


矢原は適当すぎる師匠の結論に、頭をかきむしり、奇声をあげる。

しかし、そんなことなど気にならない御霊は、


「それもそうじゃのう、わしがみてやるから、さっさと終わらせるんじゃぞ。」


と優しく語りかけた。


「いや、だから、違うっていってんだろ! 」


矢原の訴えは、風の前の塵に同じだった。



なんやかんやあったが、夏休み宿題論争は矢原がベッドの上に倒れこむことで収束した。

流石の毛玉も潰されていては、好きに行動できないようだ。

そうやって、(物理的に)背中で師匠を黙らせながら、


「就活とかの関係で、この夏が俺が正しいことを証明する、最後のチャンスなんだよ。」


と矢原は天井を真っ直ぐ見上げて、深刻そうに説明する。


「昔から、この左目に悩まされてきたんだ。大事なときに急に痛みが走ったり、視界が真っ暗になったりした。そして、その原因は中学のときにやっと分かったんだ………力の暴走だと。」


「いやそれ、眼病じゃろ。」


師匠は眼科のチラシをくわえて突き出したが、矢原は無視して続ける。


「それが分かってから、俺は教師やクラスメートにこの力への理解を求めた。だが、誰一人信じてくれなかった。俺は抜け出せない闇のなかだった。」


「いや、眼科と精神科に行けば解決する問題じゃぞ。」


師匠がくわえているチラシはいつの間にか二枚に増えていた。


「俺はこの左目に問いかけた、どうしたらいいかと。」


矢原はすっと立ち上がる。


「じゃから、 治療と美味しい食事で直ぐに解決じゃって。 」


師匠もベッドを下りて、矢原の隣に移動した。ちなみにくわえているチラシは三枚に増殖しているが、一枚はステーキハウスのものである。

しかし、師匠の言葉は右から左に抜けていくようで、矢原は続きを語る。


「そのとき俺は初めて、自分の左目に宿る獣の声を聞いた。」


「空耳じゃな。」


狛犬は四枚のチラシをくわえて、矢原を見上げる。どうでもいいことだが、四枚目は評判の高い耳鼻科のチラシだ。


「『愚かな人間どもに証明しろ』奴はそういっていた。俺はいま、その言葉を実行するために行動している。」


矢原はそう言って口を閉じ、三日間持つことをしなかった手提げとカメラを手にした。


「む? 何処かに行くのか? 」


毛玉は尻尾を振る。

矢原は師匠の方を見ることなく、


「俺は怪異ハンターだぞ。行くところは決まってるだろ。」


と言って玄関の扉を開けた。

御霊はまるっこい体を弾ませるように、その後を追う。


彼の机の上には、『謎の失踪事件、女性の行方は。』という記事が広げられていた。


続く!

今回は矢原はんたースペシャルでした!

余談ですが、狛犬は口が空いてる方が雄、閉じてる方が雌だそうです。雄が開けた口で幸運を呼び込み、雌が閉じた口でそれを逃がさないとか。

なんか通気性悪そうですよね、ではあでゅー!

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