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昼食!


 麻薬の話を始める、道徳教師。

 焼肉が美味しいという話しかしない、理科教師。

 校内で松明を掲げる終末思想の社会科教師に、ロクでもない担任兼英語教師。しまいには、女子生徒の着替えを覗こうとしていた用務員。

 そして――。

 昼食の時間。もくもくと、朝に自分で作った弁当を口に放り込みながら聞えて来るのは、竹刀と机が衝突する音。

 ――背後で激戦を繰り広げる、アルラと久遠。

 本当にここは、ロクな人間がいないよな。


「阿久に話しかけるなら、まずはわたしに許可を取れと、何度言えばわかるのかしら」


「そんな規則、どこにもありません! だいたい貴方は阿久の何ですか! ただの幼馴染でしょうが!」


 縦横無尽に動き回り、手当たり次第に周囲の机を駆使して久遠を攻撃するアルラ。

 ロッカーに入れていた竹刀を取り出して、二本の竹刀を同時に振り回す久遠。

 こいつらが教室の後ろで暴れまわるものだから、埃がたって仕方がない。他のクラスメイトでは久遠やアルラが手に負えないし、唯一この二人を止められそうな形乃トーアは、エリザベス先生が置いていった教卓の上のソファーで、氷川とイチャコラしながら昼食を取っている。

 この光景、エリザベス先生が見たら発狂するだろうな。


「ただの幼馴染ではないわ。……もう、ここには、わたしと阿久の新たな命が宿っているのよ」


「子供が宿るのはお腹なのに、どうして貴方は胸をさすっているんですかねぇ!」


「おっぱいが小さい、誰かへのあてつけ」


「わたしは普通サイズですから! 貴方が無駄にデカいだけですから!」


「……哀れ」


「ほっといてください!」


 わいわいと意味不明なことを騒ぎ立て、二人の抗争が激化する。

 ため息をついて、俺は最後に残ったハンバーグを口に入れ、久遠とアルラの下へ歩いていった。


「キミたち、今は食事の時間です。暴れるのはやめましょう」


 聖人君子のように、こいつらが悟りを開いてくれないものかという淡い期待を込めて言ってみたら、


「「阿久は黙ってて」」


 と同時に言われてしまった。

 こいつら、本当は仲いいよな。


「お前ら、飯の時間無くなるけどいいのか」


 もう一度、俺は声をかけてみる。

 二人は争いの手を止めないまま、答えた。


「大丈夫。わたしにはこれがあるから」


 アルラは机を振り回しながら、器用に足で鞄を蹴り上げ、その中に入っていたクレープを咥えた。

 お前実は、一日三食全部クレープなんじゃねえの。


「栄養豊富! 携帯可能! 万 能 食 料 ! 」


 ドヤ顔で微笑まれた。

 栄養なんてないし、携帯もできないからね普通ね。

 対する久遠は、アルラの机の突きを華麗に両手の竹刀で跳ね除けながら、「あっ」と思い出したように言った。


「わたし、昼食の時間が無くなるのは困ります!」


「普通はそうだろうな」


 頷いた俺とは異なり、アルラはそんな久遠を「ふふふ」と笑う。


「なら、早めに負けを認めた方がいいわよ。でないと、時間が無くなるわ」


「貴方が邪魔をしなければいいだけでしょうが!」


「嫌よ。阿久にまとわりつく害虫を排除することがわたしの仕事だもの」


「阿久にまとわりつく根暗陰険女の方が、よっぽど害虫に見えますけどね!」


 互いに罵倒し合い、更に苛立ちが募ったのだろう。

 額に青筋を浮かべながら、二者の闘争は激化する。

 このままでは机の欠片や竹刀の欠片が飛び散りそうだったので、仕方ないと、俺は二人の間に割り込んだ。

 突如現れた俺の存在に、息を飲む二人。一瞬、動きが止まった。その隙を縫うように。

 アルラの突き出した机――その脚を脇で挟み、本体を背中で受け止め。

 久遠の振った竹刀――その鍔を蹴り上げて、落ちてきた竹刀を手に取った。


「お前ら、そろそろいい加減にしろ。勝手に争うのは勝手だが、人様に迷惑はかけるな」


 クラス全体から、ホッとしたような空気が漂った。

 唯一、氷川と冬亜の二人だけは、最初から最後まで浮わついていたが。


        ☆


「それで、久遠は俺になんの用事だ」


 久遠の持っていた手錠で両手を封じ、これまた久遠の持っていた縄で教室の端に縛りつけたアルラを無視して、俺は言う。

 アルラは不服そうにしていたが、こうでもしなければ久遠とまともに会話もできないのだから仕方がない。しばらくそのままでいてもらう。

 ああ、用事ですね、用事。と、ようやくちゃんと話せる空気になったというのに、久遠はどもるように視線をあちらこちらに彷徨わせる。用事がないのなら、早めにアルラを解放させたい。

