狛犬
今回は矢原くんのお話です!
お楽しみに!
《十二着目》
「くそっ、なんでだ! 」
矢原は勢い良く、小石を蹴飛ばした。
「僕の写真は完璧だった!
なのに、なんで! 」
そして、握りしめた朝刊をくしゃくしゃに丸めると、山の方に放り投げる。
木の枝に引っ掛かり、
めくれたその一面には
“写真は捏造! キュウリアート! ”
という見出しが踊っていた。
「あれがキュウリなわけないだろ!
てか、あんなクオリティーのやつがつくれるんなら、野菜アーティストになってるわ! 」
矢原は自作の黄色いひよこちゃんバッグをバシバシ蹴る。
そこに………。
「少年、力が欲しいか? 」
と静まり返った山に響く声。
少年は目を丸くして、後ろを振り返る。
《十二着目 狛犬》
「あんたは………? 」
矢原は恐る恐る口を開いた。
そこにいたのは、
「わしの名は“御霊”、
そこの神社の狛犬じゃ。」
そう、喋る白犬だった。
ちょっとBMI値がヤバそうな犬―御霊は言う。
「少年、悩んでおるようじゃの。」
矢原は頷いた。
そして、
「ああ、そうなんだ。
僕は怪異の存在を証明しようとした。
そして、証拠も見つけた。
だが、ボンクラどもは
それを………!」
と言って唇を噛む。
「それは災難だったのう。」
矢原の悲痛な訴えを、御霊はうんうんと寛大に聞き届けた。
それから、こう告げる。
「少年よ。わしが力になってやろう。」
矢原は、え、と短い声を上げて、
暫く沈黙したが、狛犬の方に真っ直ぐ向き直り、言う。
「頼む……! 」
犬はモグモグと器用に両前足で焼き芋を抱え、それを咀嚼しながら、「うむ」と頷いた。
「よし、そうと決まればまずは修業じゃ! 」
「え? なんでだよ!? 」
「展開に困ったら修業編を入れるのが
王道じゃろうが!! 」
「どこの売れない漫画家の発想!?
つか、この段階で詰まるって早くね!? 」
こうして、なんやかんやで矢原とワンコの修行は始まった。
*
早朝の山を荷物を背負い、汗水流して走る矢原。
その風景は正に、某アクション映画の修業シーンを彷彿とさせるようなものだった。
「おい、遅れておるぞ! 」
その後ろから檄が飛ぶ。
声の主は勿論、狛犬である。
彼は矢原の背負っているバッグからひょこりと顔を出していた。
「仕方ないだろ! 荷物が重すぎるんだよ!
あんたいったい何㎏あるんだよ! 」
矢原は荒い息づかいで、叫ぶ。
犬はそれにあっさりと答えた。
「まぁ、25㎏くらいはあるかの。」
「いや、痩せろよ!!
てかこの修業、
あんたがした方がいくね!? 」
「こら! 師匠にそういうこと言うな! 」
「あんたはいつから
僕の師匠になったんだ!? 」
「少年よ、師匠とはいつの間にか
できているものじゃよ。」
「それどんな状況だよ! 」
そんな矢原の言葉には答えず、狛犬はバッグの中に潜り込んだ。
そして、すぐにバッグから音がする。
がさがさ………。
「おいあんた、僕を走らせておいて、
なんか食ってんじゃ無いだろうな!
あんたの方からなんか
包装紙いじってる音がするんだけど! 」
「ほんなほと、あるわへないひゃろ! 」
「いや!
主張強いわりにバレバレじゃねーか! 」
矢原はバッグを崖の方に放り投げた。
が、
「よし、次は水練をするぞ、少年! 」
矢原が振り返ると、そこにいた。
「戻ってくるの早っ!
後、あんた丈夫過ぎ! 」
「毎日鍛えてるおかげじゃの。」
「あんたが鍛えてるのは消化機能だけだよ! 」
「その消化機能が、
崖から落ちたとき役に立つのさ。」
「え、まじで!? 」
「とかだったら、いいじゃろうな。」
「嘘かよ!! 一瞬信じかけたじゃねーか! 」
「信じるものが掬われるのは足だけじゃ。」
「悲しいこというなよ!!
あんたそれでも神の使い!?」
そんなこんなで修業は水練に移行した。
矢原は狛犬が何故か用意していた、水着に着替え、そしてこれはまた、何故かある大きな滝壺の前に立っていた。
「で、まずどうすんだ? 」
抵抗を諦め、矢原は素直に聞く。
デ………じゃなかった、ぽっちゃり師匠はそれに対して、ふむ、と頷いた。
「そうじゃのう、まずは向こう岸まで泳いでみろ。」
「おう、分かった。」
これには矢原も「まともじゃねーか」と師匠の指示にすんなり従った。
ぼちゃん!
勢いよく滝壺に飛び込み、向こう岸へと泳ぎだす矢原。
彼の泳ぎは、多少のぎこちなさはあるものの、それなりに上手かった。
「どうだ? 」
泳ぎきった矢原は、自慢気に白犬の方を見る。犬はというと…………。
「ああ? よはっはほおもうほ? 」
と頬をリスのように膨らませて、某美味しい棒を貪り喰っていた。
「おい!! 」
当然だが、矢原はぶちギレるのだった。
しかし、それはそれ、師匠はそんな細かいことは気にしない。
口の中にあったものをごっくんと飲み込むと、次の指示を出す。
「じゃあ、次は滝登りじゃの。」
「無視かよ!!
てか、なにその無理ゲー!? 」
「やってみないで言うな。
僕らはみんな YDK なんじゃから。」
(*YDK…やればできる子)
「人間の限界を越えてんだろーが! 」
「じゃあ、ちょっとわしがお手本を見せようかの。」
「え? 出来んの? 」
「当然じゃ、みとれよ? ほっ! 」
そう言うと、犬は天高く飛び上がり、
………華麗に腹を水に叩きつけた。
「やっぱ駄目じゃねーか!! 」
立ち上がった水柱の水を被りながら、矢原は叫ぶ。
矢原の声に答えるように犬が鳴いた。
「まだじゃ………まだ終わっとらん。」
真っ赤に染まった腹を押さえながら。
「いや! もうやめとけよ!! 」
心配なのか、呆れなのか、本人も分からなくなりながら、矢原は悲痛に叫ぶ。
が、その願いは敢えなく消えた。
犬はすっと体勢を立て直すと、凄まじい勢いで泳ぎだしたのだ。
「なっ!? 」
そして、犬はそのまま滝を昇っていった。
視界から犬が消えるのを見届けてから、矢原は一言。
「…………帰るか。」
それから、ずぶ濡れになった眼鏡を拭きながら、彼はそこを去った。
つづく。