零度真央 #1〜優のいない家〜
『優等生は劣等生』はとても久しぶりの更新になります。
ということで軽くおさらいをすると、
異世界で敵対していた魔王と勇者は最終決戦の最中、不思議な力で別世界にある星地球の中の日本にやって来て高校生の姉弟になってしまう。
元の世界に戻る方法がわからない二人は自分たちの身体の本当の持ち主である零度優、真央の記憶を頼りに生活することを決める。
そんな中、優が学校でいじめを受けていることを真央を名乗ることになった魔王は耳にした。
優がいじめを受けているとその目で確認した真央は優をいじめる主犯に手を出し停学処分を受けてしまう。
ここまでが前回のお話だったと思います(違ったら修正しておきます)。
それでは本編をお楽しみください。
俺はいつも通り朝五時に目を覚ました。
いつも通りとは言っても人間として目を覚ましたのは今日が初めてだ。
「さて、朝食でも作るか」
魔王時代の日課ではないがこの真央と言う男の身体に刻まれた記憶ではこの家に住む俺たち姉弟の朝食を作るのが俺の日課らしい。
まず、昨晩炊飯器という人間の科学力を結集させた電化製品で炊いた米の匂いを堪能したのちに炊飯器の米を混ぜ炊飯器の蓋を閉めた。
次に俺の知らない記憶で一昨日買ってきたらしい食パンを俺の持っていた魔なる剣よりキレ味の悪い包丁で食パンの耳を切りマーガリンを塗ってトースターというこれまた人間の開発した機械に入れタイマーで三分焼いた。
焼いている間に俺は熱したフライパンに卵を二つ投下し、ある程度の所で皿に移した。
その作業が終わる頃にトースターに入れていた食パンがちょうど良い焼き目で焼き上がっていた。
「優、そろそろ起きたらどうだ?」
朝食の準備がひと段落したところでまだ夢の中にいる優を起こすが夢の世界で楽しんでいるらしい優に俺の声は届かなかった。
俺の知らない記憶ではいつもの事らしいので俺は俺の知らない俺の毎朝の日課を記憶通りに進めた。
弁当を準備し終えるとようやく優が長い眠りから覚めたようでリビングの戸が開いた。
「真央、早いわね」
「俺にとってはいつも通りらしいが」
「真央は今日からしばらく学校に行けないんだからもう少し寝ていれば……ごめん」
何を謝る必要があるのか一昨日まで魔物だった俺にはさっぱりわからないがおおよそ寝ぼけながら話していたら俺が停学処分を受けた理由が自分にあることを思い出したとなんて所だろう。
「そんな顔をするな。俺はまだ人間の生活に慣れていないのだから停学処分とか言う休みはこの身体に慣れる絶好の機会だろ?」
「なんでアンタは魔物じゃなくなったのにそんなに嬉しそうなの?」
「そう見えるか?」
俺の問いに優は首を小さく下げて答えた。
嬉しそうか、嫌ではないと言うのは事実かもしれない。
「元敵の俺を心配してくれるのはありがたいが、自分の心配をしたらどうだ?」
時計は既に7時半を指している。俺たちの通う高校は9時までに登校すれば良いらしいが、俺たちのいた世界の書物に記される程出掛けるまでに時間を要するらしい優のような人間の女性にとっては急がねばならない時間だろう。
「もうこんな時間なの⁉︎ 真央、もっと早く起こしてよ」
「起こしたぞ。それでも起きなかったのはどこの誰だ?」
毎度お馴染みらしい俺たちの日常会話を済ませると優は慌てて俺がテーブルに用意しておいた朝食を口に詰め込んだ。
「巨人族じゃないのだからそんなに慌てて食べると喉に詰まるぞ」
と言ったが、巨人族も慌てて食事をしたら喉を詰まらせることがある。
「ごちそうさま。真央、わたしの歯ブラシ用意しておいて」
「なんで俺が」
「今回だけ、お願い」
血が繋がっている(事になっている)姉の上目遣いにどの世界の弟がときめくのかという疑問を抱きつつ俺は嫌々ながら、
「今回だけだからな」
と言い歯ブラシを用意してやった。
8時半になると騒がしい姉は学校へ登校して行った。
はずなのだが、5分後にとんぼ返りしてきた。
「真央、お弁当忘れた」
「弁当? それなら優が着替えを済ませている間にカバンに入れておいた」
そう言うと優はカバンを開き中を探った。
「本当だ……」
「見つけたなら早く学校に行かないと遅刻だぞ」
