零度優 #5〜再起不能〜
「生徒会の支持率が低下しているみたいだね」
放課後の生徒会室。その部屋で最も偉い地位に就いている天風楓は、ある不祥事で生徒会とこの学校を去った生徒の穴埋めのためにスカウトした新役員の零度優という女子生徒にそう尋ねた。
「多分『例の動画』が関係していると思いますよ」
例の動画と言うのは、数日前まで校内で秘密裏に流されていた現実味のない現実の動画で、生徒会がそれを知ったのは優の弟、零度真央が優に知らせたからだった。
優が生徒会にその動画について報告をすると、翌日から生徒会長である楓の独断によって全校生徒に動画の完全削除が言い渡された。優の言っていた通り、その動画に関する事件が生徒会の支持率低下の原因の一つになっていた。
「確かに、僕個人の判断であの動画を完全に消すように命じたのは我ながら横暴だと感じている。だけど、優さんは名の通り『優秀』だから分かるだろう? 世界には公に出てはいけない者もあるという事を」
楓は机から身を乗り出し、優の瞳の奥を覗き込んだ。
楓に瞳を覗かれている優の目からは光が消え、優の意識は目を開いたまま薄暗い闇の中に閉ざされかけた。
普通の人間ならば、そのまま闇に意識を閉ざされていただろう。しかし、魔王との勝負は休戦中であるが、一応勇者である優は意識が完全に消える前に目の中に光を取り戻した。
「楓さん、近いです」
心をドキリともさせず単調な口調で優は言った。
「申し訳ない。つい、熱くなってしまった」
楓の本心は別にあったのだが、優はその事に全く気付いていなかった。
「そう言えば、給湯室にバウムクーヘンがあったはずだ。優さん一緒にどうだろう?」
「食べます」
小さな子供のように無駄に元気よくそう言った優に楓は気持ち悪いほど気持ちいい笑顔を見せて生徒会室に後付けで設置された給湯室に向かった。
数分後、待ちくたびれて足を前後に揺らしていた優のもとに楓はバウムクーヘンとティーセットが乗ったカートを押してやって来た。
「バウムクーヘンだけでは物足りないから紅茶も淹れて来たけど、優さんは紅茶飲めたかな?」
「はい、大丈夫です」
大丈夫とは言ったが、優は零度優としてもレイド・ユウとしても初めての経験だった。
そんな未知の液体は優の前に置かれたティーカップに注がれ、夕焼け色の液体が静かに揺らめいた。
「優さんの口に合うかわからないけど、どうぞ」
「いただきます」
優は紅茶を初めて口に含んだ。
「っん」
子供舌の優にはまだ紅茶の味は早かったようで、紅茶の温度と味が口に広がるとすぐにティーカップから口を離した。
「口に合わなかったようだね。砂糖も持ってきたから使ったらどうだろう?」
「ありがとうございます」
優は楓から砂糖の入ったケースを受け取り、ケースに入っていた砂糖を半分以上カップの中に投入した。
「あ、美味しい」
紅茶の味がほとんどなくなった砂糖味の紅茶は優の舌に合っているようだった。
「優さんは甘いものが好きみたいだね。バウムクーヘンも甘いから食べてみると良い」
「はい」
楓に勧められ、バウムクーヘンに手を伸ばした優の手からフォークがこぼれ落ちて机から甲高い金属音が鳴り響いた。
「あれ?」
机に落ちたフォークを取ろうとした優は自分の身体に起こった異変に気付いた。
「なんか、眠たく、なって、きた」
優はそう言うと倒れるように机に突っ伏して眠りに就いた。
「やはり、勇者は睡眠耐性にも優れているみたいだな」
優が眠りに就いたのを確認すると楓は人が変わったかのような口調でそう言い、砂糖の入ったケースを手に取った。
優が砂糖だと思っていたそれは、『この世界』には存在しない『スリープシュガー』と呼ばれる睡眠薬だった。
「さて、優さん。いや」
生徒会室は窓もドアも完全に閉め切られているのにもかかわらず、楓の足元には風が吹き始めて楓の姿は『例の動画』に映っていた白い天使のような姿に変わった。
「勇者レイド・ユウ。君も僕のモノになれ」
本来の姿を現した楓は『スリープシュガー』を大量摂取したことによって深い眠りに就いた優の額に手を当てて『禁忌魔法エンジェリー・ウィスパー』を唱えた。
禁忌魔法によって優の身体と精神は天風楓に、遠い昔『テン』と呼ばれていた存在の手中に収められてしまった。
「こちらの準備は整った。さあ、いつでも相手をしてあげようじゃないか『魔王レイド・マオ』」
この話は11月中に更新しようと思っていましたが、いつの間にか12月になってしまいました。
と、言うことで『優等生は劣等生』としては12月最初の更新となりました。
今回は優等生になった(?)優の話です。
この話ではまたしても聞き慣れない単語が出てきますが、その説明は次回の後書きに回します。
次回ですが、零度優の物語としては次回が最後になると思います。
物語自体はもう少しだけ続くので引き続き読んでいただければと思っています。
それではまた次回。
東堂燈




