白い狼と嫉妬の風
別名愛故の犯行ともいう
ここは高層マンションの最上階。その一つの部屋の前で、紫色の髪の毛をした美女が朗らかに笑った。
「そういうわけで涼護、お願いね」
「何が『そういうわけで』なんですかアアァ!」
静かなフロアに、涼護と呼ばれた青年の声が響き渡った。地団駄を踏む彼の隣で、もう一人の女性がけらけらと笑う。
「いいじゃんやれ、一日くらい。依頼だと思って付き合いんよ」
「だからなんで勝手に決めたんですか!」
他人事のような茶髪の女性の物言いに、涼護は抗議した。
事の発端は次の通りである。昨日、この部屋の主である詩堂詩歩は、この街を訪れていた茶髪の女性、サンティとばったり出会った。そして元来のフリーダムさを発揮し、なんと狼人間であるサンティをもふもふの枕にしてしまったのだ。その際サンティが割に合わないと言い出したため、詩歩が自分の弟子である乙梨涼護を貸すと言いだしたのだ。貸すも何も彼は彼女の物ではないだろうというツッコミは聞き入れられるはずがないのは言うまでもない。そして、呼び出された涼護が叫んだのは上記の通りである。
「じゃ、涼護は預かるでね」
「楽しんでらっしゃい」
二人ににこやかに微笑まれてしまえば、涼護に断る権利はなかった。
高層マンションを出た涼護とサンティは公園に来ていた。広々とした芝生と長く伸びる並木道。休日だがイベントもないためか、人は少なかった。二人は何とはなしに歩いていたが、ふいにサンティが足を止めた。かがみ込んで木の根元を見つめている。涼護もつられて足を止める。
「涼護、これ投げてくれん?」
言いながら、サンティは細い木の枝を差し出した。訳がわからず、涼護は眉根を寄せる。
「どうするつもりだ」
「いいから投げてよ」
サンティはなおも食い下がる。まさかと思いながらも、涼護は木の枝を放り投げた。
その途端、白い影が目の前に現れた。瞬きする間に遠ざかっていき、飛び上がる。真っ白な獣は空中で枝を捕らえた。絶句している間にパタパタと戻ってくる。サンティは白い狼の姿になって、枝を咥えていた。嬉しそうに尻尾を振り、もっとと言いたげに見上げてくる。
「お前、それじゃただの犬だぞ」
あきれ顔で涼護は息を吐き出した。かがんで頭をなでてやり、枝を受け取る。そしてまた投げた。狼はさっと駆け出して空中キャッチ。何度目かを投げた後、涼護は傍にあったベンチに腰を下ろした。そこへ戻ってきたサンティが駆け寄ってくる。前足を膝の上に乗せ、頭をすり寄せた。涼護はそんな彼女を撫でてやる。
「もういいだろ?」
サンティは耳を下げて悲しげな声を出した。けれど諦めたらしく、そっと枝を置く。そのまま身を乗り出した。
「お、おいっ…!」
四つ足全てを乗せてしまうと、サンティはじゃれついて涼護の顔を舐めた。涼護は困ったように息を吐き出して、彼女の耳の裏を撫でてやる。尖った耳がくすぐったそうに動いた。サンティはさらに乗りだし、首元を舐める。
「っ……この」
舌の感触に身じろぎし、白い獣の体を押し返す。仰向けになったところをつかまえ、耳と尻尾をくすぐった。
「ひゃはっ、待って、くすぐったいっ!」
「さっきのお返しだ」
ベンチの上で捕まえられたまま、サンティは身じろぎする。その姿はいつの間にか人に近い物に戻っていた。とはいえ、耳と尻尾は狼のままであるが。
どさり、と何かが落ちる音。二人は驚いて動きを止め、音のした方を見やる。そこには青い髪の女子高生が口元を押さえて震えていた。
「乙梨君、そういう趣味だったの…?」
「み、蜜都」