昨日は仕方なかったとしても2日連続で遅刻となると俺ほどではないにしても何かしらの処分を受けることになるだろう。
「行ってきます」
勇者の資格を取得している上でギリギリの脚力で学校に向かう優を見送るとようやく家が静かになった。
「一人になるのは久しぶりだな」
俺としても、真央としても。
他人だとしても俺の近くには誰かしら人がいた。元の世界にはサキュバスという仲の良い魔物や俺を慕う魔物がいた。この家でも優という家族がいた。
だから一人になるのは久しぶりだ。
一人でいるのはたまには良いものだ。自分のやりたいことを誰にも邪魔されずに自由に出来る。
俺はその自由な時間を家事に費やした。
やる事は優が起きる前にやっていた事の延長戦のようなもので本来の真央が休日にしている事を平日にやるだけだ。
洗濯機を回し、その間に二人きりで住むには広すぎる我が家に掃除機をかけ洗濯が終わると洗濯物を干した。
真央は毎週楽しんでやっているみたいだが同じ身体でも俺にとっては苦痛でしかなく、この楽しさが全くわからなかった。
大方の家事が終わったのは午後一時。
しかし、俺にはまだまだやる事があった。
洗濯物が夏の日差しで乾くまでの間、俺は家を飛び出し近くの商店街に向かった。
自宅謹慎を言い渡されていながら外に出た理由は二つ、一つは夕飯の買い出し。もう一つは一人でいるのが寂しいと気付いたから。
今日の夕飯を考えながら商店街を歩いていると『肉屋カワウチ』という店の主人に呼び止められた。
「真央くん聞いたよ。学校停学になったんだって?」
「まぁ、少しやらかしまして」
「男ならたまにはやらかすことも大切だ。それに優ちゃんのためだったんだろ? それ聞いた時おじさん泣いちゃったよ」
どこからかその話を仕入れたのかわからないが同情してくれたらしい。
「ところで今日の夕飯は決まってるのか? 決まってないならハンバーグなんかどうだ?真央くんも優ちゃんも大好物だったんだろ」
「そう、ですね。それじゃあひき肉を四百グラム下さい」
俺はそう言いひき肉四百グラム分の料金を支払った。
「百グラムオマケしておいたから」
「ありがとうございます」
真央の記憶とは関係無く心温まる懐かしさを感じた。
その後も歩くたびに真央の知り合いで俺とは初対面の人間と昨日起こったばかりの事件について聞かれ、優を守ったことに対して褒めちぎられ家に帰ってきたのは出掛けてから三時間が経ってからだった。
「真央、どこに行ってたの?」
両手いっぱいに荷物を持って玄関に入ると先に帰ってきていた優が何故か目に大量の涙を溜めて出迎えに来た。
「夕飯の買い出しに行っていた。悪いが今から洗濯物を取り込むからこれを台所に持って行ってくれないか?」
「うん、わかった」
涙をグッと堪えた優は俺がクタクタになって持ってきた荷物を軽々と持ち上げて行った。
「勇者の力は健在というわけか」
ただ、本人は気づいていないらしい。
夕食時、優と真央の大好物だというハンバーグをテーブルに並べると優は目を輝かせていたが、いざ食べ始めると優はどこか切なそうにしていた。
「食欲でも無いのか?」
「別にそういう事じゃないけど」
「またいじめられたのか?」
「それも違う」
人間というのは本能で生きる魔物とは違い感情が読み取りにくい。
「困っていることがあれば相談しろ。俺たちは家族なんだろ?」
「うん」
優は箸で一口サイズに切り分けたハンバーグを一つ掴み口に含んだ。
「勝手にいなくならないで」
無音でなければ聞き取ることができないようなボリュームで優は呟いた。
「寂しかったのか」
優は小さく頷いた。
帰ってきた時に泣いていたのはそういう理由か。
「心配するな。俺は何も言わずにいなくなったりはしない」
『優のいない家』で寂しい思いをしていなかったら俺の口からこの言葉は出なかっただろう。
前回から随分と時間が空いたのでおかしな箇所があるかもしれませんがその時は感想と共に仰って頂ければ幸いです。
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次回更新がいつになるかわかりませんが次回もよろしくお願いします。