 でないと、今日の借りだとかなんとか言って、俺に襲いかかりかねない。

 ちらりとアルラを見ると、口元が「許さない」と何度も繰り返していた。

 長く乱れた黒髪から覗く恨みがましい視線。それはもはやヒロインというよりは、どこぞのホラー映画の幽霊のようになっている。

 怖すぎるよ、俺の幼馴染。

 何度か視線を彷徨わせた結果、久遠はようやく口を開く。


「あの、ですね。今日はたまたまですね、朝、料理をしてですね。それで、クッキーが非常に美麗に作りたもうありしかど――」


 動揺しすぎて、後半がもう、変な古典みたいになっていた。


「クッキー作ってみたので、どうぞ!」


 なんだかんだで最後に言いきった久遠は、すっと、鞄から取り出したクッキーの束を俺に手渡した。

 思えば、久遠から何かを貰うのはこれで初めてというわけではないが、手料理を振る舞われるというのは、初めてである気がする。

 形はいいし、中々美味そうだった。丁度食後だということもあって、いいデザートになるだろう。

 だが、もし食後の俺の舌を穢すことがあれば、例え久遠であっても容赦はしない。


「言っとくが、俺は料理について妥協はしない。下手なものを出したら、アルラ以上に罵倒されると思え」


「……わかりました。――すぅ、はぁ。……構いません、覚悟は出来ました」


「よし、行くぞ」


「ど、どうぞ!」


 久遠が、ゴクリと唾をのむ。

 俺がクッキーを袋から出して、口へ運ぶその様を、久遠は穴が開かんばかりの視線で見つめ続けていた。

 口の中へ、クッキーが入り込み、そして、噛む――。


「――ッ!」


 このクッキー非常に舌触りが滑らかでまず口当たりは問題ない次いで気になるこの甘さだが表面にはグラニュー糖などの砂糖をまぶしてあるようでクッキーとはまた別のサクサク感を醸し出しており非常にいい工夫であると言えるまた表面に砂糖をまぶしてあることから甘すぎる印象を与える一口目だがクッキーそのものの味は少し塩味が効いておりそれほど甘くはなくなっている噛めば噛むほど自然な甘さへと溶けていくこの工夫は素晴らしいさらに言えばバターの量を少し多めにしているのかまるで舌の上で溶けるようにクッキーの味わいが舌全体に広がっていきしかもこの味わいは筆舌に尽くしがたくただ「美味い」の一言で終わらせてしまうには非常に惜しまれる逸品である――。


 俺には! この美味さを表現できる語彙が、ない!

 涙を流しながら歯を噛みしめる俺を見て、アルラが「不味いんでしょ! 不味いと言っちゃいなさい阿久!」などと背後から叫んでいるが、それすらも気にならないほど、自分の語彙の無さにここまで苦しんだことがあっただろうか。――いや、あるはずがない!


「あ、あの……阿久?」


 流石に歯を噛みしめて黙り込んだ俺を見て不安になったのか、久遠が下から俺を覗き込んでいる。

 いい加減、返事を返すべきか――。

 歯を食いしばって、俺は久遠の両肩を掴んだ。


「どどどどどどうしました!?」


 動揺する久遠。しかし俺には、このうまさを表現できる言葉がない。


「……美味かった」


 まず、一言。

 この一言に、久遠はホッとしたように思えるが、内心細かな感想を心待ちにしているに違いない。


「しかし、この美味さは……壊れるほど味わっても、三分の一も伝わらないッ!」


 久遠の両肩から手を離し、俺は久遠の正面にひざまずく。


「はい?」


「明日提出しますから、原稿用紙三〇〇枚の感想文で勘弁してください!!」


「え? え?」


「足りませんか! なら五〇〇枚でいかがですか!!」

 

 昼休みが終わるまで、俺はずっと土下座を続けていたので、教室に入って来た教師に変な目で見られてしまったのは秘密である。


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