青髪の美少女、蜜都汐那の姿を見て、涼護は完全に硬直する。ベンチの上とはいえ、年頃の男の子が女性を組み敷いていたらよからぬ想像をしない方が難しい。しかも相手はケモミミと尻尾のオプション付きだ。余計変態に見える。狼の姿のままでいてくれればよかったのにと、涼護は内心で舌打ちした。
「蜜都、誤解するな。これは何かあった訳じゃない」
涼護は体を起こし、弁明する。何をそんなに焦っているのかと自分でも思うくらい、心臓の鼓動が早い。汐那はそんな彼に冷たい視線を向けた。
「ふうん? で、本当は何してたの?」
「何もしてねェって! 信用しろ!」
言葉にトゲが混じっているのを感じ取り、涼護は必死に弁解する。しかし、そんなことはお構いなしといった声が割り込んできた。
「何って、見ての通り遊んどっただけだに?」
「ややこしい言い方をするなァァ!」
息を弾ませて寝そべったまま言えば、弁護どころかむしろ逆効果だ。横たわって尻尾を揺らす様は、ある種の色気をともなって見える。汐那はそれを見て、そう、と冷たく呟いた。
「乙梨君のバカ!」
声だかに叫んで駆け出す。涼護は慌てて追いかけようとした。
「蜜都!」
「ついてこないで!」
肩を掴んだ手を振り払われる。涼護は呆然と手を彷徨わせたまま、走り去る汐那を見送った。残された沈黙が嫌に胸を突き刺す。その背中に、場違いなほど穏やかな声が駆けられた。
「あれ、走ってったけどどうしただん?」
「お前のせいだろうがァ!」
「ええ!?」
涼護はサンティに掴みかかった。サンティは驚きで耳を立てる。涼護は苛立ちを彼女にぶつけていた。激昂する暴言が次々と口から飛び出す。サンティはただおびえたように耳と尻尾を倒していた。と、その顔にまた困惑の色が浮かぶ。
「あ、あれ……」
「あァ?」
サンティは震える指で涼護の後ろを指さした。何があるのかと振り向いてみれば、いつの間にか汐那が戻ってきている。驚く彼をよそに、汐那は荷物をあさる。出てきたのは青みがかった灰色の、猫耳カチューシャだった。そして、猫耳が青い髪の毛の間からぴょこんとのぞく。
「にゃあ……」
汐那は猫のように涼護にすり寄った。左腕を胸に押しつけ、甘えた目で彼を見上げる。
「どうしたんだ、一体」
「乙梨君、こういうのが好きなんでしょ?」
涼護が尋ねると、汐那はさらに体を寄せて答えた。目撃されたときのサンティの姿が姿だっただけに、妙な勘違いをされてしまったらしい。
「いや、だからそうじゃなくて――」
「わー、私とおそろいじゃん!」
涼護の言葉を遮って、サンティが駆け寄ってくる。パタパタと狼の耳を動かし、涼護の右腕に抱きついた。それを見て、汐那がむっとした顔を見せる。間にいる涼護はまさか二人を振り払うわけにもいかず、身動きが取れなくなっていた。面倒なことになったと、覚えずため息がこぼれる。
「涼護じゃねえか……って、ああ!」
突如、涼護にとってはよく知った、できれば今会いたくなかった人物の声が聞こえてきた。予想が外れて欲しいと祈りにも近い思いを抱きながら振り向けば、そこには涼護の悪友の姿が。
「なんでケモミミの美女に囲まれてるんだよお前はあっ! 場所代われ!」
そんな悲しい叫びを聞きながら、涼護は胃がきりきり痛むのを感じていた。
この後、涼護さんはケモミミが好きという噂が広まり、彼を狙う女の子達はこぞってケモミミをつけてアタックしましたとさ。めでたし、めでた、し……?
黒藤紫音さんからのリクエストで、「涼護を与えられた女性陣ネタ」でした。
満月ver.は以前書いたことがあったので、今回はサンティで。
自分としては涼護さんとサンティは恋愛感情がなく、×より+だと思ってます。だって汐那さんいるし、何より原作リスペクト。
なのにキャラがぶれてる感じがするのは愛故の犯行ですごめんなさい
なにはともあれ、リクエストありがとうございました!