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キリング・ドールに、決別を  作者: 夜斗
第1章 心のままに
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《葬儀の合間に》

 弔問客に美智留の彼氏が来ている――。

 挨拶に疲れ、休憩を取っていた夏切幸太はそんな母親の言葉に小首を傾げた。


「……お姉ちゃんの、カレシ?」


 別に“彼氏”という言葉の意味を知らないというわけではない。クラスの女子の中には既にそういう(、、、、)話に多感な人も多く、休み時間に仲良しグループを作って話をしているのを見かけるし、幸太も時々巻き添えを喰らうこともあった。本当に誰かと付き合ってる……なんて人の噂話も聞いたこともある。幸太はそれほど興味がなかったから、あまり踏み込んで聞こうとしたことは一度もない。

 夏切美智留――姉はとても大人しい性格で、弟の幸太から見ても少し引っ込み思案過ぎやしないだろうかと心配になるほどの性格だった。自分から強く物を言うこともないし、誰かと話をする時だって基本的には受け身的でお喋りもあまり得意そうではなかった。その代わりと言っては何だが、気配りの出来る心優しい性格をしていて、高校に上がってからもよく幸太と一緒に出かけたり遊んだりしてくれることもあった。

 そんな性格だったからこそ、突然現れた“カレシ”なる人物に幸太は言い知れぬ違和感を感じていた。戸のすき間からこっそりと顔を覗かせ、客間で母親と向かい合って座っている二人を観察するようにじっと見つめる。一人はさっきも見掛けた、驚くほど真っ白い髪の、とても綺麗だが何となく近寄りがたい雰囲気を漂わせている黒い制服の女子。歳の程は分からないが、姉よりかは年下と思える。

 そしてもう一人が件のカレシ。姉と同じ興涼高校の制服を少し雑に着こなし、やや強ばった表情で座布団の上に正座している。胸を張ってはいるが堂々としている風ではなく、緊張して身体がぎくしゃくしてるように見える。赤毛で少しチャラそう(、、、、、)だが、不思議と嫌な感じはしない。……でも、姉の好みとはちょっと違うような気がする。


「……何の用だろう?」


 葬式のついでに挨拶……だろうか。しかし、今更になって何を話すというのだろうか。

 姉は、もう死んでしまっている。

 あまりにも唐突で、あまりにも早過ぎる死。

 つい数日前には一緒にお使いに出かけて、途中で寄り道してこっそりお菓子を買ってもらった。嬉しくて、買ったお菓子の半分は姉と食べようと約束してその日はゆっくりと眠りに就いた。そしていつもと変わらぬ朝を迎え、学校へ向かい帰宅して、そして電話が掛かってきてから家が慌ただしくなって――今に至る。

 本当に、あっという間だった。

 あっという間過ぎて、その時は“死んだ”というのが信じられなかった。

 実は姉は何処かに隠れていて、家族ぐるみのドッキリ企画でも考えてるんじゃないかって。

 漫画やアニメみたいに、あっさり起きて笑ってくれるんじゃないかって。

 だけど――。

 母親が零す涙を見たら、それが事実だって――理解してしまった。

 本当はこれっぽっちだって理解したくないのに、理解してしまった。

 涙が溢れた。

 止め処なく溢れる涙の止め方が分からなくて、結局朝になるまで泣き続けていた…………と思う(、、、)


「……」


 そこから先、何故か少しだけ記憶が無い。

 確かに深い悲しみに包まれていたはずなのに、目覚めた時の幸太の心は言い知れぬ空虚感に包まれていた。

 例えるなら、悲しいという心を誰かに(、、、)喰われてしまった(、、、、、、、、)ような――そんな感触か。


「あれ?」


 不意に、姉のカレシの隣に座っていた少女が母親に向かって小さく会釈したかと思うと、席を立ち何処かへと歩き出してしまった。ポツンと残されたカレシは気まずそうに顔を歪めたが、母親も同時に席を立ち一人になった途端その顔を弛緩させた。その顔は、先生の前で発表して終わった時のそれに似ている気がする。それにしても、母親はともかくあのお姉さんは何処に行ったのだろう。そして、あのカレシとやらは急にぐったりとしてどうしたんだろう。


「……いけない、戻らなきゃ」


 葬儀も大事だし、あの二人も気になるのだが今はそれどころではなかった。

 夏切幸太はそっと部屋を出て、戸棚からお菓子を両手に抱えるだけ抱えて自分の部屋へ駆け足で戻って行った。


 ※


「すみません、お手洗いをお借りしてもよろしいでしょうか」


 ちょうど夏切美智留の母親の言葉が止まったのを見計らい、琥珀はおずおずと遠慮がちな態度で小さく進言する。別に本当にトイレに行きたいわけではない。わざわざトイレを借りるために修一を“彼氏”に仕立て上げたのではなく、琥珀の狙いは最初から夏切美智留の自室への侵入だった。承諾を得、ご丁寧にトイレの場所を教わってから琥珀は軽く会釈し、隣で口をパクパクと動かす情けない男を尻目に客間を静かに退出する。


(ちょ、おま! ここに俺を置いてくつもりかよ!)


