不穏の幕開け
ちょいシリアスです。
《十三着目》
ズズ………ズズ………。
既に刻は丑三つを回り、静まり返る都の石畳の上を、なにかを引き摺るような音が伝っていく。
音の前を歩いていた足音は、それに勘づき走り出した。
しかし、駆けても駆けても、奇妙な音は遠ざからない。それどころか、段々と大きくなっていく。
………後には、女の片方の靴だけが転がっていた。
《十三着目 不穏の幕開け》
「簪くんが手伝ってくれるといいんだけどなぁ………。」
袴はそんな小言を言いながら、いつもと変わらず、店先を竹箒で掃いていた。
現在の時間はまだ七時を回ったところで、店前の人通りは少ない。
そこに、
「あ、袴ちゃん! いたいた! 」
と焦ったような声が飛び込んできた。
朝に挨拶以外で声をかけられることは珍しかったので、袴は首を傾げながら、声の方を向いた、そこには、
「ねぇ、この人知らない? 」
と写真を突き出してくる、染屋の米さんの姿があった。袴は昨日の面倒な怪異オタの一件があったので、写真というものを目にして苦い表情を浮かべる。
しかし、ぐいぐい押し付けてくる米さん相手では分が悪く、仕方なしに袴は写真を手に取るのだった。
それは顔の輪郭に沿って作られた、変わったピースサインをしている、若い女性の写真だった。(こういうのを小顔ポーズとか言っただろうか? )
「見たことないですね。」
袴は写真を暫し見つめてから、そう言って、米さんに写真を返す。
「そう、袴ちゃんも見てないの………。」
米さんは、袴のその返答にすっかり肩を落としてしまったようだ。
その様子に、袴はこのまま「はい、そうですよ」と繰り返すのはなんだか心苦しいような気がして、
「なにかあったんですか? 」
と米さんに聞いた。
するとなんでも、彼女曰く、
「いやね、この子は私の親戚なんだけど。
昨日の夜に会う約束をしてたのに、
電話をしても出ないし、家にも居ないから心配なのよ。」
ということだった。
袴はその話に、ふむ、と頷いてから、苦笑いを浮かべて、
「なるほど、しかしですねぇ………。
このくらいの若い子なら、時には約束を忘れて遊んでることもあると思いますよ。」
と米さんを慰める。
しかし、米さんはまだまだ心配が尽きないようで、袴の言葉の後、深いため息をついた。
そして急に思い付いたように、
「袴ちゃん、仕事の合間でいいから、この子を探すのを手伝ってくれない? 」
と言って袴の手を、両手で包み込むように握った。
袴は、断る理由も無かったので、素直に頷き、言う。
「ええ、私の方でも探してみます。」
※
「で、受けちゃったんですか。」
と椅子の背もたれにぐっと寄りかかり、頬を膨らませるのは簪である。
「相変わらず、米さんに弱いですねー店長は。」
「いや、別にいいでしょ?!
君に押し付ける気はないし………。」
袴は足を組んで座る簪に、苦笑いを浮かべながら言う。
しかし、その少し距離を取ったような袴の態度に、簪は更に苛立ちを露にした。
「良くないですよ! 考えても見てください。この店の営業時間の合間っていつなんですか! 」
袴は簪の勢いに押されながらも、ぼそぼそと彼女の質問に答える。
「午後8時~朝の7時だけど………? 」
「その時間、本当に店閉めてます?
閉めてないですよね? というかむしろ、その頃からがこの店の掻き入れ時ですよね? 」
簪はここぞとばかりに勢いよく、袴に言い迫った。
「…………。」
袴は彼女の言葉に言い返すことが出来ず、というか、言い返したら恐ろしいことが起こりそうな気がして、言い返さなかった。
押し黙る店主に、バイトは更に言い放つ。
「つまり、ですよ。
店長が営業時間外に外出=利益の減少=私の給料の減少
じゃないですか!! 」
「え、問題そこなの!?
大丈夫だよ! 給料はちゃんと出すから! 」
「給料増やして下さいよ!! 」
「あれ!? いつのまにか、給料への苦情になってる!?」
「倍にしてください!! 」
「しかも要求高っ!? 」
「後、仕事の時間減らして下さい!
いや、むしろ給料だけ下さい! 」
「どこの特権階級!? 」
そしていつものように、彼女の暴走に袴は頭を抱えるのだった。
そんなカオスな呉服屋に、
がらら…………。
と戸を開ける音が響いた。
ちなみに、現在の夜9時である。
(簪くんの言う通りじゃん………。)
そんなことを想いながらも、店主は普段と変わらず和やかに、戸の方に声をかけた。
「ああ、いらっしゃい。」
その日、戸の前にいたのは古びた灯籠だった。
表面には苔が生え、そこらじゅうにひびが入っているその灯籠の中には火の代わりに、なにやら青白いものが灯っている。
「なにかお探しですか? 」
不気味この上ないやつではあるが、ここは怪異が平然と毎日のように訪ねて来る店。さすがは馴れたもので、アルバイトの簪はにこやかに客に話しかけた。
が、客はじっとしていた。
ずーっとじっとしていた。
………三時間くらい。
「て!! いい加減にしてくださいよ! 」
簪は痺れを切らして、客に掴みかかる。
「いつになったら動くんですか!
動かないなら外に投げ捨てますよ! 」
そんなバイトに、店の奥の襖を開けて、顔を覗かせた店主は後ろから声をかける。
「やめなよ、簪くん。
石の上にも三年っていうでしょ?
ゆっくり待とうよ、十年くらい。」
のったりとした店主の言葉に簪は振り返り、怒りをぶつける。
「なにいってるんですか!
石の上に三年いるって、それ三年を無駄に過ごしてるだけですから!
というか、なんで客いるのに寛いでるんですか! なんで寝巻きなんですか! なんで片手に煎餅持ってるんですか! 」
「簪くんも食べる? 」
「一枚下さい! 」
と、そんな会話をしているとき。
簪は不意に異変に気がついた。
「え………? 」
灯籠を掴んでいる手を中心に、自分の体から小さい青い炎のようなものが無数に、灯籠の火に向かって吸い込まれていっているのだ。
「うああああ!! 」
その異常な光景に、簪は涙目になる。
そして、
………灯籠を蹴り砕いた。
「簪くんどうかした? 」
そこに、音を聞き付けた店主が急ぎ足で駆けてくる。
「………。」
簪はうつむいていた。
「簪くん………? 」
店主は簪の顔を覗きこんだ。
すると、ぷるぷると震えてから、彼女はすっと顔を上げる。
「いえ………なんでもありませんわ……。」
円らな瞳を店主に向けながら。
「絶対になにかあったよね!? 」
店主はドン引きして後ずさった。
そのとき、こつんと足になにかが当たる。
「ん? 」
袴が拾い上げてみると、それは女物の靴だった。
「なにこれ。」
袴がまじまじとそれを見ていると、
後ろから声がする。
「では、私はこれで………。」
後ろには帰り支度を整えた簪がいた。
「え? ちょっ! 帰るの!? 」
「なにか問題ですか………? 」
「色々ありすぎて、これとは言えないよ!! 」
※
この謎状態は、三日くらい続いたが、実は叩けば直ったのでは? と店主は思っている。
続く!
今回の~妖怪は~! 鬼灯籠です。
人の魂を吸って火を保つとか、保たないとか。