 そう目で訴えていたような気もするが“何でもする”と言ったのは彼だ。その言葉の責務は須く全うすべきである。

 ざっと家を見渡した限り、一階にはそれらしい部屋は見当たらない。となれば、夏切美智留の部屋は恐らく二階だろう。堂々とトイレを素通りし、二階へ至る階段を見つけ上っていく。二階へ辿りつくと長い廊下があり、その先にいくつか扉が見えた。最奥の扉には何も無し、残る二つの扉には小さなプレートが掛かっている。薄緑色のプレートには『コウタ』と、桃色のプレートには『ミチル』と書かれている。自室と見てまず間違いない。一切の躊躇なしに夏切美智留の部屋へ向かいドアノブに手を伸ばす。……鍵は、かかっていなかった。


「……」


 部屋は……至って平凡な部屋だった。

 向かって正面左には勉強机、反対方向には押し入れ、タンスや折り畳みテーブルなどあまり飾り気のない地味な部屋だ。ザッと見た限りではそれらしい(、、、、、)手掛かりは見つからない。ならば手を伸ばすまでと、琥珀は適当に部屋を物色し始めた。無論、なるべく音は立てないように。

 まずは机、引き出し、それからその上の本棚。押し入れには丁寧に折り畳まれた布団と季節物の衣類が入ったプラスチックのケース。目ぼしいモノは無い。


「……?」


 タンスの上、家族写真の収まったスタンドと時計の間に一枚のプリントを見つけた。いわゆる藁半紙、サイズはB4ほどだろうか。裏向きになっていたのでひっくり返してみると、そこには近くの小学校で開かれる学習発表会の日程について書かれていた。


「四年C組……人形劇……?」


 四年生の各クラス、各グループごとで題目を決めそれを明後日の学習発表会で披露すると記載されている。合唱や朗読などありきたりなものの中で、蛍光ペンで印を付けられた人形劇の項目だけが酷く異彩を放っていた。このタイミングで飛び込んできた人形劇(、、、)というキーワード。琥珀の頭の中では既に暴食の人形と結び付けられていて、そのままある人物を犯人と決め付けていた。


「あ、あの……?」

「……ッ」


 不意に声が聞こえ顔を上げる琥珀。プリントに目を奪われていた所為で部屋の扉が空いた音に気付けなかった。視線を向けると、そこに怯えるような目をした夏切幸太がドアのすき間から半身だけ覗かせていた。


「えっと……ここは、お姉ちゃんの部屋で、あの……」

「ごめんなさい、トイレに行こうとしたのだけど迷ってしまって」


 自分でも恐ろしい程に白々しい態度でそう言い放つと、琥珀は例のプリントを示しながら幸太に訊ねた。


「この人形劇というのは、あなたのクラスの?」

「え? は、はい。僕のグループは人形を使って『三匹の子豚』をやるんです……けど……」


 幸太の震える瞳が「早く出ていってほしい」と意志表示しているように見えたが、琥珀はそれすらも一切無視して質問を続けた。威圧するかのように、わざと一歩踏み込む。女とはいえ相対しているのは年上の人間。じり、と廊下に押し出された幸太は思わず唾を飲み込んだ。


「あなたのお姉ちゃんが死んだ時、何か変わったことはなかった?」

「え……? なんにも、ないですけど……?」

「そう……じゃあ、質問を変えるわ。あなたには何か変わったことはなかった?」

「…………え、っと……」


 ほとんど尋問に近い感覚で琥珀は幸太を全力で追い詰めていく。子供ならすぐにボロを出すに決まっている。琥珀にはあの呪いの人形を回収する義務がある。それは例え、どんな手段を使っても――だ。


「おい琥珀、いったい何やってんだ。二階にトイレなんてないだろ?」


 階段の方から間の抜けた声が聞こえてきたので首を動かすと、そこに平和ボケしたような顔の修一がこちらを見ていた。そして琥珀の前に立つ幸太の姿を見つけると、一瞬だけ不思議そうな顔を浮かべた。


「っと、確かなつき……み、美智留の弟君だっけか。名前は」


 慌てて言い直したところを見る限り、彼氏を演じるという責務は忘れていなかったらしい。


「幸太君でしょ。お姉さんのことについて少し質問してたの。ね?」

「ふ、ふぅん……そうだったのか」

「そろそろ時間だし私たちはお暇しましょうか。……幸太君」

「え、あ……はい?」


 不意に名前を呼ばれ、緊張しきった身体がピクリと跳ねる。何かを隠してるのか、ただただ琥珀に怯えているだけなのか。そのどちらとも思える反応に琥珀は丁寧に微笑を作り、なるべく優しい声音を作りながらこう言った。


「人形劇、頑張ってね」

「は……はい……」


 事情を知らない修一は小首を傾げたが、琥珀はそれを尻目に葬儀会場を後にする。

 確固たる琥珀の足取りは、真っ直ぐ兄の店に向かっていた。

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